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 “P” BOX  作者: Daniel
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1・モーニングコーヒーはブラックで

 おおよそ、の雰囲気で英語文が入ったりしています。何分趣味の延長線上の物ですので、多めに見てやってください。

 朝と夜が交わる時間。まだ太陽が昇らない路地を、申し訳程度の明るさで照らす薄暗い街灯。そんな路地の片隅で、肩を寄せ合うように連立する店々。その店の内のひとつ、裏口のドアが軋んだ音を立てて開かれると男が2人出て来た。先に出てきた男は、くたびれた濃いブリーンのカーゴパンツにグレーのパーカー姿、肩に付く程のやや長めの黒髪は、しっとりと濡れているようだった。後から出てきた男はこの店の従業員だろう、腰に黒く長いエプロンを巻いている。


「ほら、これが今日の分だ」

「OK、いつも日払いで頼んで悪いな」

「気にすんな、こんな店だ。月払いの方が珍しいってもんさ」


 いくらかのドル札、そこそこの厚みがあるそれをエプロン姿の従業員から受け取ったパーカーの男は、無造作に上着のポケットにその金を突っ込んだ。


「週末だけじゃなくて、もっと入ってくれてもかまわねぇんだぜ?」

「よせよ、オレがノンケなのは知ってるだろ」


 従業員の手が、パーカーの男の肩に乗る。男は、それをやんわりと払いのけて肩をすくめる。手を払われた方も、同じく小さく肩をすくめた。


「お前が来て2ヶ月、週末にしか居ねぇってのに店の売り上げが半端なく伸びてる」

「そんなに褒めても何も出ないぜ、他の奴だって頑張ってんだろ、そいつらも褒めてやれよ。あと、オレだって忙しいんだ」


 お前ならもっと稼げるのにもったいない、とボヤく男。パーカーの男は再度肩をすくめて見せると、くるりと背を向けて軽く手を振った。


「じゃ、帰るわ。また週末な。行けなくなったら連絡するよ」

「おう、連絡は早めに頼むぜ」


 お前を見に来る客に暴れられちまう、という声に笑いながら、パーカーの男は立ち去った。



****



「Welcome home」


 がちゃり。誰もいないだろう、そう思って開いたいたドアの向こうの薄暗い家の中から声が聞こえて大きく肩が跳ねた。


「…っくりした……I’m home, Honey」

「おかえり、Darling」


 玄関から入ってすぐ正面に見える螺旋階段を、書類とコーヒーの入ったマグカップを持った男が降りてきた。こつこつと軽い靴音をたてて階段を下りると、エントランスの照明を点ける。そして近くのソファに腰を下ろすと、ゆったりと足を組み書類に目を通しはじめる。服装は至ってラフ、無地のシャツに黒いデニム姿だ。


「今日も大層モテたようだな、ここまで香水の匂いがする」

「…あんたが居るって知ってたらもっと早くに帰ってたよ。それ、次の仕事か?」


 パーカーの男はゴツゴツとブーツで重たい足音をたてながら歩いていき、書類に目を通している相手の隣に腰を下ろす。

2人の髪型はほぼ同じ、違うのは質感と色だけだ。片方は少し湿った髪で黒い。もう片方は指通りのよさそうな、透き通ったプラチナブロンドだった。黒髪の男の方も、整えれば同じような質感なのかもしれない。ちなみに黒髪の方は青年、ブロンドの方は青年と呼ぶには少し年期が経っているように見えたが、何れにせよ2人の年はそう多く離れているようには見られなかった。

書類に目を通しているブロンドの男の視界を遮るように黒髪の男が文面を覗き込む。細かく書き込まれた文字、見取り図のようなものに、一通り目を通していく。


「あぁ、お前には向かない仕事だ。悪いが連れて行けそうにない」

「っぽいな。ついてっても、つまんなそうだ」


 視界を遮られた方は特に機嫌を損ねるわけでもなく、相手の好きにさせている。が、漂うキツイ香水の匂いに僅かに顔を顰めた。


「もう少し派手な仕事が入ったら連れていってやる。…早くシャワーを浴びてこい、寝る時間がなくなるぞ」


 今日は学校だろ、と手に持った書類で相手の顔を軽く叩く。叩かれた方は、重い腰をソファから上げると大きな欠伸をした。


「はいはい、どうぜ香水臭ぇですよー」

「店でシャワーを浴びて来たら良いんじゃないか?」

「よしてくれよ、オレみたいなか弱い男があんな危険なシャワールームで裸になれるかよ、食われちまう」


 笑いながらそう言うと、グレーのパーカーのポケットから札束を取り出し、ソファ前に置かれたローテーブルの上に乱雑に放った。だるそうにパーカーのジッパーを下ろしながら、ソファの真向かいにあるバスルームに歩いていく。服の下の身体つきからは、本人の言う「か弱い」要素は全く見て取れない。どちらかと言うとバランスよく筋肉に覆われた、引き締まった身体つきである。


「お前を襲う?考えられんな…ストリッパーも大変だな」

「アンタも見に来いよ、VIP席空けといてやるぜ、おにいちゃん」


 ばたん、とバスルームのドアが閉まる。しばらくして聞こえて来るシャワーの音。兄と呼ばれた男はフン、と鼻で笑った。



****



「金なら、俺のやったカードがあるだろう」

「あんなあぶねーもん、ほいほい使ってたかと思うとゾッとするね。今まで強盗に遭わなかったのが奇跡だっての」


 シャワーを浴び終えて出てきた黒髪の男、弟の方が立ったままテーブルに放った札束をまとめながら言う。乾かしていないのか、髪はまだだいぶ水気を帯びていた。


「何でストリップバーのダンサーなんだ?」

「…何となくだよ」


 自分よりも少し身長が高く、年の若い自分に劣らない引き締まった身体をもつ、大人の男、兄。これがかなりモテる。そんな兄に負けたくなかった。そんな理由があったりもするが、弟とて男である。そんな事は口が裂けても言えない。男らしさ=ストリッパーというのもどうかと思うが、いかんせん目立ちたがり屋な弟、バーテンやボーイより、ライトを浴びて美女とお近付きになれるチャンスのあるダンサーに惹かれたのだった。


「ノーマルなお前が、人前で服を脱いで踊る仕事をしようと思うのが、『何となく』?」

「うるせーな、しつこい男は嫌われるんだろ?」


 札束をまとめ終わり手の中に握り込むと、首にかけたタオルで頭を乱暴に拭いていく。兄の方はもう書類を手にしておらず、マグカップのコーヒーを啜っていた。


「つーか、あそこのバー紹介してきたのは兄貴だろ」

「いきなりバイトをしたいって言われてもな…お前の好きそうな場所で比較的安全なのはあのバーくらいしか思いつかなかったんだ。バーテンやボーイでは我慢できなかったのか?まさかダンサーをやるとはな…どうかしてる」

「20前のガキがブラックカード使ってコンビニで買い物してる方が、よっぽどどうかしてるっつーの」

「…そんなガキが、こんな下着で踊ってチップをもらうのか?」


 兄が腕を伸ばし、徐に弟の履いているジャージのウエストを引っ張った。顔を出したインナーの色はショッキングピンク、しかもTバックだ。きゃー犯されるーと棒読みの悲鳴をあげる弟に、兄は良く伸びるジャージのゴムから指を離した。バチン、と元あった場所に戻ってきたジャージに、さして痛くもなさそうな声で、痛いと声を上げる弟。


「あんたが良く連れてるようなグラマーな美人が、黄色い悲鳴あげて喜んでくれるんだぜ?」

「女ばかりが客じゃないだろう、ゲイだって見に来てる。弟がそんな連中の前で腰を振ってる思うと…兄は複雑な気持ちだ」


 額に手を当てて大袈裟に溜息を吐く兄に、弟の方は急に機嫌を損ねたようで、形の良い薄い唇を歪めた。


「はっ、本当の兄貴かも疑わしいってのに、よく言うぜ」


 もう寝る、とブーツをゴツゴツと鳴らしながら1階の自室へと向かう弟。そろそろ夜が明けて、窓からは太陽の光が差し込みはじめている。


「俺は、お前の兄だ」


 何度か繰り返されているやり取りである。掴み所のない表情でニヤリと笑う兄に、弟はさらに顔を顰める。おやすみ、と一言告げると自室のドアを閉めた。

 この2人が本当の兄弟かどうか…なかなかに複雑な事情があるようだった。弟が噛み付けば、兄は自分は兄だと言って譲らず、先程と変わらない表情で笑うのだ。


「Sweet dreams my brother」



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