↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネビウスクロニクル  作者: 石井
荒れ地の都編
19/267

第19話 大地の祝祭(1)「討論」

 荒れ地の都(ペキ)の大地の神殿は職人組合(ギルド)が管理する宝物庫《ほうもつこ》を併設《へいせつ》しており、この区画は厳重《げんじゅう》な警備で守られている。神殿にはいくつかの礼拝堂《れいはいどう》があるが、そのうちの一つに宝物庫《ほうもつこ》に隣接する天秤《てんびん》の間がある。

 天秤《てんびん》の間の祭壇《さいだん》には巨大な黄金の天秤《てんびん》が置かれている。天秤《てんびん》の片方の皿に職人組合(ギルド)の依頼札を置き、もう片方の札に金貨や銀貨を乗せることで、その札が記録した依頼契約の価値を量《はか》ることができるのだ。天秤《てんびん》は遥《はる》か昔の神代の遺物であり、使用は誰にでも可能だが、調整や修繕《しゅうぜん》ができるのは古《いにしえ》の民《たみ》だけであった。

 この日、ネビウスは職人組合(ギルド)の会長と上級職員立ち会いのもと、天秤《てんびん》の調整をしていた。計測が正しく行われているかどうかを確かめるには、片方の皿に金貨を、もう片方の皿に相当額の銀貨を乗せればすぐに分かるのだが、ネビウスはより精度高く作られた古《いにしえ》の民《たみ》の銀貨と特別な工具を用いることで、僅かな誤差すら残さずに調整をする。この調整が終わったら、あとは布でごしごしと天秤《てんびん》を掃除して終わりである。大小の天秤《てんびん》が多数あるので、ネビウスの調整作業は半日がかりとなった。

 ネビウスが最後に祭壇の大天秤《てんびん》を調整して修繕《しゅうぜん》の終わりを告《つ》げると、見学していた職人組合(ギルド)の職員たちは拍手《はくしゅ》をした。

 その中でも大きな拍手をし続ける森の民《たみ》の男の子がいた。

 カミットである。

 彼はネビウスに駆《か》け寄った。


「ネビウス! すごいね! 天秤《てんびん》はなんでいろんなことの価値が分かるの?」


 はしゃぐカミットとは対称《たいしょう》的に、ネビウスは苦笑した。


「仕組《しく》みは、……よく分からないのよ。あれを作った神代《しんだい》の人たちはほとんどが生きるのを辞《や》めてしまったから」

「呪いって面白いね!」


 カミットが目を輝《かがや》かせて大声で言うと、周囲の雰囲気《ふんいき》がぴりっとした。職人組合《ギルド》の会長がわざとらしく咳払いをし、上級職員たちは気まずそうにちらちらとネビウスを見た。

 ネビウスは誤魔化《ごまか》すために、うふふと笑った。彼女はカミットを抱《だ》き寄《よ》せて言った。


「奇跡の御業《みわざ》は神々からの贈《おく》り物よ。呪いじゃないの」


 カミットは周囲の様子を観察して、このときは「なんで?」とは聞かなかった。



※



 神殿を行き交う長衣《ローブ》姿の神官(ドルイド)たち。秋が深まるとこの人々は押し寄せる参拝《さんぱい》客の相手をしなくてはらない。

 これだけでも十分に忙しいのに、祝祭《しゅくさい》が近くなると、子どもたちまでやってきて、神官(ドルイド)は彼らの神官(ドルイド)体験指導までする。

 その日、カミットは神殿内をぞろぞろと歩く子どもたちの中の一人だった。

 神官(ドルイド)は十歳以下の子どもたちを神殿敷地内の宿舎の一室に通すと、そこで祝祭《しゅくさい》の儀式《ぎしき》で使う犠牲《ぎせい》人形作りを命じた。年長の子供は要領が分かっていて、何を言われるでもなく紐《ひも》で藁《わら》を結《ゆ》って犠牲《ぎせい》人形を作り始めた。年少の子どもたちは彼らに教わりながら人形作りに挑戦した。

 カミットは全くの無知だったので、人形作りは難航《なんこう》した。彼がちらと横目で見ると、ミーナは手際《てぎわ》よく人形作りを進めていた。

 ミーナはベイサリオンのスクールに通ってから、ある程度期間が経っていた。彼女には友達もできていたし、小さな子どもたちはミーナに懐《なつ》いていた。カミットは疎外《そがい》感を感じて最初は一人でがんばっていたが、人形作りに行き詰まると、ミーナにぐしゃぐしゃになった藁《わら》の塊《かたまり》を見せた。


「ミーナ。これはどうしたらいい?」

「えっと、こうして、こうよ」


 ミーナは素早く紐《ひも》を結《むす》んで、藁《わら》人形の頭を作った。

 カミットはできそうになかったので藁《わら》の塊《かまたり》を放り捨てた。


「こんな人形作っても、どうせ燃やすんだから意味ないや」

「そんなこと言わないで、がんばろうよ」


 ミーナは再度同じ作業をゆっくりとやってみせたが、カミットにはそれもさっぱりだった。


「決まり通りに作らないといけないのがおかしいんだ。こんな人形はてきとうに紐《ひも》で縛《しば》って作れば良いんだよ」

「それは掟《おきて》だから……」

「ベイサリオンに文句《もんく》を言ってくる」


 カミットは立ち上がった。カミットはこの部屋にいたくなかった。他の子供達の視線はどうにも冷《つめ》たく感じたし、人形も上手く作れないようでは落ちこぼれのように思われて、居心地《いごこち》が悪かった。


「でもお母さんが」

「お母さん?」


 カミットは首を傾《かし》げて聞き返した。ミーナは怯《おび》えた様子で言った。


「あの、その、……ネビウスになんて言ったら」

「ああ、ネビウスね。大丈夫だよ。ネビウスは怒《おこ》らないから」


 カミットは勝手に部屋を出て、神殿内の中庭を横切り、ベイサリオンがいる礼拝堂《れいはいどう》に出向《でむ》いた。

 ベイサリオンは祭壇《さいだん》の近くで参拝《さんぱい》客に囲《かこ》まれて、彼らに教えを垂《た》れていた。彼は子供のように小柄《こがら》だったが、人々は彼を崇《あが》め、姿勢を低くして敬《うやま》った。

 カミットは以前と同じく、全ての大地はベイサリオンの肉体と同一であるように感じた。そうであれば、荒れ地の都(ペキ)の人々はベイサリオンの膝や足の甲の上に立っているようようなもので、だから彼らはこんなにもベイサリオンを恐《おそ》れ、敬《うやま》うのだろうかと想像した。

 カミットはしばらく待っていたが、客が途切《とぎ》れる気配がなかったので、思い切って順番待ちの列に混《ま》ざってみた。

 やがてカミットがベイサリオンの前に立つと、ベイサリオンは少しだけ驚《おどろ》いた様子を見せるも、他の参拝《さんぱい》客にするのと変わりない落ち着いた様子でカミットに声をかけた。


「少年よ、大地の化身(アウクシャ)に祈《いの》りを捧《ささ》げるか」

「違うよ」


 カミットは首を横に振った。


「僕はベイサリオンに質問に来たんだ」


 ベイサリオンを尊敬する一般の人々にとっては、無礼《ぶれい》なジュカ人の男の子は不快でしかなかった。「土枯《つちか》らし」「人食い」などの言葉が投げつけられたが、ベイサリオンは彼らを一睨《ひとにら》みで黙《だま》らせた。彼は威厳ある様子でカミットに語りかけた。


「思うところを言ってみよ」

「なんで人形を作るの」

「大地の化身(アウクシャ)に祈りを捧《ささ》げるための儀式《ぎしき》に必要なのだ」

「なんで燃やすの? 作ったそばから燃やすなら、どうして作るの?」


 ベイサリオンは顎髭《あごひげ》を撫《な》でて「ふーむ」と唸《うな》り、「座りなさい」と言って、立ったままでいたカミットを床《ゆか》に座《すわ》らせた。


「君のようなのには具体的《ぐたいてき》な話が良かろうな。先ず、藁《わら》が大事だ。きちんとした土で育てた大地の霊《れい》に満ちた藁《わら》だ。そして次に人形を作る作法、古くから伝わる作法を用いることで我々の信仰心、これも霊《れい》の一つと言っても良い、これが藁《わら》の霊《れい》と混ざり合って満ちる、その物体的な結果が人形なのだ」

「なんで古くから伝わる方法だと信仰心《しんこうしん》が霊《れい》と混《ま》ざるの?」

「古来《こらい》からその儀式《ぎしき》を精霊たちが見てきたが故に、精霊の生死の環《わ》が私達の儀式《ぎしき》を内包《ないほう》しているのだ。人形行列の行進《こうしん》は市民の信仰《しんこう》をより広く集めるために必要で、人形を燃やす儀式《ぎしき》は魂の昇華《しょうか》と大地への還元《かんげん》となる。これら一連の儀式《ぎしき》は精霊の誕生と死に対して人が関与しなくてはならない必要な過程だ。とどのつまり、全ては精霊の御業《みわざ》だが、古き呪いの伝統が今の我々に恵みをもたらしている」

「うーん。まあ、いっか」

「おや。なんで、と聞かないのか。疑問の余地は残っているぞ?」


 ベイサリオンはカミットが理解しきれていないことを見抜いており、誤魔化《ごまか》しを許さない様子だった。

 カミットは落ち着いて少し考えてから言った。


「人形はちゃんと作れば良いんでしょ?」

「分かったことはそれだけか?」


 カミットはベイサリオンの挑発を受けて、堂々と立って真《ま》っ向《こう》から睨《にら》んだ。言い合いならば負けたくなかった。たとえ相手が偉大な大神官(ドルイド)であろうとも。


「ネビウスはそういう意地悪《いじわる》をしない。ネビウスはもっと分かりやすく教えてくれるし、分からないことは言ってこない! 僕が分からないのは、ベイサリオンの説明が下手《へた》だからだ!」


 カミットはとてつもない大声を出したし、その発言内容があまりに過激《かげき》だった。人が溢《あふ》れ、ざわめいていた神殿内が静まり返った。ベイサリオンを尊敬する一般の人々、また本殿内で参拝《さんぱい》客に信仰《しんこう》を説《と》いていた他の神官(ドルイド)などもにわかに気色《けしき》ばんで、ベイサリオンとカミットのやりとりを注視した。

 ベイサリオンは腕組みをして呆《あき》れた様子でため息をついた。彼は心配して寄ってきた他の神官(ドルイド)を手で払う仕草《しぐさ》をして追い返した。そして少し考えてから、カミットを横に座《すわ》らせた。


「分からぬなら、分かろうとしなさい。人形のことはもうよい。せめて賢き母の与えてくれた機会を無駄にしないよう、私の側で見ていなさい」


 カミットは拗《す》ねていたが、その後はベイサリオンと参拝《さんぱい》客のやりとりを黙って観察した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。