第10話 呪いの森(3)「害獣駆除」
草花の豊かなベイサリオン邸の庭で、彼を囲む子どもたち。老人から子どもに知恵が伝授される、この美しい空間に若者が駆け込んできて叫んだ。
「例の森で化け蜘蛛が巣作りを始めた!」
ベイサリオンはゆっくりと立ち上がった。彼は子どもたちを家に帰らせ、ネビウスを呼び出した。カミットが廃墟の村の上に生み出してしまい、ネビウスがそのまま放り出してきた森に、おそろしい化け蜘蛛が現れたのであった。
職人組合には怪物退治の依頼が殺到した。荒れ地の向こうの近郊の森は都の人々にとって貴重な財源となっていた。その間を封鎖するようにして現れてしまった呪いの森は都の経済に打撃を与えかねない状況となっていた。しかもカミットが去った後も、森は拡大を続けており、続々と怪物が集まってきてしまっているという。
「私は忠告したからね!」
言い訳がましく言って逃げようとしたネビウスをベイサリオンは許さなかった。彼は怪物討伐隊の一員として、ネビウスを組み込み、さもなくば呪いの森が現れた理由を公表すると脅したのである。
そうして職人組合の酒場では、兜や胸や手足の防具を身に着けた屈強な傭兵に混じって、軽装姿で細身の剣と簡素な弓矢を持ったネビウスも作戦会議に参加することになった。
このとき、ネビウスはカミットも連れてきていた。二人はカウンター席で果実のジュースを飲みながら、男たちの話し合いを聞いた。
傭兵たちはネビウスのことを無視して話を進めていた。田舎の職人組合に集まる駆け出しの戦士のキャリアが十年を超えることは稀だった。彼らはネビウスが以前に荒れ地の都訪れたことを知らず、見かけならば若い娘でしかない彼女を戦力の頭数に数えていなかった。
一方、職人組合の側はネビウスがいかなる人物かをよく知っており、彼女が何を言わずとも、あれこれ食事が出てきたり、責任者の男が挨拶をしに来たりと、忙しなかった。傭兵たちと同じことだが、若手職員はネビウスのような小娘を相手に、ベテランたちが慌てふためいてるのを見て首を傾げていた。
カミットはカウンター席で足をぶらぶらさせながら、ネビウスに言った。
「わくわくするね!」
「うーん。坊やはそうなのね」
「ネビウスは楽しくない?」
「そりゃあ、喧嘩は嫌いだもの」
「喧嘩? 怪物退治だよ?」
「私にとっちゃあ同じことなのよ」
話し合いが終わり、最後に男たちが盃を高く掲げたとき、カミットもジュースのカップを持って、彼らの中に混ざって、男たちと一緒になって、「うぉお!」と雄叫びをあげた。
※
森は繁茂する木々によって光の通りが悪くなり、暗くて、じめじめとしていた。
そこに元々暮らす者たちでなければ、最初から歓迎されることもないその場所に、十数人の男とネビウスとカミットからなる討伐隊が入っていった。
森は奇妙にいくつかの区画に隔てられて、それらの間を細い道が繋いで、人が入っていきやすいようになっていた。もちろん道を選ばず進むこともできるが、そちらは密生する植物によって阻まれることになるので、常に剣を振って進まねばならなかった。
こうなると経験の浅い傭兵でも異変に気づく。彼らは言った。
「こいつは、人食いの森だ。人間が入っていきやすいように道を作って、その先で怪物が出てくるんだ」
男たちは猛々《たけだけ》しい見た目の雰囲気に反して慎重だった。彼らはよく話し合っていたし、リーダーを事前に決めてきており、その人物がそれぞれの意見を聞いた上で最終決定をくだしていた。
ネビウスは彼らの様子を見て、「へえ!」と感心して呟いた。その横でカミットが小声でネビウスに聞いた。
「人食いの森は僕のせい?」
「違うわ。森の呪いは坊やの中にいる。森を迷宮にしているのは化け蜘蛛の仕業よ。蜘蛛は賢いの」
「僕たちが先に行って倒しちゃおうよ」
「うふふ。どうしようかしら」
ネビウスはへらへらと笑った。
「私は連中を先に行かせて、様子を見ながら戦うわ」
カミットは急に黙って、ネビウスを睨んだ。
「そんなことはしたくない!」
あまりの大声で、話し込んでいた傭兵たちが驚いて、彼らは反射的に剣や槍を構えた。
ネビウスは彼らに微笑みかけて誤魔化し、「親子の話よ。気にしないで」と言った。
以後、カミットは傭兵たちに混じって歩き、ネビウスと少し離れて行動するようになった。
森の奥地へ進むまでの間に、大小様々な獣や虫が討伐隊に襲いかかった。いずれも人と同じかそれ以上の巨体の怪物ばかりで、少しでも気を抜けば犠牲が出ておかしくなかったが、討伐隊の傭兵たちはよく連携して勝ち抜いた。カミットも弓の腕前を存分に活かして、獣を射た。仲間たちに体格で及ばずとも、矢ならば当たれば良い。カミットは討伐隊の成果に貢献し、彼らから褒められるようになった。そうして夢中になって、戦っていると、あるとき気づいた。
「ネビウス?」
辺りを見回すも、木々が茂って薄暗いばかりで、ネビウスの姿がどこにもない。カミットは顔を真っ青にして、来た道を戻ろうとした。そんな彼を面倒見の良い傭兵が引き止めて注意した。
「俺たちから離れるな。お前の相方はなんだって言ってた?」
「後ろから着いてくるって」
「じゃあ、どこかにいるんだろ」
「でも」
「あの女だろ。弱いのか?」
「ううん。強い」
「じゃあ、信じろ」
カミットは不安を抱えつつも、前を向くことにした。
※
森の迷宮は袋小路に向かって進むように仕組まれていた。効率ならばなかなか良いが、腹を空かせた怪物は待ちきれない。化け蜘蛛は侵入者がある程度まで迷宮に入り込んだら、背後から襲うことがある。
カミットと討伐隊が先行する一方、ネビウスは彼らから少し遅れてのんびり歩いていた。
鼻歌を歌って歩くネビウスに不気味な気配が忍び寄った。木々の上を渡り、八つの足を持つその影は上空からネビウスに飛びかかった。
直前でネビウスは駆け出した。
巨体の化け蜘蛛が飛び込んできた衝撃で、葉や花びらが舞い上がった。一瞬でも反応が遅れていれば、ネビウスはその巨体に潰されていたかもしれなかった。
巨大な目がネビウスを捉え、無数の牙が生えた口から糸が吐かれた。
ネビウスはくるりくるりと体を器用に回転させたり、飛んだり、しゃがんだりして、怪物の攻撃を避けた。
ネビウスはこの世でも屈指の狩人とされる化け蜘蛛の襲撃をいとも簡単に切り抜けたのであった。
化け蜘蛛の方は一度目の攻撃が失敗すると、ネビウスをよく観察し出した。化け蜘蛛はじりじりと距離を詰めた。
ネビウスは落ち着いてゆったりと立ち、すっと背を伸ばして、青く煌めく剣を抜いた。
ネビウスは化け蜘蛛に真っ向から突撃した。素早く走り、撒き散らされる糸を体を捻って躱し、そのまま化け蜘蛛の腹の下に滑り込んだ。その勢いで化け蜘蛛の足を剣で斬った。
戦いが続くと、一進一退の攻防と見えて、ネビウスの方は常に無傷であったし、激しい運動の連続にもかかわらずまったく息が上がっていなかった。
化け蜘蛛は三つの足を切り落とされる段になって、よろつきながら撤退した。
ネビウスはこれで、カミットたちを守ったつもりになってしまい、一息つこうと思って、おやつの時間を始めてしまった。




