44.青い鳥
それは異様な光景だった。
あの5年前の惨劇の夜も自分の目を疑ったものだが、しかし今の状況はある意味それよりも現実を疑いたくなる。
レオニスたちはバオル平原に無事到着し、それと同時にエカレアの率いる【冥王ノ書架】と合流。すぐさま最後の作戦会議を行い、出撃となった。
一応レオニスがエリオト王の振りをしているということで王国軍と銘打っているが、その軍の全容を見てみれば、九割九分九厘は魔族の兵士達だ。
そして布陣は、最後方にこの戦の要であり切り札でもある【冥王ノ書架】、そしてその前にレオニスの居る本隊、といってもそこにはレオニス、シャアラ、アストライア、イリス、クレビオス、そしてリーゼの6人しか居ない。
レオニスとリーゼ、シャアラとイリス、アストライアとクレビオスがそれぞれペアで馬に騎乗している。シャアラ達はミシェランダに、アストライア達は馬車を引いてきたアストライアの愛馬・ヴェローニカに騎乗しているが、レオニス達の騎乗している馬はただの馬ではなかった。
闇のような黒の毛並みに燃えるような真紅のたてがみを生やし、その頭部から長く鋭利な円錐の角を生やした馬に似て非なる獣。それはブラッドユニコーンという魔獣で、馬が足りなかった為にパラフェが用意してくれた魔獣だった。ちなみにちゃんとオルフェラーガという名前があるらしい。
最初は恐る恐る、その普通の馬よりも一回りは大きな身体に跨ったレオニスだったが、パラフェが良く躾けているおかげだろう、非常におとなしくその上レオニスの意図を瞬時に理解して移動してくれるのでとても快適だった。
本当であれば機動力的に一人一頭の馬を用意したいところではあったが、単純に馬の数が足りないのと、そもそもイリスとクレビオス、それにリーゼは乗馬の経験もないので、すぐに今の形に話がまとまった。
実際はレオニスも自分で手綱を握った経験はなかったが、少しシャアラに手取り足取り教わりどうにか習得することができ、滞りなく戦場まで馬で移動することが出来たのだった。
とまあ、そこまでは別になにも驚くことはない。
真に驚くべきその光景は、レオニスの視線の先にある。
跳梁跋扈、などという言葉では生易しい。
それはまさに、百鬼夜行だった。
パラフェの率いる魔獣の群れ――――もとい魔獣部隊【檻】が鶴翼に展開していた。
その総数はおよそ3000頭。その種類は多岐にわたる。狐や兎のような四足歩行の獣から、二足歩行の怪物、足のない蛇のような生物も居れば、足を数える気にもならない百足のような化け物も居た。
それに混じって先日戦った魔犬や、その時に居た白い雪男のような魔獣も居るが、それらも今は仲間というのが、どうにも違和感を拭えない。
だがしかし、それを違和感と感じているようじゃダメだということもレオニスには分かっている
レオニスの理想とする未来は、レオニスの好きな人達が手を取り合って過ごせる未来だ。
だから人族もエルフ族も、魔族でさえも隔たりなく関わることが出来るようにする為には、まずそれを理想に掲げているレオニスが意識的に無意識下の心の壁を取り払わなければならない。
そしてこの戦いこそが、その為の第一歩になるような気がしていた。
進軍はゆっくりと順調に進む。
やがて眼前に、ワッファルの部隊――――【穿光】らしき影が見えてくる。こちらから見えているということは、向こうからも見えているということだ。
それでも焦らず、レオニス達は進んでいく。
相手もゆっくりと近付いてきているというのが分かる。
今のレオニスは人族の王、エリオトを名乗るつもりではいるが、しかし魔族に取り囲まれている以上傍から見れば恐らくは魔王の軍に見えるだろう。
それをワッファルがどう捉えるかは、ワッファルにしか分からない。
相手方までの距離が目測およそ100メートルほどになったところで進軍を止めた。
【穿光】も止まったようで、その中から一人だけ前に進み出てくる姿があった。
相手が何をする気なのかは分からないが、この場を交渉で収める気もあるのかもしれない。
その可能性があるのなら、こちらも先んじて一人出るべきだろうか。
「俺が行こう」
シャアラ達に告げるが、しかしそれには誰一人として頷かなかった。
「何言ってるんだレオニスさん。あなたはこの軍の大将なんだから、そう簡単に前に出てもらっては困る」
と、クレビオスが指摘する。
「しかし危険な役割だ。他の誰かに任せるわけには……」
「レオニス、ここまで来た以上みんな覚悟は出来てる。私たちは今、あなたの兵士よ。好きに使ってくれていいの」
「シャアラ……」
「シャアラさまの言う通りです。戦場に足を踏み入れておいて臆病風を吹かせてなどいられません。人族の軍であると信用させる為には、人族が出向いた方がいいと思います。であればここは、私が行きます」
アストライアは言うが早いか、クレビオスを馬から降ろした。
「すまんライア、よろしく頼む」
「任せてください」
その一言を残し、ヴェローニカの腹部を蹴る。瞬く間に、アストライアは【檻】の間を抜け、戦場のど真ん中へと飛び出していった。
* * *
ワッファルの陣営から出てきていた人物が近くなったのを確認し、アストライアは馬を降りた。
相手はずっと歩いてきていたようだ。
その兵士は女だった。
身長は女性では長身なアストライアよりも少し低いくらいで、その外見は戦場に不釣り合いなほどの美麗だった。
青とも緑とも取れる色の髪を丁寧に三つ編にして肩より前に垂らしている。顎の細い輪郭の中にある目は目尻が少し下がっているがパッチリと大きく、そのくせ鼻と口は小さく可愛らしい。肌は色白で、服装は【穿光】だけあって動きやすさを重視してるようで軽装だが、海を思わせる青のグラデーションは戦う為の服装には到底思えない。その各所にはひらひらと細いひれのようなものが付いていて、まるで青い鳥を思わせる意匠だった。武器は一切見当たらないが、肘辺りまでを覆う白いグローブと足を覆う細く鋭さのある具足がが印象的だった。
それだけ見ればどこぞのお嬢様といった風貌だが、しかしアストライアはその優しそうでもある目の中に、確かな戦意を見て取った。
「おや、そちらも女性でしたか」
草原の少し小高くなっている丘に差し掛かった時、どちらともなく足を止めると向こうから声を掛けてきて、アストライアは自然と身構える。
「ここで戦闘を仕掛ける気はありません。力を抜いてください」
可愛らしい声色で紡がれるその言葉に嘘は無さそうだった。油断は出来ないが、アストライアはひとまず無意識に手を掛けていた剣の柄を離した。
「まずは自己紹介をしましょう。私はワッファルさまの率いる【穿光】の副隊長を務めているクーカという者です」
礼儀正しく頭を下げてくるその姿に、アストライアは好感すら覚える。彼女が敵でなければ、仲良くすることも出来たかもしれない。
「ご丁寧にありがとうございます。私は王国軍所属、アストライア・エレカハルト侍従長です」
同じように頭を下げる。
顔を上げると、クーカと名乗った女性は首を傾げていた。
「あなたが人族の兵、ということは、あれはやはり王国の軍ということでいいのですか? どうやら魔獣を沢山飼いならしているようですが」
「王国の軍で相違ありません。この度訳あって、魔王軍魔天七星将のパラフェさまにご助力いただいておりますが、指揮は国王のエリオトさまが執っています」
「なるほど。ついに魔王は人族と手を組んでまで私たちを駆逐することにしたのですね。堕落したものです」
表情の変化は見られないが、しかし言葉に闇が含まれていくのをアストライアは肌で感じ取っていた。
「上等です。そちらの戦力がいかに大きかろうとも、こちらの戦意が削がれることはありません。エリオト王にお伝えください。あなたの首は必ず取る、と」
「こちらとしては、降伏していただきたいところですが、どうやらそれは叶いそうにありませんね」
「愚問、ですよ。あと一節の後に、こちらは攻撃を仕掛けます。無論その前にそちらから仕掛けてきても構いませんが」
「いえ、こちらも同刻に。エリオト王ならそう言うでしょう」
「分かりました。それでは」
静かにそれだけ言うと、お互いに踵を返す。
草を踏む自分の足が震えていることを、アストライアは認めたくなかった。




