eclipse16
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浅葱とは夜に弓張駅で待ち合わせることにして、学校終わりに保護協会に行った。四階の一室に行ってみたら、珍しく東雲しかそこにいない。
「枯葉と空は?」
「あぁ、地下二階にある拷問室です」
「……拷問?」
空と枯葉の二人で拷問室へ、ということは誰かを捕らえて空が拷問、枯葉が心の声を聞こうとしているのだろうか。思考している僕の脳を覗いたように、東雲が説明を始める。
「君がくれた情報と朽葉くんがくれた情報によって、常盤くんの友人である少女、玉城若菜さんに空さんが今朝接触し、捕らえてくれました。触れた傷を治せる能力者であることは分かりましたし、常磐くんの協力者であることも分かったのですが、常磐くんの居場所をなかなか言ってくれなかったので」
「……僕も行ってきて良いかな? 地下」
「ええ、どうぞ」
東雲に促され、僕はソファに鞄を置いてから部屋を出てエレベーターに乗った。空はなんだかんだで優しいし、枯葉は拷問なんて出来ないだろうから、吐かせることが出来ていないのかもしれない。
だから協力しよう――と思った自分に呆れるくらい、僕は数刻後に呆然としていた。
地下二階の廊下をまっすぐ進んだ先に、黒い扉があり、その横の窓ガラスから奥を窺える。二重扉になっているみたいで、一つ目の扉の奥には枯葉の背中があった。枯葉は二つ目の扉の中を窓から覗いていたが、その顔を他所へ向けた。
僕は黒い扉を開けて中に入る。すると、やけに蒼褪めた顔の枯葉と目が合った。
「枯葉? 具合でも悪い?」
「あ、いや――」
二つ目の扉の向こうで、耳を塞ぎたくなるほど大きな金属音が響く。扉横の、横長の窓から中を見て、口端を引き攣らせた。
空の白衣が真っ赤に染まっており、床には鉈やら鋸やらメスやら金槌やら、様々な器具が散らばっている。そのどれもが血塗れだった。
床に横たわる少女を前にして、空が手にしていた包丁を捨て、鋸を拾い上げた。先ほどの金属音はどうやら、包丁で少女の片腕を切断した時に響いたものだったようだ。真っ青な顔で怯える少女に、空が鋸を振り上げた。
「キミ、後何回死にかけたい? 物好きだよねぇ、そんなに体が切られていく感覚は愉快かな?」
「っ……!」
「私は全く愉快じゃないし、肉を裂くのも切るのも大嫌いなんだって何度言えば良いのかなぁ。キミが何も言わないからまた手術が始まっちゃうね。今回は内臓引きずり出してあげようか?」
感情を感じられないのに、笑うように震えた声に背筋が凍った。空は少女の悲鳴など意に介さず、鋸をその体に何度も叩き付けていた。壊された玩具みたいな指が扉の手前まで飛んできて、それを見た枯葉が口元を押さえた。輪切りにするように、少女の左腕を指先から切断していき、根元まで切り落とすと、鋸を投げ捨てて白衣のポケットからメスを取り出す。その切っ先を噛んでから、空がこちらを向いた。不機嫌そう、なんて言葉だけでは足りないくらい歪められていて、けれど冷えきった顔だった。
「朽葉くん、なにか聞こえた?」
「……いえ、言えないとか、駄目だとか、嫌だとか。そんなんしか、聞こえないっす」
「そう。若菜ちゃん、お腹切る前にもう一回聞くね? 常磐はどこにいるのかなぁ」
「…………っ」
「分かった、切ろうか」
空が彼女のシャツごと腹を裂こうとしているのを見て、僕は扉を開けて中に入っていた。枯葉が「おいっ」と止めようとしていたけれど、それを無視して空の前まで行く。
若菜という少女と空の視線が僕に向いた。空は疲れたように笑う。
「なに、少年。可哀想に見えて止めたくなった?」
「違う。無駄なことをやめさせたくなったんだ」
「無駄かな。脆い人間って流石に何十回も痛め付けられたら吐きたくなるもんだと思うよ」
「いつかは吐くかもしれない。けど、空が吐く方が先かもしれない」
空が瞠目して僕を見つめていた。彼女の行為だけを見たなら心無い行為だと思ったはずだし、若菜の姿だけでも痛々しく見える。けれど空の顔付きも、痛々しいものにしか見えなかった。彼女の顔にあったのは吐かせることが出来ない苛立ちだけじゃない、こういった行為に対する嫌悪感が垣間見えていた。
僕の瞳を眺め入っていた空が眉尻を下げる。
「少年、舐めないでよ。私はね、これでも何年もこういうことをしてきてるんだ。この程度じゃ吐かないさ」
「……この世にはさ、人を傷付けることに何も感じない人と、人を傷付けて心を痛める人がいるよね。けど、その性質は生まれた時から変わらないって聞いたことがあるんだ。心を痛める人は、何度その行為を繰り返しても慣れることなく傷付いて精神をすり減らす。程々にしないと、気付かないうちに壊れるよ」
「……キミは心を痛めない側だとでも言いたいの? そんなわけないでしょ、キミは優しいし脆い」
「脆いのは知っているよ。だから、拷問の役目を代われって言ってるんじゃない。それ以上彼女の身を傷つけた所で互いに心が壊れるだけだ。そうなったら話なんて聞けなくなる。拷問は終わり。僕に彼女と話をさせて」
じっと見つめていたら、空が真っ直ぐな視線を折った。後頭部を掻きながらため息を吐いて、若菜の目元を塞いだ。「〈戻れ〉」と命じ彼女の肉体を再生させる。空の能力を使われた相手は暫く眠りにつくが、空は眠った彼女を叩き起こそうとする。拷問時もそうやって痛みで無理やり意識を起こしていたのだろう。乾いた音が弾けて、叩かれた彼女が苦しげな顔で瞼を持ち上げた。その両手首に手錠を掛けている空を横目で見てから、僕は彼女を見下ろした。
「若菜、だったよね。君の名前」
「…………そう」
掠れた声で認めて、彼女は無表情のまま床を眺める。僕は色の無いその目を見つめ、常磐のことを思い返した。
「……君、もし常磐のことが好きなら、今の彼にすることは協力することじゃなくて、あの目を君の方に向けさせることだよ」
「なっ……」
「それとも、常磐という友人が、人として壊れていく姿を見たい?」
何かを言い返そうとした若菜が唇を噛む。何も言えないのか、はたまた何も言いたくないのか、口を噤んだ彼女に続けた。
「復讐をすることで確かに一時的に彼の気は晴れるだろうし、無意味ではないと思うけどさ。それ以上に彼が彼でなくなるっていうデメリットがある。大切な人を失った彼に、恋人以外にも大切なものが身近にあるって分からせてやりたいんだ」
「……常磐は、恋人のことしか見えてないから。他のものを大切だなんて思ってないと思う」
「君にとっての常磐は大切な人なんでしょ? これほど体を痛めつけられても何も吐けないほど、大切なんでしょ? なら彼の大切な存在になりにいきなよ。常磐を救えるのは、君だけかもしれないんだから」
「簡単に言わないでよ」
刃先がこぼれた刃物みたいな声に、瞼を微かに持ち上げる。空の拷問でなにも吐かなかったのだから、彼女の常磐に対する好意が少なからず大きなものであるのは確かなはずだ。彼女はとても意思の強さを感じさせる目付きでこちらを見上げていた。
「常磐は本当に彼女を愛してたの。ほかの人が入る隙なんてないくらい彼女と愛し合ってたの。私が幸せな二人を汚しちゃいけない。常磐の中で彼女の思い出がなくなってたとしても、私が常磐の心を奪おうとしちゃいけないの。そんなの、彼女に対する裏切りだから」
「確かに一人の人間を愛し続けるのは美しい話かもしれないね。けど今の常磐には支えてくれる人間が必要に見えるよ。このままだと彼は思うままに人を傷付けて、最終的に複雑な気持ちを抱えて倒れる。恋人のことを知っているなら尚更君が適任だ。汚すとか奪うとか裏切りとか、よく分からないけどそんなことを考えないで。常磐が本当に誰かを殺してしまう前に僕達がそれを止めるから、君は彼の意識を目の前に繋ぎ止めようとしてほしい。復讐なんかじゃなくて、今の環境が大切なものだと、彼に気付かせてやって欲しい。君が好きな彼も、彼の恋人が好きだった彼も、きっと優しい人なんでしょ? ならそれを守ろうとすることは、裏切りなんかじゃないと思うけど?」
黙ったまま、若菜は何も答えない。ただその唇だけがどんどん引き結ばれていくばかり。沈黙が場を制す前に話を先へ進める。
「偽物の世界でならいくら殺しても罪に問われないけど、常磐は今誘拐っていう罪を犯しているし、彼が普通の世界で蘇芳を傷付けたり殺したりしたらそれも罪になる。犯罪者がどれほど生きにくいか、想像はつくでしょ。というか君は、大切な人を犯罪者にしたいの?」
「……」
「何も言いたくないなら良いよそれで。けど一つだけ、ちゃんと答えて。常磐と蘇芳はどこにいる?」
問いかけても、若菜は口を開こうとしなかった。右から左へと動く彼女の黒目に迷いを見つける。かと言ってそれをどうすることも出来ないから、僕はただ黙って待った。
耐えかねたように、視界の端で空が刃物を持ち上げたからそれを片手で止める。今の彼女を痛め付けるのはきっと逆効果だ。もう一度何か言葉をかけようと唇を開いた時、彼女がようやく声を出してくれた。
「三日市の、クレセントビルの最上階。あそこ、今は使われていないの」
「……そう、ありがとう」
その情報が本当のものかは分からないが、今はそれを信じることにする。空を一瞥したら、彼女は拘束したままの若菜を立たせ、彼女を連れて拷問室を出ていく。僕もその後ろに続いて外に出た。枯葉と目が合い、廊下に出た僕達は何気なくそこで足を止めて壁に寄りかかっていた。別の階に向かうらしい空達を見送っていれば、枯葉が僕を呼ぶ。
「なぁ、俺、どうしたら良いんだろうな。俺のせいでこんなことになってんのに、蘇芳を助ける力も、常磐を止める力もねぇんだ。情ねぇよな」
「あのさ、さっき若菜が言っていた情報は本当のもの?」
「え、あ……あぁ、心の声を聞く限り、騙そうとかそういうんじゃなかったぜ」
「そう。……枯葉、今起きていることに、誰のせいとかそんなのはなくてさ。力がないなんて誰だって思うことで、無力なのを言い訳にして何もしない奴がいたらそいつは情けないかもしれないけど。でも君は今自分の能力で若菜から常磐の居場所をずっと探り出そうとしてた。自分に出来ることをして蘇芳を助けようとしているんだから、情けなくないんじゃない?」
もしかしたら今回の件に関わってる人はみんな、自分のことを情けないと思ってるかもしれない。僕だって自分を情けなく思う。戦う力があるのに何も守れていないどころか、守られてばかりいる気がする。
己の弱さに瞼を軽く伏せていたら、枯葉が隣で苦笑した。
「俺もお前みたいに、戦える能力が欲しかった」
「……確かに、便利ではあるよ。でもそんなに良いものじゃない」
「そうかぁ?」
「そろそろ東雲のところに戻ろう。空も戻ってきたら、これからの話をするだろうし」
そうだな、と相槌を打った枯葉が歩き出す。僕もエレベーターに向かった。僕が乗り込んだのを見てから彼がボタンを操作して、エレベーターが上を目指し始める。
「そういやお前、玉城若菜が能力者だってなんで分かったんだ?」
「たまたま、彼女に傷を治してもらったって人間と接触出来てね。本当に彼女が協力者だったみたいで良かったよ」
エレベーターが四階で止まり、扉が開く。三階にいる子供達は元気だろうかとふと考えた。初めて来た時は子守を任されたなと思い返してしまうのは、少しだけ頭が退屈だからかもしれない。東雲がいる部屋に入ると、空が既にソファに座っていた。
「玉城若菜は?」
「他の部屋。牢屋的なところかな。常磐を捕まえるまでは解放出来ないからさ」
そんなところだろうとは思ったが、この施設に牢まであるとは思っていなかった。拷問に適した部屋があったり、牢屋代わりになる部屋があるなんて、傍から見たら怪しい施設だ。身寄りがない等の子供達を引き取り育てている面さえも怪しく見えてきて、内心で笑ってしまう。
東雲は空から情報を聞いたのか、僕と枯葉がソファに腰を下ろしたのを見ると「さて」と本題に入り始めた。
「まずは、空さん、紫苑くん、朽葉くん。ありがとうございます、常盤くんと蘇芳さんの居場所を聞き出してくれて」
「うんうん、少年と朽葉くんが良い働きをしてくれました。あとでキミたちにはアイスを奢ってあげよう」
先ほどまでの顔色の悪さが嘘みたいに、空は普段通りの表情で猫みたく笑う。奢りなんて良いよと断ろうかと考えたけれど、どうせ口だけな気がして「ありがとう」とだけ返しておく。
優しげに笑っていた東雲がすっと切り替えて真剣な面差しをこちらに向けた。




