31.魔族についての考察
馬車に戻り全員で昼食を取った。気持ち的にはもう少しゆっくりしていきたかったがそうも言っていられない。休息もそこそこに、レオニス達はほどなく出発した。
精霊の樹海からベルカッダの街までは荒野で茶褐色だけだった風景も次第に緑が増え、今では綺麗な草原が広がっている。先ほどまで土臭さしかなかった匂いの中に草の匂いが混じって多少の爽やかさを演出している。
風も程よく吹き天気は晴れ、快適と言っていい旅路だった。
シャアラの話だとここがデコーリア平原で、その先サドラ渓谷を抜けたところがバオル平原だという。
今日でサドラ渓谷の出口まで辿り着くことを目標にしているので、馬たちには申し訳ないと思いつつも進行を急いでいた。
手綱を握っているシャアラとアストライアは忙しいだろうが、その一方馬車の中は退屈な空気が満ちていた。
「あー、暇だー。ねえレオニス、チューして」
やる気なさげにイリスが言う。普段ならあたふたするレオニスだがこの状況ではさすがに真に受けることはなく苦笑するだけだ。
「姉さん、冗談でもやめてくれないかな。姉さんがチューするところなんて僕は見たくないんだからさ」
大量に持ってきた本の中の一冊を読んで勉学に励んでいたクレビオスが、本当に不機嫌そうに顔を上げた。
「お? なになにクレビオス、妬いてるの? うふふー、可愛いなぁ」
「ば、バカ違うよ! 単に姉さんがチューしてるところなんて気色悪いって言ってるんだ!」
「もー照れちゃって! しょうがないなぁ、クレビオス、お姉ちゃんとチューする?」
「はあ!? い、嫌だよ!」
そう言いながら顔を真っ赤に染めているクレビオスを見てリーゼが、
「まんざらでもなさそうですねー。さてはクレビオスさまはシスコンですねー?」
「ぬっ!? 何言ってるんだバカ猫!」
「むー、バカとは心外ですー。レオニスさまー、クレビオスさまのせいでリーゼは酷く傷つきましたので、頭なでなでして慰めてくださいませー」
「あ、猫ちゃんずるい! レオニスに私にもして!」
結局イリスはリーゼのことを『猫ちゃん』と呼ぶことにしたようだ。
「分かったから落ち着け、イリス」
両サイドの魔族とエルフ族の少女の頭を、もはや慣れた手付きで撫でるレオニス。リーゼはともかくイリスまでも本当の猫のように目を細めていて、とても気持ち良さそうにしている。
「うーん、なんかレオニスさんて……」
話題が逸れて落ち着きを取り戻したクレビオスが、レオニスを見てボソッと呟く。
「どうした、クレビオス?」
「いやなんか、こうして見てると勇者というより魔王って感じだよね。両脇に美女を侍らせている辺り……」
「なっ!」
自分の姉を美女扱いするクレビオスもやはりなかなかのものだが、しかしそれが気にならないくらいのショックをレオニスは受けた。
「俺が、魔王……だと?」
「確かにー、クレビオスさまの言う通りかもしれませねー。レオニスさまにこうしていただいていると、先代の魔王さまを思い出しますー。とはいえ、先代の魔王さまはもっと激しかったですがー」
「は、激しかったって、まさか!」
落ち込むレオニスをよそにイリスが目を煌めかせながら興奮する。
「はいー、リーゼも寝台の上で沢山可愛がっていただきましたー。先代の魔王さまはそれはもうお盛んでしてー」
「そ、そうなんだ! 猫ちゃんは大人の猫ちゃんだったんだね!」
「? イリスさまは何をそんなに興奮しておられるのですかー?」
「いや! だってそれはもう! ね!」
「あー、あれですねー。人族とエルフ族にとってそういう行いは子づくりという意味を持つのでしたねー」
思い出したようなリーゼの言葉にイリスが首を傾げる。しかし次に口を開いたのはクレビオスだった。
「待って。それはつまり、魔族ではそういう意味じゃないってこと?」
知識に飢えているクレビオスはイリスとは違う意味で目を輝かせていた。
「ええー、そうですー。魔族のするセックスに生殖行為という意味はありませんー。ですので魔族にとってセックスとはただ快楽を求めて行う娯楽に過ぎないのですー」
「な、なあ、この話やめないか?」
「レオニスさん何を言ってるんだ! こんな興味深いことを耳にしてここで終われるわけがないだろう!」
「ふふ、レオニスさまはまだお若いですからねー。こういう話題には抵抗がありますかー?」
そう言われて初めて気付く。確かに今この馬車の中に人族はレオニスしか居ないわけで、ということは年齢を聞くまでもなくレオニスが最年少だった。見た目にはどう見ても自分が最年長にしか見えないレオニスは、困惑せずにはいられない。
「抵抗というか、その……」
レオニスが口ごもるのも気にせず、クレビオスは前のめりに情報を求める。
「いいから続きを聞かせてくれ! やり方は!? 人族やエルフ族と差異はないのか? いやそんなことより問題なのは、子づくりとしての役目を果たさないのなら、どうしてそれを行う機能が魔族に備わっているのか、ということだ」
「それはー、なぜでしょうねー」
「なんで自分達のことが分からないんだ!」
「ちょっとクレビオス、猫ちゃんを責めるのはやめなよ」
珍しくお姉ちゃんらしいことを言うイリスにレオニスは密かに感心した。
「あーいえー、リーゼは別に大丈夫ですー。イリスさまお気遣いありがとうございますー」
しかしクレビオスはイリスの注意に耳を貸さず、すでに自分の頭の中に没入していた。
「つまり魔族は……繁殖するわけではない。なら、どうやって生まれてきたんだ?」
「えーと、リーゼ達魔族はですねー、生まれてくるのではなく、降臨するのですー」
それはつまり、魔王と同じということだった。
魔族は異性間の性行為で増えるのではなく、どこからか降臨してくる。言葉としては理解できてもクレビオスには納得出来そうになかった。
「降臨とはなんだ? どこからやってくるんだ?」
「それは分かりませんー。リーゼだけでなく魔族全員、そして魔王さまも知らないことですー。魔族が自我を持つのは、この世界に降臨した時なのですー」
しばらく沈黙が流れ、そして考察したクレビオスがその結果を告げる。
「恐らく、魔族は何者かの手によってこの世界に出現しているんだ」
「何者かって?」
イリスの質問に、クレビオスは苦い顔になる。
「それは分からない。でも自然現象としては不可思議過ぎる。道理に合わないし、物理法則さえ無視している。誰かの意思が介在してるとしか思えない」
「確かにー、言われてみるとそうなのかもしれませんねー」
当のリーゼはそこまでの関心がないらしく気だるげにレオニスの肩に柔らかい頬を擦りつけている。
「くそ、いつか絶対に、この謎を解明してやる……」
現時点の情報ではそれ以上の結論を出すことが出来ず歯噛みをするクレビオスにレオニスは、
「ああ、クレビオスなら出来る」
何の根拠もないその言葉にクレビオスはキョトンとし、そして。
「ふふっ、不思議だね。本当なら無責任なことを言うなって言いたいところだけど、レオニスさんが言うと本当にそう言う気がしてくるよ」
珍しくクレビオスが微笑んだ、その時だった。
「襲撃です!!」
鬼気迫るアストライアの声が、馬車の中に居てもはっきりと聞こえた。




