62.暗躍するフィナンジェ
魔王・アールメリアがレオニスとバーバロイの間に派手に登場していたその裏で、フィナンジェも密かに城から戦場へと転移していた。
ひとまずレオニスの危機が去ったのを見届け、そして後は魔王に任せておけば大丈夫だろうと安心して、近くに倒れていたエカレアに駆け寄る。
「大丈夫ですかエカレアさん!」
声を掛けながら、エカレアの身体をうつ伏せから仰向けに変えて膝枕をする。
フィナンジェがこんな風に語気を荒くすることは珍しく、エカレアはそんな場合ではないと分かってはいてもおかしくなってしまう。
「あ、なに笑ってるんですか!? 私は心配してるんですよ!?」
「いや、すまない。お前がこんな風に私に声を掛けるというのが意外だったのでな」
思いの外元気そうなエカレアに安堵しつつも、フィナンジェは頬を膨らませる。妖艶な外見の彼女がこのような表情をするとギャップでより一層可愛らしく見えるから不思議だ。
「それは、心配しますよ。だって、エカレアさんが地面に倒れてるところなんて初めて見ましたから」
フィナンジェとエカレアは、ほとんど同じ時期に渡って魔王に仕えてきた言わば同期のような関係だ。だからフィナンジェはエカレアの存在してきた時間のほとんどを見てきたと言えるが、その記憶をいくら漁ろうとも今の状態のエカレアは見たことがなかった。
それだけ、バーバロイが恐ろしい存在であるということだった。
過去仲間だったバーバロイに苦しめられることになるとは何とも皮肉な話だが、それが時代の変化というものなのかもしれないと、エカレアは悟りに似たようなことを考えていた。
そうだ、今魔族は、変革の時を迎えている。これまでの魔王は、人族との争いの道しか選ばなかった。そして人族も、魔王を打ち倒す道しか選ばなかった。しかし、レオニスとアールメリアさまは違う。あの二人なら、これまで決して交わることのなかった人族と魔族、それぞれの繁栄の道を、一緒に歩くことが出来るかもしれない。
誰にでも分かることだ。至極当然の理想。
誰も苦しまずに済むなら、それが一番いい世界だ。
ここに来てようやくエカレアは、アールメリアの思想を、レオニスの願望を、心から助けたいと思った。レオニスは魔王さまを殺さない。だから、それを魔王さまに告げる前に死なれては困る。でも、その心配ももうないと言える。あの魔王さまがここに来たのだ。
全魔族の筆頭。
歴代最強の魔王。
それは要するに、この世界の全ての存在の中での最強という意味だ。
心配などひとかけらもない。あるのはただ、その行く末を見届けたいという気持ちだけだ。
いや、一つだけ疑問もあった。
「フィナンジェ、どうして魔王さまがここに居る?」
さすがに聡明なフィナンジェは、それだけでエカレアが問うたその真意を察した。
「私と魔王さまは、城でずっと魔王さまの弱体化に励んでいました」
「まあ、それは知っているが」
それが目下の目標だった。
レオニスが魔王さまを倒すことをやめた今となっては意味があるのかエカレアには分からないが、当初の目論見ではレオニスの強化に伴って魔王さまを弱体化させ、レオニスが魔王を倒せる可能性を上げる、という考えだった。
「なので、予定通り魔王さまの身体に刻まれているルーンの内の一つ【ローゼンイージス】の解除を目指し、そしてどうにかそれに成功しました。説明するととても長くなるのですが、とにかく大変でした。それも地味に」
過程を思い出したのかフィナンジェは溜息を吐く。そう言われてみると確かに、フィナンジェの目の下にはうっすらとクマが浮かんでいる。
「それでまあ、魔王さまが城を出ることが出来なかったのは玉座の間に結界が張られていたからなのですが、それが【ローゼンイージス】と反発し合っていたようなんです。何故そのような仕様になっていたのかは分かりませんが。とにかく、それで城から出れるようになった魔王さまがレオニスさまに会いに行きたいと言うので、魔鏡の遠視で様子を見てみたらレオニスさまがピンチになっていまして。魔王さまが私の話も聞かずに転移してしまったので、私も慌てて後を追った、というわけです」
「それは、いかにも魔王さまらしいな。しかし、そういうことだったのか。何故今の魔王さまだけ部屋から外に出れないのかと思っていたが、確かに先代、先々代の魔王さまは【ローゼンイージス】の刻印を持っていなかった。だから普通に外へと出ていたのだな」
「はい。とはいえ、一応結界の術式を調べてみましたが、最近書き換えたような痕跡はありませんでした。恐らく遥か昔、何かの理由であの結界が張られてそのままになっていたのでしょう」
はるか昔、フィナンジェもエカレアも知らない魔王の時代。一体何があったというのだろうか。
気にはなるが、しかし今はそんなことを気にしている場合でもない。
同じように思ったのか、フィナンジェが、
「さあエカレアさん、おしゃべりはこの辺で。治療しますよ。まずはエカレアさんの身体を縛っている魔術の術式を解除しないと。はあ、また解除かあ……まあでも魔王さまのルーンに比べればこんなの遊びみたいなものですけどね」
文句を言いながら施術に入ろうとするフィナンジェを、エカレアは言葉で制する。身体が動かない以上、それ以外の方法はなかった。
「待てフィナンジェ。私より先に、あそこに倒れている人族を診てやってくれ。私は魔族だからこれくらいの怪我はなんてことないが、あいつは――――アストライアは人族だ。きっと私よりも辛いはずだ」
エカレアに言われ、フィナンジェは近くに倒れている黒髪の女の人族を見遣る。それはフィナンジェにとって見知らぬ人族だったが、エカレアがそう言うということは、彼女もまたレオニスの仲間なのだろう。
しかし、それにしても、と思う。
「エカレアさんがそんなことを言うなんて、熱でもあるんですか?」
フィナンジェのイメージでは、エカレアは心身共に脆弱な人族を、嫌ってるとは言わないまでも良くは思っていなかったはずだ。
私が知らない間に、何かあったのだろうか。
「別に。ただ、人族も悪くないと思っただけだ。それに、エルフ族もな」
言われて周囲を見れば、確かに近くには何故ここに居るのかは知らないが、見知ったパラフェの傍にエルフ族の少年と少女が居る。顔つきが似ているが兄妹だろうか。
しかし、不思議なものだ。同じ場所で、人族と魔族とエルフ族が、力を合わせて戦うなんて。
フィナンジェはなんだか嬉しくなって微笑を浮かべる。
勇者さま、やはりあなたはすごい方です。あなたは自分を弱いと言う。ですが、本当に弱い人だったら人は付いてきません。この関係は、あなたがあなただからこそ、築けたものなんですよ。
遠くで膝を付いて魔王を見守るレオニスを見つめながら、フィナンジェは心の中で語りかける。きっと直接言ったってレオニスにはピンと来ない話だろうが、それでいい。それだからレオニスは、レオニスなのだ。
さて、と。
「ま、分かりました。それではエカレアさん、もう少し寝ててください。先にあの方の治療をしてきます」
「ああ」
返事をするエカレアに頷いて、フィナンジェはアストライアの元へと向かった。




