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序幕 - 俺たちが死んだ日 -

どうせ死ぬなら舞台の上で死のう。

晩年になった川上音二郎が口にしたという。

舞台芸術の世界は戦争だ。

皆、自分が舞台に上がるために芸を磨き、輝くことを夢見て邁進する。

しかし、自分の芸を磨くだけで舞台に上ることができるわけではない。

シナリオの中に、キャストとして役を得られなかった役者も、その劇の中では別の役割を持つことはある。

表方がいれば、裏方もいる。

大所帯な劇団なら、専音響担当、照明担当、舞台背景や小道具など、それぞれ専門の担当が雇われたりしているものだが、そんな劇団ばかりではない。

本の中に役割を持たなかった役者が裏方を担当することも多い。

音響も、照明も、衣装も、道具も、広報も、脚本も、もちろん監督も。


「……今日の舞台は最悪だった。」

団員の口をついて出た一言だった。

「あそこで音が出なかったら、間が持たないだろ。」

「照明もタイミングが悪かったぞ。」

「何よ、舞台の人たちの合図が無かったんじゃない。」

打ち上げの席場では、その日の反省も行われる。

ウチの劇団はマメに行なっていた。

「ただ、今日のアンケートは昨日より受けがよかったッスよ。」

チケットとともにお客さんに渡すアンケートは、唯一のレスポンスだ。

拍手はお愛想、本音はこっちに記される。

「3日目ッスからね、そろそろみんな慣れてきて、持ち味が出始めてるんじゃないッスか?」

ジャージ姿の若い団員がアンケートを卓上に広げていく。

「あからさまな批判はないかな。でも厳しいのもあるわよ。」

その中から一枚、指で引いた女性の団員が言う。

スウェットにポニーテールの団員だが、目張りの化粧から、彼女が今日の舞台に上がっていたことがわかる。

「『今度の劇は少人数のミュージカルだったが、いかんせんかこじんまりとした世界観だったように感じる。音響や芸術もそうだが、もっと奥行きを感じられるショーになるとより良い。』かぁー。そりゃこじんまりともなるわよね。」

彼女がジョッキのビールをあおる。

中ジョッキに残っていた半分ほどを一気に飲み干した。

「以前はもっと勢いがあったんだけどなぁ、ねぇ団長。」


勢いが無くなったわけではない。

我が劇団『幻燈座(げんとうざ)』は歴史も深く、若さだけでなく勢いもある劇団だ。

俺が座長に就任してからも、一定の伸びがあった。

しかし突然、共に劇団を牽引してきた二枚目役者が俳優としてデビュー、銀幕のスターとなった。

当時、歌姫だった看板女優も、同時期に芸能プロダクションからオファーがあり、歌手としてヒットを飛ばした。

この二台看板がヒットの風に乗って、飛んで行ってしまったため、いま我々の劇団のモチベーションは下降気味なのだ。

彼らは自分たちの力で花道を駆け上がった。

彼らが駆け上がっている時、我々のところに戻る暇は無いだろう。

それでも我々が活動を続け、勢いを取り戻せば、彼らも古巣に戻って公演することもあるだろう。

俺は彼らが戻るまで、この劇団をもっと盛り立てていくと誓ったのだ。


「勢いはこれから作っていけばいい。」

若い団員は増えたが、彼らほどインパクトのある逸材がいなかった。

だが、決して幻燈座の、その火が消えようとしているわけでは無い。

俺は続けた。

「今はアイツらが抜けたインパクトは大きい。だが、客入りが減ってないところを見ると、まんざら下火ってわけでも無いさ。」

そう、確かに二枚看板は無くなったが、それでも見劣りするわけではないと俺は考える。

若手が増えた分、舞台でのセッティングや裏方と表方の連携が崩れただけだ。

「そうね。でも明日の舞台に向けて、朝もう一回リハが要るわね。」

役者の彼女がそう言うと、打ち上げの場は明日の打ち合わせに変わった。


「それじゃ、明日の朝は10時30分に劇場で。」

飲み放題コース3,000円の居酒屋で、決して空腹は満たさず、決して深酒せず、適度に、ほどほどに呑んで食べたら店を出る。

いつもの俺たちの打ち上げプランである。

9時30分。

決して遅すぎない時間だ。

ここからは各自の二次会に行くもの、帰宅するもの、様々である。

「ぁ、お前ら今着てる衣装とか道具は忘れるなよ。」

「だんちょ、明日もよろしくね。明日は大丈夫かしら。」

新しい看板女優はわざとらしく妖艶な笑みを浮かべた。

「なるようになるさ。それにしてもお前、なんかカルメンみたいだな。」

彼女はそのままの表情で答えた。

「あら。それは最高の褒め言葉ね。」

悪女役も似合いそうだ、と思ったのだが…。

それは言わないでおこう。


まだ居酒屋から出たばかりで劇団員のほとんどが居酒屋の入り口と路地裏の先に集まっていた。

その日が我々幻燈座にとって、決定的な日となったのは、その直後のことが原因だった。


「ヨッシャァァァァ!」

「オイ!何やってんだよ!バカヤロウ!」

「何だと?コラァ!」

店の中から荒っぽい声が聞こえた。

また、何かが落ちたガシャンという音も聞こえた。

酔っ払いが中で暴れてるのか?

「ちょっと見てきますよ。」

俺も行きます、と若手数人が強面専門の役者二人と店のドアを開け、様子を見に行く。

まったく、顔も怖いが物怖じ(ものおじ)しないな…。

「大丈夫よ、彼らなら。」

不思議と心配はしていない。

喧嘩になっても、彼らは荒事好きな連中じゃないし、かといって腕っぷしが弱い奴らじゃないのも知っている。

だが……何か。

何か気になった。

「いや、何か胸騒ぎがして…。」

と入り口の暖簾に手を伸ばした。

その次の瞬間。


ボン!ドドオオオオン。


閃光が身体を包んだとか、炎が揺らめいたとか、そんな事を知覚する余裕すらなかった。

胸騒ぎはガス漏れの匂いだった。

店の調理器具のガスが漏れていたのだ。

酔っ払い達がカセットコンロを机から落とした拍子に、カセットからボンベが外れ、ガスが空中に漏れ出した。

そのガスにコンロの火が引火したのがトドメとなり、爆発。

誰も酒が入っていて気づかなかったのか?

いや団長として、今日の芝居を、劇団を今後どうしていくのかという悩みから、少なくとも俺は気にもとめてはいなかった。

人気が下火なら規模を縮小する?

そんな事をして今後、劇団員を食わせていけるのか?

そもそも食っていけるほどの客入りを続けられるか?

団員はこれから減っていくだろうか?

その悩みは重責となり、重くのしかかる。

今日は酒がそれを緩めてくれる。

周りのことは目に入らなかった。


一時の沈黙を置き、野次馬が集まってくる。

「うぉっ!?」

「何だぁ?!」

「キャァァ!」

「だれか警察と消防呼べぇ!」

「爆発だよ爆発!」

人通りの多いところで急な爆発だ。


幻燈座の団員はほぼ全員が巻き込まれ、ほぼ全員が重傷を負う。

……はずだった。

しかし妙なことに、傷病者として搬送された者は一人もいなかった。

翌朝のニュースでも大きく報じられたこの爆発事故では、重傷者は居ないと発信された。


代わりに、行方不明者としてリストに加えられたのだった。

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