王子の誕生日会3
扉の前に立っている人物を見てソフィリアは絶句した。
本当なら挨拶をしなければならないところなのだが。驚きのあまり口も目も開いたままだ。
母がもしこの場にいたら、すぐに淑女失格の烙印を押しただろう。
そう、扉をノックした人物はユリウスではなかったのだ。
その人物はとても甘いマスクの持ち主で。肩まである水色の髪は繊細で、少し垂れた目は色っぽい。男の人に使う言葉で合っているのかわからないが、妖艶という言葉が当てはまるかもしれない。
私を見て彼は少し笑みを強めたように感じた。そして。
「入れてもらってもいいかな?少し調子が悪いんだ。」
とそう言った。
え?言ったよね?
聞き間違え?いや、確かに言った。
他にも休憩室はあるはずだが、体調が悪いと言っている人に他を探せとは流石に言えない。
私は戸惑いながらも「どうぞ。」と言って部屋の中にあるソファに座るよう促した。
確かに色素の薄い肌がさらに青ざめている気がする。
「大丈夫ですか?温かいお茶でも頼みましょうか?」
「いいえ、大丈夫です。ありがとう。休めばすぐ治りますので。」
そう言って彼は肘掛けに肘を置き、眉間の辺りをおさえている。しばらくそのままで動かない。相当体調が悪いのかもしれない。大人しくしておいたほうがいいだろう。
シーンとした空間が広がる。
大変気まずい。今までほぼ接点がなかったが、目の前の彼は4公爵家が1つディスティーア家の三男であり傾国の美男子の1人であるハルムート様だ。まさかこんな形でお会いするとは思ってもみなかった。。
こんな機会もないので、チラチラとイケメンを見ながら私は心の中でユリウスが早く帰ってくることを祈っていた。
それにしてもイケメンである。体調が悪く弱っているせいか更に色気があるように感じる。伏せている睫毛は影ができるほど長く、髪の色と同じ透けるようなよく晴れた秋空のような水色だ。
ほぅ…っと見ていると蒼と緑が混じった瞳とかち合った。
不躾に見ていたことがバレてしまい、気まずくなる。彼がニコリと笑うので私もつられてニコリと笑う。さぞぎこちない笑顔だっただろうが。
「失礼、貴方のお名前をお伺いしても?」
「あ、はい。ソフィリア・アル・デンパールと申します。」
「私はハルムート・フォン・ディスティーアです。」
はい、ご存知ですよ。知らない人なんていないでしょう。
「休憩中のレディのところにお邪魔してしまってすみません。他を探す余裕がなくて。」
「いえ、体調が悪いときはお互い様ですもの。大丈夫です。体調はいかかですか?」
「ええ、おかげさまでだいぶ良くなりました。」
「そうですか。それは良かったです。」
「そろそろ会場に戻ろうと思うのですが、このお礼をまた今度させていただきたい。」
「え、いえ、そういうわけには。私は何もしておりませんから大丈夫です。」
だって部屋でただ座っていただけで、私自身は何もしていない。わざわざお礼をしていただく必要はないのだ。失礼にならない程度にやんわり断ると、彼は少し驚いたような顔をした。
なぜ驚いているのか不思議だが。
しかもなぜか頑なにそれを受け入れようとしてくれないのも不思議だ。
「いえ、レディしかいない部屋に体調が悪かったといえども無理を言って休ませてもらったのです。後できちんとお礼をしなければ私の気が済みませんから。」
と言い始めたのだ。
再度やんわりお断りしても同じようにおっしゃるので、私には断ることができなかった。4公爵家の人間であるということ以前に男前なのだ。そんな人物にそんなこと言われたら断るなんてできないじゃない?ねえ?
一応了承すると、彼は綺麗な顔で微笑んだ。
その表情を見た瞬間、手足の温度が急速に奪われていく感覚がした。
「ここで休んでいたことは二人の秘密にしていただけると助かります。ではまた。」
彼はそう言った後、颯爽と会場へと消えていった。
確かに彼と部屋で二人きりで過ごしたなんて噂が広まると、彼のファンから何されるかわからない。私は心の中に閉まっておくことにした。
ハルムート様が会場に戻った後、ユリウスがお皿に美味しそうな料理を載せて帰ってきた。
「はい、姉さんの好きそうなもの取ってきましたよ。それからエリザベス様たちが心配していましたよ。」
「そうなのね。挨拶だけでもしたかったわ…。」
残念だなぁと思いながら、私は目の前のチキンローストを頬張る。皮はぱりぱりに焼かれ、中はジューシー。さすが王城の料理。冷めていても美味しい。
それにしてもハルムート様の顔色の悪さが気になった。戻るときも、顔色がましになったとはいえまだ悪かった。倒れたりしてなければいいのだけど。
「さて、姉さん。今日はもう帰りましょう。」
「え?もう!?」
「体調が悪いことになっていますし、あの視線の中にまた戻るのは嫌でしょう?」
「騎士団の方は大丈夫なの?」
「問題ないです。レオナール様やダンウォール様達にも許可を得ていますから。」
「そうなの。」
そういえば、今日はルーウェン様を見ていないな。ルーウェン様も騎士服をきていらしたのかも。ちょっと見たかったな…残念。だけどあの視線の中に戻るのは面倒くさいしな。
「んー、じゃあ帰りましょうか。」
「はい、帰りましょう。」
手を差し伸べてくれるユリウスにお礼を伝えてその手をとる。
馬車に揺られ、ユリウスの近況を聞きながらの帰り道はとても楽しかった。
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