↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネビウスクロニクル  作者: 石井
荒れ地の都編
9/267

第9話 呪いの森(2)「守り子」

 カミットはランプがチラチラと光る方向に向かって、都市の中を歩いていった。進むにつれて、立派な門構えをした邸宅が並ぶ高級住宅街となっていった。ミーナは不安そうにしていたが、カミットはどんどん進んだ。

 やがてランプの光がある程度明確なほど現れるようになったので、カミットは近隣《きんりん》で最も大きな邸宅《ていたく》の庭に精霊の気配を確信し、塀《へい》によじ登って、中の様子を確認した。ミーナが下でもじもじしているので、カミットは蔦《つた》を下ろしてやって、彼女も上《のぼ》らせた。

 邸宅《ていたく》の庭で、老人が子どもたちを集めて講義をしていた。老人は手のひらに大きな蚯蚓《みみず》を纏《まと》わせていた。

 カミットは肩を落として、ミーナに言った。


「あの大人の土の精霊(ムーワ)が反応しただけだった」

「そうみたい。でも、みんなで集まって何をしているのかしら」

「知らない人の家に入るなって言われているけど」


 このとき、都《みやこ》に来て以来おとなしくしていた森の呪いが暴発した。呪いは蔦《つた》や根を生み出して、邸宅《ていたく》の庭を駆《か》けていき、老人と子どもたちに襲《おそ》いかかった。


「だめだ!」とカミットは叫《さけ》んだ。


 寸でのところで、呪いは止まり、蔦《つた》と根の動きは止まった。

 子どもたちは悲鳴を上げたが、これを消し去る勢いで、老人が叫んだ。


「恐れるな!」


 あまりの大声にカミットは驚いて、塀《へい》から落ちそうになった。なんとか踏ん張っていると、老人が近づいてきた。この老人の迫力は凄まじく、森の呪いは気圧《けお》されて消えてしまった。

 近くで見ると、その老人は子どものように小柄《こがら》で、肌は青白かった。

 しかし彼の精神と肉体は弱々しさとは対極にあるように思われた。老齢《ろうれい》ながら筋肉は鍛え抜かれていて、立ち姿は歴戦の戦士のようであり、さらには彼が立つ大地の全てが彼の肉体と同一視される印象を与えた。

 カミットは多くの巨獣《きょじゅう》を見知っているが、それらのどんな生き物よりも大きな存在を目の前の老人に感じた。

 その老人は鋭《するど》く険《けわ》しい目でカミットを睨《にら》んだ。


「ジュカ人とは珍しい。君は森の精霊に憑《つ》かれているな」

「森の呪いだよ。土の精霊(ムーワ)を見てびっくりしたんだ」

「よい。それほど悪くはないぞ。事実、君は精霊を止めることに成功している」

「呪いだよ」

「ふむ。ここへ来たのは、私の弟子になろうと言うのかな?」

「違うよ。僕は土の精霊(ムーワ)を捕まえてきて、職人組合《ギルド》に渡すんだ。ランプが間違った精霊を探し当てちゃって、ここに来ちゃった」

「嘆《なげ》かわしいな。いまどきの若い連中はそればっかりだ」

「んん?」

「精霊の真髄《しんずい》に至ろうとする気持ちがなくて、一言目には、出世。二言目には金、金、金! 精霊を学ぶことは肩書のためか、そうでなければ金儲《かねもう》けの手段としか思っておらん!」


 老人が怒りの演説を始めると、地鳴《じな》りが起こり始めた。カミットの直感は間違っていなかったのだ。この老人は土の呪いによって大地を支配していた。

 カミットは慌《あわ》てて塀《へい》から下りて、その場から逃げてしまった。

 ネビウスの家に帰ってから、食卓《しょくたく》でこの恐ろしい老人の話をすると、ネビウスは大笑いした。


「そいつは大地の守り子、ベイサリオンだよ。変な男だったでしょ」

「また知らないことを言うね」


 カミットが拗《す》ねると、ミーナが説明した。


「守り子は大精霊の呪いと和解した、すごい神官《ドルイド》よ」

「和解って?」

「えっと」


 ミーナが言葉に詰まると、ネビウスが言った。


「呪いに打ち勝ったってこと」

「じゃあ僕も森の呪いをやっつけて、守り子になろう!」

「そういうことなんだけど、全く違うのよ」


 ネビウスはくすりと笑った。

 翌日、そのベイサリオンが一人でネビウス宅を訪問してきた。

 玄関《げんかん》先で出迎えたネビウスがベイサリオンを見て発した一言は、


「あれェ、お爺ちゃんになってる!?」だった。



※



 ベイサリオンは居間《いま》のテーブルの椅子《いす》にどっかりと座り、ミーナから茶を受け取って、しかめ面でずずずと飲んだ。彼はゆっくりと喋《しゃべ》った。


「先ず、言っておかねばならないのは、私も今や六十八歳だから、たしかにすっかり老人ではあるが、守り子としての責務《せきむ》は瑕疵《かし》なくこなしているのだし、あまり敬《うやま》われない呼ばれ方をされることには慣れていないので、少々腹が立った」

「気の毒ね。あのあんたも歳には勝てないのね」

「君は話を聞かないな」

「あんたに言われたくないけどね」


 ベイサリオンはカミットが残した呪いの痕跡《こんせき》を土の呪術で追って、ネビウスの家を突き止めたのである。ネビウスとベイサリオンは顔見知りだったのだ。

 ベイサリオンは単刀直入《たんとうちょくにゅう》に言った。


「都市に呪いを持ち込むのは構わないが、責任を持って導《みちび》くべきだぞ。言うまでもないが、精霊探しを勝手にやらせるなど以《もっ》ての外《ほか》」

「私には私のやり方があるわ。あんたこそ、偉《えら》そうに言っているけれど、観測所を捨《す》てて、どういうつもり? 責任とやらが聞いて呆《あき》れるわ!」

「実は月追い(ルナシーカー)が活発になっていて、島全体で戦士や呪術師の人手が足《た》りていないのだ。戦士たちは求められる土地を目指して、荒れ地の都(ペキ)を離れてしまった」

「すぐに境界線を建て直しなさい。そうしないと、山から獣が降《お》りてくるよ。地下の虫たちもね!」

「重要なことから優先して取り組んでいる。休む間もなく、できることを全てな」

「私に口出しされるのは不満みたいね」

「こういう話は厄介《やっかい》だ。たしかなのは、誰もが誇《ほこ》りを持って、仕事に取り組んでいるということだけだ」

「こっちは十年引きこもっていたのだもの。注文をつけるのはほどほどにしておくわ」

「お互い尊重《そんちょう》し合おう。今日取りまとめねばならないのは、カミットの処遇《しょぐう》だ」

「ミーナもね」

「良かろう」

「あら、あんた、面倒《めんどう》みたさそうな顔をしているじゃない?」

「頼《たの》まれるなら」

「やりたいっていうなら、私も断らないよ?」

「相変わらず、責任逃れをする女だ」


 二人は睨み合った。茶を飲んでいてはどうにもならないので、ベイサリオンが持参した酒で乾杯《かんぱい》して、二人は今後のことを腹《はら》を割《わ》って話し合った。



※



 ベイサリオンの門下生《もんかせい》にカミットとミーナが加わったのだが、その一方でネビウスはカミットに命じていた。


「職人組合《ギルド》の仕事を月に一回はやるんだよ」


 ベイサリオンの講義でカミットが覚えたのはもっぱら精霊の分布《ぶんぷ》についてだった。とりわけ熱く語られた呪術師としての心構えについては、カミットは聞き流すばかりで自分の行動を変えようとは思わなかった。

 カミットはベイサリオンの講義がない日には、ミーナと二人で都《やみこ》の外の荒れ地に出向き、地中に潜む土の精霊(ムーワ)探しに勤しんだ。凹凸《おうとつ》の激しい荒れ地で、スコップとツルハシで土の精霊(ムーワ)を掘り当てるのである。カミットは躍起《やっき》になるも、気づけば収穫がないまま、目標の一ヶ月が過ぎつつあった。

 日も傾《かたむ》いてきて、カミットが焦っていると、ミーナが声を上げた。


「カミット! あれ!」


 宙に浮かんで光る、半透明の体を持つトンボが目に入った。


「風の精霊(ラッラ)よ」


 カミットは大慌《おおあわ》てでランプを翳《かざ》し、風の精霊をランプで吸い込んで捕《つか》まえた。


「やったね!」


 ミーナが強張《こわば》った笑顔で言った。

 カミットはランプをじっと見つめて、これを開《あ》け放ち、風の精霊(ラッラ)を逃してしまった。

 ミーナはショックを受けていた。


「どうして?」

「精霊は人の命令を聞いたあとだとどこかに消えて無くなってしまうから、ミーナの命令で呼び出された精霊じゃだめだ。だからベイサリオンのところから盗《ぬす》んできてもダメなんだ」

「そうだったの、……ごめんなさい」


 ミーナは目を伏せて、小さな声でいった。

 カミットも少し傷ついていた。たぶん必死になりすぎて、哀れに見えたのだろうと思われて、辛《つら》かった。

 一方、ネビウスはカミットが期待に応えなかったことについて、「最初のうちは、そういうこともあるわ」と言っただけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。