第20話 大地の祝祭(2)「行き先」
日が傾き、その日の参拝が終了したあと、カミットはベイサリオンに連れられて、神殿敷地内の最奥にある隔離区画の集落に出向いた。集落は白塗りの石壁に囲まれており、その壁には強力な魔除けがかけられているのを、カミットは自らの森の呪いを通して感じた。ベイサリオンは何も言わずにカミットをここに連れてきたが、カミットは職人組合の知り合いや傭兵たちと話す中で、この施設について知っていた。
「化身になっちゃった人たちがいるところだね」
「本来は精霊と呪いについて基礎からしっかりと学んで、それから知るべきことだが、呪い子である以上、これだけはと思うので連れてきた」
「ありがとう」
「ネビウスから何か教わったか?」
「ううん。ネビウスは何も」
隔離された部屋に入ると、カミットは目を見開いた。
部屋の床のあちこちに、赤黒い皮膚をした、手足の異様に短いずんぐりとした怪物が座っていた。カミットは頭では分かっていた。彼らは元は神官または呪術師で、呪いの返りを受けて、異形の姿になってしまった土の化身である。やがては人の思考まで奪われ本当の怪物に成り果てる定めにあり、そうなる前に神官の手によってその生命を絶たれることが掟により決められている。
腐った果実のようになった落ち窪んだ真っ黒な目は視力がほとんど失われており、彼らは潰れた鼻をひくつかせて周囲の様子を確かめ合った。
一人の化身がベイサリオンの方に首を向けた。慣れていなければ聞き取りづらい、掠れた声でその化身は喋った。
「今日はお客さんがいらっしゃるようだ。とてもめずらしい臭いがします」
「邪魔をするぞ。実は森の呪い子を連れてきた」
「ああ、ジュカ人だ。思い出しましたよ。ということは、ネビウスの子ですね」
その化身はカミットの方を向くと、地面に這うようにして近づいた。カミットは思わず後ずさったが、すぐに思い直して自ら化身に近づき、膝を付いて相手と同じ目線になるようにした。
「君は優しい子だ」
「僕が優しい? どうして?」
「ネビウスも私と話すときには、こちらに近づいてきて膝をついてくれるんだ。そんな風にしてくれた子供は君が初めてだけど、やっぱりネビウスの子だね」
カミットはそれを言われた途端、悲しい喜びと深い哀れみがこみ上げて涙をこぼしそうになった。
「あの、僕は、……そんなこと言われても困るよ」
「私は君に感謝しているんだよ。君のおかげでネビウスがまたこの都に来てくれた。あの人は優れた医師でもあるから、彼女の治療を受けたおかげで、私はまだもう少しだけ人間でいられることになった」
「ネビウスは呪いを治してくれないの?」
「呪いを完全に解くことは誰にもできない。呪いは私達の魂と結びついているから」
「僕も化身になっちゃうのかな」
「ベイサリオンのような稀なる例もある」
「あなたはいまいくつなの?」
「四十七歳で最も年寄りだ。ここにいる者どもはだいたい二十歳から四十歳くらいまでの者が多い」
「どんな風に化身になったの?」
「呪いを使う内、魂が歪んだのだ。しかし体の方はなかなか変わらなかったので、三十歳を過ぎた私は油断していて、自分の才を過信した。私はベイサリオンになれると信じていた。そうして修行に励んでいたあるとき、魂がついにその歪みに耐えきれなくなると、急に体の方が変わり始めた」
「僕が気をつけるべきことはある?」
「呪いは使い過ぎれば返りが強くなる。しかし使わなすぎても蝕みが強まる。さらには化身になるまいとして恐怖に駆られると、魂は余計にすり減り蝕まれるのだ」
「きちんと呪いと向き合うようにするね。落ち着いて、しっかりと」
「賢そうな子で良かった。あなたがベイサリオンのように呪いと和解できることを祈っているよ」
「ありがとう」
カミットは化身たちが何やら短い手指で熱心に弄っている物があることに気がついた。それは祝祭のための犠牲人形であった。酷く不格好で汚れの多い、けれども魂の込められた人形だった。
※
ある晩の食卓で、カミットが祝祭のための犠牲人形製作に取り組んでいることをネビウスに報告したところ、ネビウスは「あらァ、そんなことしているの」とがっかりしたような反応を示した。
カミットは犠牲人形の意義を説明しようと思った。
「信仰心を人形に預けて、火で燃やしてその体を滅ぼすと、魂が煙や灰になって、風の精霊や土の精霊たちに届けられる。そうすることで僕たちと精霊が心でお話しができるんだよ」
「んー、ん?」
ネビウスは首を傾げた。
カミットも同じように首を傾げた。
「違うの?」
ネビウスは慌てて言った。
「えーっと、私にはそういうのは分からないわ。ベイサリオンが言ってたの?」
「うん」
「ベイサリオンが言っているならそういうことよ」
「でも、僕は人形作りは作ってすぐに燃やすならやりたくなかったけど、化身になっちゃった人たちと話したら、やってみてもいいなって思えたんだ」
ネビウスは粥を咀嚼しながら、こくこくと小刻みに頷いた。
「坊やは自分で決めたのね」
「うん。僕は人形をきちんと作るよ」
この食卓にはもう一人いる。
ネビウスはこれまで黙って粥をすすっていたミーナに話しかけた。
「ミーナはどうなのかしら? 最近はベイサリオンのスクールで何を教わったの?」
「え? ……お人形の作り方」
「お人形作りをしてみてどう思った?」
「えっと、べつに、……思ったことってなに?」
「ん? 一生懸命作ってるんでしょ?」
「うん」
「んーっと、呪いの練習をしたでしょ?」
「うん」
「精霊は何て言ってる?」
ミーナは困り顔になって首を傾げた。
ネビウスは奇妙に歪んだ笑顔を見せて、何かを誤魔化すように、うふふと笑った。
「そしたら、まあ、そうね。海の都にも良い呪術師はいるから、続きはそっちで教わりましょ!」
ここでカミットが割り込んだ。
「ネビウスが教えてよ!」
「無理なのよ。私は教えるのが苦手でね」
ネビウスはへらへらと笑った。
カミットは真剣に訴えた。
「ネビウスの話しはいつも分かりやすいよ」
「うーん。そうね。本当のことを言っちゃうと、私はあなたたちに呪いを伝えることができないのよ。精霊と呪いは土地のものだから、私みたいな根無し草がいくら手本を見せたところで、あなたたちを導くことはできないの」
「ネビウスは誰から呪いを教わったの?」
「秘密よ」
「里長?」
「坊やの知らない人よ」
「なんで秘密なの?」
ネビウスはニコニコと笑って、何も答えなかった。




