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月光If(番外編+if劇場版)  作者: 藍染三月
-if劇場版-偽物の月は僕達だけに光を見せていた
16/32

eclipse7

 宮下センパイがようやく落ち着いてから、近くの公園のベンチにあたしと彼女が座り、紫土さんは立ったまま缶コーヒーを飲んでいた。二人の会話を聞きながら朽葉にメールを送信する。


「そう言えば、お兄さんはどうしてこちらに?」


「午前だけ仕事があって、その帰りでね」


「モデルさんとかですか?」


「ははっ、そんなわけないでしょ。色々やってるけど一言で言うならデザイナーかな。今日はイラストレーター」


 紫土さんは初対面の相手や、深く関わる気のない相手とは柔らかに接する。宮下センパイに対してどんな顔をしているのかちらと窺ってみたら、思った通り優しそうな微笑みを向けていた。


「そういえばさっきの服屋……ラビットネストの服のデザインもしたことがあるね」


「えっ!? お、お兄さんすごいですね……! どの服とか聞いても――」


「話が脱線していってるから戻そうか。篠崎さん……って分かる?」


「あ、は、はい。能力者保護協会の空さんですよね」


「そう。あの人にいきなり、自分は予定が出来たから蘇芳達を頼むって言われてさ。訳が分からなかったけど、切羽詰まってるみたいだったから取り敢えず見守ってた」


「空さんが? どうして私達を?」


「それは俺が聞きたいんだけど」


 紫土さんは、宮下センパイを訝しげに見ていた。朽葉にメールを送り終えたあたしが話に割り込む。


「ごめんなさい、宮下センパイにも何も言ってなくて。あたしのせいなんです」


「え、蘇芳ちゃん、どういうこと?」


「なんか、朽葉の知り合いが偽物の世界で死んだ人みたいで、その人が今あたしを探してるって。それで今日、あたしが狙われるかもって東雲さんと篠崎さんがあたしを護衛してくれていたんです。で、囮として朽葉と、女装した呉羽先輩が待宵駅で待機って話だったんですけど……朽葉、東雲さんに言われてこっちに向かってるみたいです」


 一気に説明したから、伝わらない部分があったかもしれない。宮下センパイは目を白黒させていた。紫土さんの瞳は興味なさげにあたしを見ていたけれど、切れ長の目がだんだん鋭さを帯びていく。


「紫苑は?」


「え?」


「紫苑と朽葉って子が待宵駅で待機って話だったんでしょ? 紫苑は今どこにいるの」


「わ、からない、です」


「……そ」


 また、つまらなさそうな顔をして、紫土さんがコーヒーを一口飲んだ。あたしの横まで歩いてくると、そこにあったカゴの中に缶を捨てる。隣にいる宮下センパイがどんどん俯いていくのは、彼女も呉羽先輩が心配だからだろう。あたしも、紫土さんに言われるまでは朽葉といるものだと思って気にしなかったけど、気が付いてしまったら呉羽先輩が心配になる。


「蘇芳の代わりを紫苑が務められるってことは、蘇芳の容姿は知られていないってことか」


「そうみたい、です」


「ふぅん」


「――蘇芳、宮下!」


 駆けてくる足音に目をやれば、金に近い明るい茶髪が視界に入る。朽葉が真っ青な顔で、泣き腫らしたような目をして、立ち止まった両膝に手を置いた。


「わり、遅くなって…………誰、だ?」


「呉羽先輩のお兄さんよ。篠崎さんの代わりに護衛に来てくれたの」


「そ、うなんすか……なんか、すみません」


 元々下げていた頭を、朽葉が更に深く下げていく。あたしの携帯電話が振動して、画面を見てみれば篠崎さんからメールが来ていた。紫土くんと朽葉くんと合流出来たら待宵支部に来て、と書かれていたため、あたしはベンチから立つ。


「紫土さん、朽葉。篠崎さんが、待宵支部まで来てくれって」


「蘇芳ちゃん! 私は?」


「宮下センパイは……家に戻って。大丈夫、夜には連絡出来ると思うから」


 不安げで泣きそうな顔から、あたしは目を逸らす。宮下センパイも能力者とはいえ、戦えないのだ。出来れば巻き込みたくない。朽葉だって、敵が朽葉の知り合いじゃなかったら巻き込まなかった。双肩を落とす宮下センパイの手を引いて、「駅までは一緒よ」と笑いかける。うん、と頷いてくれたけれど、元気がないのは痛いくらい分かった。


 多分、呉羽先輩が心配だということと、自分がなんの力にもなれないことに、胸を痛めているのだと思う。その痛みがあたしにも伝染してきそうだから、真っ直ぐに目を見ることが出来なかった。


 駅まで四人で歩き、改札前で宮下センパイと別れる。別れ際に、泣きそうな顔の彼女の手を紫土さんが軽く引いた。


「浅葱さん。君に会ってから、紫苑変わったんだ。表情が少しだけ柔らかくなった。多分、君にすごく救われてると思う」


「え……」


「紫苑って、あれでも根は寂しがり屋だから。一緒にいる時は出来る限り寄り添ってあげて」


 宮下センパイを元気付けるためか、紫土さんは柔らかく微笑んで彼女の頭を撫でた。素の彼を知っていると、どこまでが演技なのかと余計な推察をしてしまう。泣き出してしまった宮下センパイが「はいっ」と涙声で零した。


「それじゃあ、気をつけて」


 宮下センパイの震える肩を軽く押してから、紫土さんはあたし達の方を振り返った。


「カードキーは俺が持ってるから、もし蘇芳と……朽葉くん、だっけ? 持ってなかったら、改札通る時に貸すよ」


「あ、ありがとうございます」


 あたしも朽葉も、いつも行く前に篠崎さんか東雲さんに連絡をして、通る際に開けてもらっていたから、カードキー代わりの名刺は持っていない。紫土さんの後に続いて、あたし達は改札を抜けた。


 その先の地下通路を進み、エレベーターを上って、東雲さんたちがいるらしい四階へ行く。四階の一室に、あたしがノックをしてから中に入った。


 東雲さんは一番奥の、書類が置かれている机を前にして椅子に座っており、その手前にあるテーブルの左手側のソファに篠崎さんが着座していた。右手側のソファには、タオルケットをかけられた呉羽先輩が眠っている。


 東雲さんが、あたしたちの気を緩めるように微笑んだ。


「待っていました。お疲れ様です皆さん」


「あの、呉羽先輩……大丈夫、なんですか? 何があったんです?」


 篠崎さんの能力で治されたのか、傷は見当たらない。けれど能力で治さなければならないほど負傷したということが、あたしを震えさせていた。あたしのせいだと、胸の奥で自責の念が臓腑を炙る。


 紫土さんが呉羽先輩の傍まで近寄って、その頭を軽く撫でた――ように見えた。彼はやや乱暴な手つきで呉羽先輩を起き上がらせ、ソファの肘掛に寄りかからせる形で座らせてから、その隣に腰を下ろした。


 篠崎さんに手招きされて、あたしと朽葉は彼女の隣に並んで座る。あたしの左隣で、朽葉が震えた声を絞り出した。


「呉羽、まだ起きないんすか」


「まぁ、傷が酷かったからね。両腕はめちゃくちゃに折れてたし、首も深く抉られてた。だからもう少しかかるかも」


 それを聞いてあたしは絶句した。死んでいてもおかしくないような傷ではないか。隣で朽葉の顔がどんどん青白くなっていくのが見えて、あたしは思わず俯く。


 あたしのせいなのに、朽葉は自分を責めているのだろう。膝の上で両手を握りしめていたら、東雲さんが優しい声で問いを投げた。


「朽葉くん、何があったんですか? 何故紫苑くんだけが彼――常磐くんとカラオケ店に?」


 なるべく、朽葉を責めないような声色だった。それでも、他人に責められなくても自分で自分を責めている彼は体を震わせている。震えた上半身が、土下座するように折れた。


「済みませんでした! 俺……喫茶店で呉羽が一旦席を外して、俺が常磐と二人でいる時に、なんとか蘇芳が『ウサギ』じゃないって思わせようとして、見られたメールの内容について誤解だったって、蘇芳は『ウサギ』じゃなかったって常磐に言ったんです。そしたら、心の声が聞こえる俺が何を言ってるんだって言われて、パニクって……。呉羽が戻ってきて、ほっとして……つい、あいつのこと蘇芳じゃなくて呉羽って呼んじまって」


 朽葉の犯した失敗に、東雲さんが表情を険しくした。けれど反省している様子の彼を責められはしないのだろう、東雲さんは黙ったまま彼の言葉を聞いている。


「耐えられなかった。呉羽の、蒼白になっていく顔見てたら、自分がどれだけまずいことをやっちまったのか分かって、そこにいられなくなって、逃げたんです。俺を引き止めたあいつの手を振り払って、店のトイレに駆け込んだ。そこに篭ってたら、暫くして呉羽からメールが来て、常磐にバレて脅されたから席を外すって……。そっから先は、ずっと駅前にいました。東雲さんから連絡が来るまで、ずっと。だから……俺の、せいだ……っ」


「……へぇ」


 冷めた声が、響いた。それは、朽葉の正面からだ。紫土さんがすっと席を立ったかと思えば、俯いたままの朽葉の胸倉を掴んで無理矢理立たせ――その顔に力強く拳を打ち付けた。


 あたしの方に倒れ込んできた朽葉を抱き留めて、あたしは戸惑いながら紫土さんを見上げる。彼の目はいつになく冷たくて、そこに心がないかのようだった。


「紫土くん!」


「一発だけだよ、これ以上はなにもしない」


 紫土さんが立った時に東雲さんも立っていたのだろう、彼を羽交い締めにするのが早かった。彼はするりとその腕を抜けて、元の席に戻っていく。足を組み、呉羽先輩の頭を小突いた。


「紫苑が起きたら謝ってごらん? こいつ多分、自分が席を外したのが悪かったんだって言ってあんたのことを責めないと思うから。だから、代わりに俺が殴ったんだよ。悪いけど、敵に余計なことを話して、その自分の失態で紫苑を追い込んでおいて逃げ出すなんて、クズにもほどがあるでしょ」


「……済み、ませんでした」


「別に謝罪なんて求めてない。それと、俯いて立ち止まるくらいなら紫苑が死にかけたのは自分のせいだって思わないでよ。あんたが俯く理由に、俺の弟を使うな」


 ボロボロの朽葉の心を更に引き裂くような響きだった。あたしは、何も言えず、朽葉の背をさする。しんと静まった室内で、東雲さんが緘黙を攫った。


「朽葉くん、作戦実行の前に紫苑くんも含めてどのような説得をするのか話し合っておくべきでしたね。君は『ウサギ』の正体をうやむやにし、誰も狙われないように仕向けようとしたのでしょうが、紫苑くんは恐らく自分が蘇芳さんであると思い込ませて彼女の代わりに報復されようとしていたでしょうから、君が逃げなくても噛み合わない部分が露呈して説得は上手くいかなかったでしょう。君だけのせいではなく、話し合うことを怠った我々のせいです」


「……本当に、すみませんでした」


「気にしないで下さい。さて、これからの事についてですが、朽葉くんには出来るだけ常磐くんと接触して欲しくないので、この件が片付くまでは休学し、保護協会で過ごしてください。とはいえ、常盤くんは元々保護協会で過ごしていた能力者なので、ここに乗り込んでくる可能性もあります。ですから、保護協会にいるからといって一人にはならないように。必ず空さんや私、誰かと行動を共にしてください」


「はい……」


「蘇芳さんは、学校を休みたくはないですよね?」


 休みたくないかと問われれば、たしかに欠席日数を無駄に増やしたくはない。しかし緊急事態だから休めと言われたら休むしかないし、休んであたしもここで過ごすべきだと東雲さん達は思っているかもしれない。


 けれどあたしは頷いた。あたしの傍に誰も置いておきたくない。あたしが招いたことなのだから、あたしだけが狙われれば良いとさえ思った。常磐という人に見つかって痛ぶられるのなら、それでも良い。ここにいる人たちに、手出しさせたくない。


 その心の声が聞こえてしまったのか、朽葉があたしを咎めるように見ていた。他の人には伝わらないよう、なんとか平静を繕う。東雲さんはこくりと頷いた。


「分かりました。蘇芳さんの登下校は出来る限り見張ります。早苗さんに気を付けるよう頼んでみます。何かあったら必ず私や空さん……誰でも良いので連絡して下さいね」


「はい」


 そういえば、あたしの学校には綾瀬早苗という能力者の女がいたなと今更思い出した。あまり彼女と関わるのは得意ではないが、この状況では仕方がない。


 あたしが常磐にしてしまったことは許されることではないし、何をされても文句が言えないことだ。だけど、あたしだけでなく他の人を巻き込んで、呉羽先輩を傷付けた常磐を、許せそうにない。


 もし遭遇したら誰にも伝えず、誰にも見つかる前に、あたしがケリを付けなきゃならない。


 意思を固めていたら、東雲さんが席を立つ。どうやら今日はこれで解散みたいだ。篠崎さんと朽葉はここに残り、東雲さんがあたしと呉羽先輩、紫土さんを車で送るらしい。


 東雲さんがコップなどを片付けている間、あたしはこれからどうするかを深く考えていた。





挿絵(By みてみん)


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