【小話】第一印象は
【お知らせ】
『クラちゃんとカルーさんの幸せな結婚』の方に、2018年11月23〜26日の4日間で、いい夫婦の日SSをあげています。お時間あったら読んでみてくださいね。
クラちゃんとカルーさんのお話しが掲載された『人外恋愛譚』が本日発行されたので、小話をひとつアップしてみました。
クラちゃんと初めて出会ったのは、そう、荒くれ者のおっちゃん達が昼間っから酒をあおっては武勇伝を声高に吹聴する、騒がしい冒険者ギルドの受付だった。
「お待たせ~来たよ!ムースエルクが食べられるってホント?」
「ああ、本当だ。依頼人はこのクラウドさん、ミーガス通りで居酒屋をやってる料理人だそうだ。狩った後の肉の保存方法になんかコツがあるらしいんだが……ほら、後はあんたが説明してくれ」
なぜかいつもアタシにビビりまくっているその日の受付アッシュさんが、言うべき事は言ったとばかりにそそくさとその場を離れていく。
なによもう、人を危険人物みたいに……失礼しちゃうな。
険しい岩場に棲むムースエルクを狩ってきて欲しいなんていう珍しい依頼ではあったけど、料理人からの依頼で、完遂後にはムースエルクを目の前で料理してふるまってくれるっていうオマケ付きだって聞いたもんだから、食いしん坊のアタシは二つ返事で引き受けて、その日はちょっとワクワクしながらギルドにやってきたのだった。
だってムースみたいになめらかな、柔らかいってウワサの鹿肉なんだよ。口の中で蕩けるんだってよ。
街じゃ滅多に見掛けない食材だし、ちょっと頑張って狩に行ってもいいくらいには興味あるじゃない。
そんな面白い依頼を持ってきた料理人はどんな人かと見てみたら。
ごっついおっちゃん達の中に端然と佇むクラちゃんはびっくりするほど場違いで、びっくりするほど麗しかった。
ただ。
うちの家族でぶっちゃけ綺麗な顔は見慣れてる。だからその時は綺麗な人だな~くらいの感想で、別になんとも思っちゃいなかったんだ。どっちかっていうと、無表情に淡々と依頼内容を告げ、獲物の捌き方やら持ち帰るまでの保存方法やらを細かく説明してくる姿に若干面倒くささを覚えたくらい。
その印象は、狩から帰ってきても実はあまり変わらなかった。いや、むしろ悪くなったかも知れない。
だって苦労して本当にでっかいムースエルクを狩って来たんだよ?なのに感動した素振りもなく、おざなりにお礼を言っただけで無表情に受け取って、さっさと料理し始めちゃってさ。
なんだよコイツ、って思ったんだよ。
イラっとしてさ。
テーブルに突っ伏してしっぽを不機嫌に揺らしてたら、目の前に……ほわっと優しい湯気がたつ小ぶりな器がコトリ、と置かれた。
これって……丼?
最初に出てくるには重くないかと思ったけど、ひと口食べたらあまりの美味しさにもう箸が止まらなかった。
やっぱりなんてったってお肉が美味しい。脂身が刺しで入っているせいか本当に口の中で蕩けちゃうくらい柔らかい。甘みがあってとにかくご飯に合うんだよね。ジューシーで柔らかいお肉と一緒に軽く煮込まれてる野菜は、食感がどれも微妙に違う。透き通る程トロトロに煮込まれたものから、歯ごたえが楽しい根菜、シャキッと瑞瑞しさを失ってない葉もの野菜まで、小ぶりな器の中で色々な個性がせめぎあっていた。
「どうぞ」
夢中になって食べてたら、コトリ、コトリ、と新たな皿がひとつ、またひとつと目の前に並べられていく。ステーキ、肉巻き、角煮はもちろん、アタシが見たこともない料理が次々と……。
「うわぁ……美味しそう……!‼」
小さなお皿にちょっとずつ。
パスタもあれば、パイもサラダも煮物も串ものも揚げ物も刺身も……肉料理ってこんなにあったっけ?ってくらい並んでいた。
まるで小さなパーティーみたいになったテーブルの上のご馳走に、すっかりテンションが上がったアタシは、とにかく食べて食べて食べまくった。
「ふわぁ~美味しい~幸せ~‼」
あまりの美味しさにがっつきまくったあげく、お腹パンパンで幸せにしっぽを揺らめかせていた時だった。
何となく視線を感じて目をあげたんだ。
その時のクラちゃんの顔、アタシ、一生忘れないと思う。
少しだけ上気した頬。嬉しげに細められて目じりが下がった目。瞳はうるうると潤んで悩ましく、口角はわずかに上がって喜びをあらわしている。
「な、なあに?」
思わず問いかけたアタシに、クラちゃんは頬を赤くして目をそらした。
「いえ……その、あんまり幸せそうに食べてくださるんで……嬉しくて」
目も合わせられずにうつむくクラちゃんを見て、アタシは唐突に理解した。この人、すっごい人見知りなんだって。
表情がほとんど変わらないのも、声が異様にちっちゃいのもそのせいか。
今この時。
わずかに赤い頬は全力で照れているんだ、多分!
わずかに潤んだ瞳は、立派な食材を手にしてすっごい嬉しいんだ、多分!
わずかに上がった口角は、料理を褒められて嬉しくってしょうがないからに違いない!
そう思ったら、途端に親しみが湧いて、クラちゃんが可愛く思えてくるから不思議だ。誉め言葉が自然と口をついて出てきた。
「すっごい、すっごい美味しかった!クラちゃん、天才!」
「く、くらちゃん?」
ちょっぴりだけ、目が見開かれた。
「名前、クラウドだよね、だからクラちゃん! また美味しいお肉持ってくるから、美味しく料理してね!」
一瞬、固まって……小さくコクリと首肯いた後、クラちゃんはほんの少し、ほんの少しだけまた口角を上げた。これはきっと、嬉しい時の顔だよね?
出会ってからずっと無表情だったクラちゃんが見せてくれた小さな変化が嬉しくて、顔を覗き込んだら益々照れてそっぽを向く。それがあんまり可愛くって、心臓はウキウキ跳びはねて、しっぽはフリフリと左右に盛大に揺れた。
思えばこれが、胃袋も心臓もわしづかみにされた瞬間だった。
今となってはアタシの濃ゆ~い家族に鍛えられ、すっかり表情豊かになったクラちゃん。あの頃の恥ずかしそうな照れた表情はもはや相当レアものだ。
また見たいなぁ、あの顔。
クラちゃんが全力で照れそうな事……
照れそうな事……
しっぽをフリフリしながら考える。
クラちゃんが思わず真っ赤になる事をあれやこれやと考えてはほくそ笑み、クラちゃんからは怪訝な顔をされてしまった。
クラちゃん、覚悟してね。
クラちゃんの度肝を抜く事をやらせたら、きっとアタシの右に出る人なんかいない。すっごい事、絶対考えてみせるからね。
その後何があったかは、もちろんアタシとクラちゃんだけの秘密である。