表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネビウスクロニクル  作者: 石井
荒れ地の都編
20/259

第20話 大地の祝祭(2)「行き先」

 日がかたむき、その日の参拝さんぱいが終了したあと、カミットはベイサリオンにれられて、神殿敷地内の最奥にある隔離区画の集落に出向いた。集落は白塗しろぬりの石壁に囲まれており、その壁には強力な魔除まよけがかけられているのを、カミットは自らの森の呪いを通して感じた。ベイサリオンは何も言わずにカミットをここに連れてきたが、カミットは職人組合(ギルド)の知り合いや傭兵ようへいたちと話す中で、この施設しせつについて知っていた。


化身けしんになっちゃった人たちがいるところだね」

「本来は精霊と呪いについて基礎からしっかりと学んで、それから知るべきことだが、呪い子である以上、これだけはと思うので連れてきた」

「ありがとう」

「ネビウスから何か教わったか?」

「ううん。ネビウスは何も」


 隔離された部屋に入ると、カミットは目を見開いた。

 部屋の床のあちこちに、赤黒い皮膚ひふをした、手足の異様に短いずんぐりとした怪物かいぶつが座っていた。カミットは頭では分かっていた。彼らは元は神官(ドルイド)または呪術師で、呪いの返りを受けて、異形いぎょうの姿になってしまった土の化身けしんである。やがては人の思考まで奪われ本当の怪物かいぶつに成り果てる定めにあり、そうなる前に神官(ドルイド)の手によってその生命を絶たれることがおきてにより決められている。

 腐った果実のようになった落ち窪んだ真っ黒な目は視力がほとんど失われており、彼らは潰れた鼻をひくつかせて周囲の様子を確かめ合った。

 一人の化身けしんがベイサリオンの方に首を向けた。慣れていなければ聞き取りづらい、掠れた声でその化身けしんは喋った。


「今日はお客さんがいらっしゃるようだ。とてもめずらしい臭いがします」

「邪魔をするぞ。実は森の呪い子を連れてきた」

「ああ、ジュカ人だ。思い出しましたよ。ということは、ネビウスの子ですね」


 その化身けしんはカミットの方を向くと、地面にうようにして近づいた。カミットは思わず後ずさったが、すぐに思い直して自ら化身けしんに近づき、ひざを付いて相手と同じ目線になるようにした。


「君は優しい子だ」

「僕が優しい? どうして?」

「ネビウスも私と話すときには、こちらに近づいてきてひざをついてくれるんだ。そんな風にしてくれた子供は君が初めてだけど、やっぱりネビウスの子だね」


 カミットはそれを言われた途端とたん、悲しい喜びと深いあわれみがこみ上げて涙をこぼしそうになった。


「あの、僕は、……そんなこと言われても困るよ」

「私は君に感謝しているんだよ。君のおかげでネビウスがまたこのみやこに来てくれた。あの人は優れた医師でもあるから、彼女の治療を受けたおかげで、私はまだもう少しだけ人間でいられることになった」

「ネビウスは呪いを治してくれないの?」

「呪いを完全にくことは誰にもできない。呪いは私達の魂と結びついているから」

「僕も化身けしんになっちゃうのかな」

「ベイサリオンのようなまれなる例もある」

「あなたはいまいくつなの?」

「四十七歳で最も年寄りだ。ここにいる者どもはだいたい二十歳から四十歳くらいまでの者が多い」

「どんな風に化身けしんになったの?」

「呪いを使う内、魂がゆがんだのだ。しかし体の方はなかなか変わらなかったので、三十歳を過ぎた私は油断していて、自分のさい過信かしんした。私はベイサリオンになれると信じていた。そうして修行にはげんでいたあるとき、魂がついにその歪みに耐えきれなくなると、急に体の方が変わり始めた」

「僕が気をつけるべきことはある?」

「呪いは使い過ぎればかえりが強くなる。しかし使わなすぎてもむしばみが強まる。さらには化身けしんになるまいとして恐怖に駆られると、魂は余計にすり減りむしばまれるのだ」

「きちんと呪いと向き合うようにするね。落ち着いて、しっかりと」

「賢そうな子で良かった。あなたがベイサリオンのように呪いと和解できることをいのっているよ」

「ありがとう」


 カミットは化身けしんたちが何やら短い手指で熱心に弄っている物があることに気がついた。それは祝祭しゅくさいのための犠牲ぎせい人形であった。ひど不格好ぶかっこうよごれの多い、けれども魂の込められた人形だった。





 ある晩の食卓しょくたくで、カミットが祝祭しゅくさいのための犠牲ぎせい人形製作に取り組んでいることをネビウスに報告したところ、ネビウスは「あらァ、そんなことしているの」とがっかりしたような反応を示した。

 カミットは犠牲ぎせい人形の意義を説明しようと思った。


信仰心しんこうしんを人形にあずけて、火で燃やしてその体を滅ぼすと、魂が煙や灰になって、風の精霊(ラッラ)土の精霊(ムーワ)たちに届けられる。そうすることで僕たちと精霊が心でお話しができるんだよ」

「んー、ん?」


 ネビウスは首をかしげた。

 カミットも同じように首をかしげた。


「違うの?」


 ネビウスはあわてて言った。


「えーっと、私にはそういうのは分からないわ。ベイサリオンが言ってたの?」

「うん」

「ベイサリオンが言っているならそういうことよ」

「でも、僕は人形作りは作ってすぐに燃やすならやりたくなかったけど、化身けしんになっちゃった人たちと話したら、やってみてもいいなって思えたんだ」


 ネビウスはかゆ咀嚼そしゃくしながら、こくこくと小刻こきざみみにうなずいた。


「坊やは自分で決めたのね」

「うん。僕は人形をきちんと作るよ」


 この食卓しょくたくにはもう一人いる。

 ネビウスはこれまで黙って粥をすすっていたミーナに話しかけた。


「ミーナはどうなのかしら? 最近はベイサリオンのスクールで何を教わったの?」

「え? ……お人形の作り方」

「お人形作りをしてみてどう思った?」

「えっと、べつに、……思ったことってなに?」

「ん? 一生懸命いっしょうけんめい作ってるんでしょ?」

「うん」

「んーっと、呪いの練習をしたでしょ?」

「うん」

「精霊は何て言ってる?」


 ミーナはこまり顔になって首をかしげた。

 ネビウスは奇妙にゆがんだ笑顔を見せて、何かを誤魔化ごまかすように、うふふと笑った。


「そしたら、まあ、そうね。海の都(ドンド)にも良い呪術師はいるから、続きはそっちで教わりましょ!」


 ここでカミットが割り込んだ。


「ネビウスが教えてよ!」

「無理なのよ。私は教えるのが苦手でね」


 ネビウスはへらへらと笑った。

 カミットは真剣にうったえた。


「ネビウスの話しはいつも分かりやすいよ」

「うーん。そうね。本当のことを言っちゃうと、私はあなたたちに呪いを伝えることができないのよ。精霊と呪いは土地のものだから、私みたいな根無し草がいくら手本を見せたところで、あなたたちをみちびくことはできないの」

「ネビウスは誰から呪いを教わったの?」

「秘密よ」

里長さとおさ?」

「坊やの知らない人よ」

「なんで秘密なの?」


 ネビウスはニコニコと笑って、何も答えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ