第一幕 - 仲間たちとの再会 -
「どうかお助けくださいぃぃ……。」
「私たちもう限界なんです、どうかお助けを。」
「何卒、どうか…。皆あなた方について行きますゆえ!」
村人たちが、俺たちの周りに人だかりを作っている。
皆、一様にボロを着、痩せた身体が袖から露わになっている。
貧しい暮らしをしているのだろうということがわかる。
俺達に助けを求めて群がっている。
どうしてこうなってしまったのか……。
φ
光に包まれた後、俺達は新しい世界の大地に召喚された。
召喚された、というのには理由がある。
その地に降り立った時、仰々しい魔法陣が足元に描かれていた。
あの暗闇に光を放っていたのは、この魔法陣らしい。
その後も変わらず、眩い光を放っている。
「すごい光だな…。」
魔法陣の中で男が言う。
俺の声に応じて、誰がついてきてくれたのかわからなかったが、ここでその疑問が晴れる。
そこに居たのは、劇団の中核を担うメンバー達だった。
演技派のイケメン新人。
強面衆の取りまとめ役を担う、武闘派の男。
手先の器用な道具係の女の子。
そして、カルメン役の似合う女優。
「お前たちだったのか。」
なんかちょっと嬉しいな。
団長として、新人から馴染みまで、団員の顔は覚えている。
しかし、その中でも近しいものたちが共に世界を渡ってきてくれたのだから、こんなに嬉しいことはない。
心強かった。
「こっちの世界も面白そうだと思っただけよ。」
女優の彼女が言った。
「それに…、あのカミサマがアナタの事褒めてたわよ。勝ち馬に乗ったようなもの、ってね。」
「カミサマ?なんだそりゃ。俺話してないぞ。」
「あら、アナタとも話したと言ってたわよ。魂が特別なんだって。」
あぁ、あの声か。
って、神様だったの!?
俺には名乗らなかったくせに。
「ともかく、アナタはどこに行っても成功するっていうんだから、アタシは信じてついていくわ。」
「勝ち馬かどうかは知らないが、後悔はさせないように頑張るよ。」
「まぁ、対面式は後でもいいんじゃないッスかね?」
イケメンが言う。
「何だよ、感動するじゃないか。みんな俺についてきてくれて…。」
俺は感動していた。
柄にもなく泣きそうになっていた。
「そりゃ、そうかもですけど。周り見てください、そんな雰囲気じゃないみたいッスよ。」
そう言われて、周りを見る。
魔法陣がその光を薄め、周りの景色を透過させていた。
周りの景色が見え始めた。
最初に見た異世界の光景は、俺たちの世界とは似つかぬものだった。
そこは木と土で作られた西洋風の小さな家が点在する農村のようだった。
畑、厩舎、アスファルトで舗装されていない道。
春実る前の青い稲穂。
海外でもなかなか見られないような、いかにも鄙びた農村という感じだ。
冷たく乾いた風が吹き抜ける。
耕した土の匂いがした。
俺たちの視界が晴れると共に、村人たちがこちらにひれ伏して叫んだ。
「天の使いじゃ!光と共に天から遣わされたのじゃ。」
村の人々が集まって、続々とひれ伏す。
「おぉ、やっぱり日本とは違いますね。」
小道具の女の子が言う。
この雰囲気のことを言ってるなら、日本じゃなくても経験ないよ。
しかし、何か引っかかる。
魔法陣の光の中から現れたのは、確かに不思議なことだろう。
天使と見紛うこともあるやも知れない。
だが、何故ひれ伏すのか。
ひれ伏すというのは、天使や神に祈る事があるのだ。
信仰心か?
違う。
いや、勿論それもあるだろうが…。
ひれ伏す者たちの姿を見て、気づいた事がある。
皆、一様にボロを着ている。
身体を弱々しく震わせながら、祈るようにひれ伏していた。
身体は痩せ、祈るために合わせたその手と腕がそれを物語っている。
またそのボロ切れの隙間からは、生々しい傷や痣がのぞかせている。
何故、農村で働いているだけでそんな怪我をするのか。
何かただ事ではない事情があるのだと確信した。
村人たちの様子が、その異常を語っている。
すがるようにこちらに眼差しを向けているのだった。
強面の男が、その姿らしからぬ小声で言う。
「おい、どうするんだ。なんか雲行きがあやしいぞ。」
取り敢えず団員たちに合図して円になる。
「どうするもこうするも、この雰囲気でアンタ言える?『私たち、実は天の使いじゃないから、ほかを当たってくれる?』ってさ。」
女優のオンナも声を潜めて言う。
「いっそ天使のフリして、逃げちゃうって手もあるッスけど…。」
「でも天使の要素、地面の模様だけよ。どうする団長?」
確かにみんなの言う通りだ。
そのまま天使のフリをし続けるのは無理がある。
それに見てしまった以上、俺は村人たちを見放してしまうような事はしたくなかった。
同情か、義憤か。
作品冒頭のメロスもこんな気持ちだったのだろうか。
言い表せないが、なんとも哀しい、それでいて腹立たしい気分だった。
「まず天使云々はともかく…、俺はこの人たちを見捨てたりはしたくない。」
俺はその思いをぶつけた。
「とりあえず話を聞いて、それから考えてみよう。」
「…、なるほどね。わかったわ、団長。」
「そうだな、何か力になれることがあるかもしれん。」
「そうッスね、とりま話聞いてみましょう。」
「了解です。」
団員たちは頷く。
「私たちがあなた方の力になれるかはわかりません。しかし、事情を話してもらえますか?」
村人たちの方を振り向いて言う。
同時に彼らの姿と村の様子を見る。
貧しい暮らしをしているのだろう。
ということがわかると同時に、あることに気づいた。
ヨーロッパの町並みには古く伝統的な外観が多い。
さらに言えば、田舎の農村でも小規模な場所はいたるところに点在し、今でも少なくない。
しかし…、無い。
必ずあったものが無い。
まず、最近の町並みには欠かせない、電柱や電線が無い。
地下に隠している都市は多いが、道も舗装していないこの村には電気動力はなさそうだ。
そういう目線で見れば、水車や風車などの動力も見当たらなかった。
村人たちの目には生気が感じられない。
何かにすがりたくなるのは、もう半ばあきらめているからだ。
とにかく俺たちは、村の話を聞くべく、村長の家に案内されることになった。