1-31.勇者たちの反省会
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁッ!、なんなんだよ!!あのダンジョンどうなってんだッ!!簡単なんじゃなかったのか!!」
夜も帳が降りて酒場にいる人間も疎らになっている頃合いだ。
こんな時間に叫ぶのは酔っぱらいと相場が決まっているがこの四人に関しては普段そういった客ではないはずだが今日に限って、それも先ほどダンジョンから帰ってきてから飲んだ辺りからずっとこの調子だ。
特に叫んで周りの迷惑など気にしないといった雰囲気を醸し出しているのはこの場でも異様なほどに重厚な鎧を着込んだ男、見た目の通りパーティで一番前に立ち、敵から後衛を守るタンクとして役割を担っているガルゴという。
「そう叫ぶな。俺たちがわざわざ呼ばれたって事は難易度が上がったせいもあるんだろうさ。」
エーテルと呼ばれるビールに似た酒をちまちまと飲みながら、横で叫ぶだけでは飽きたらず今にも暴れそうな男を窘めるのは白髪で頬の痩けた男、ヤサハサ。
この中でも見るからに戦闘向きではない、筋肉もさほど着いているようにも見えない一般人とさほど変わらないやせぎすのこの男の一言でまるで親にでも叱られたかのように身を竦め椅子に座り直した。
「だからってなぁ…、おい、ルシア!お前もなんか言えよ!」
言われたことで一度周りを見渡すと周囲はやはり五月蝿くしているこちらを横目で見ているがわかる。
それに気付けば罰の悪そうな顔をしながらガルゴは誤魔化すように度数の高い酒を一気に煽っていく。
さすがにこれ以上叫ぶわけにもいかなくなったが、それでも収まらない行き場のない怒りから今度は仲間に絡み始める。
特に気弱そうな仲間に絡むというのは悪く酔っているというのもあり無意識的なものだろうがそれも幾度となく顔を合わせているこのメンバーでは日常的なもので、一人隅っこで我関セズと運ばれてきている料理をもぐもぐとしているフードの男はこちらに振るなという雰囲気を醸しつつも一旦手を置いて顔をあげた。
短弓を背負い、多少その成りからは気弱そうに見えなくもないが銀髪で顔もこの中では整っている、歳も彼らよりかは幾分か若く見えるルシアは実際に勇者と言われる中でも新参でまだ異名も与えられていない。
だが相手が先輩とはいえ顔色を伺うようなことをするつもりはなく、淡々と彼は業務的に答えた。
「特になにも。めんどくさくはあるが初見殺しもなし即死トラップもない、最初から嘗めたことせずに行けば途中で帰還することはなかっただろ。」
軽く思案してみても先ほど引っ掛かったばかりの罠を思い出すがある程度の装備を整えていればどうってことないものだ。
見積もりが甘かった、これまでの魔王という存在はそこまで強くもなかったからか、魔王が直々に活動しているというダンジョンを軽視しすぎた。
ルシアは今回の探索をそう結論付けている。
依頼主はよくある近くの街の領主。
わざわざ勇者を多数呼んでいることを考えるとこのダンジョンを確実に落としたいというのが窺えるが、規模や年代を考慮してもこの数は多すぎるし必要ないというのが俺たちの共通認識だった。
特にこの依頼は対応が破格で攻略完了か一月後の契約期間までは宿やギルドでの食事が無料で利用できるためギリギリまで使う予定にしているから余計である。
だが先ほど無様に撤退してしまった事からガルゴはそのプライドに火をつけてしまった。
その点については特に問題はない。やる気になってくれたなら万々歳だ。
盾役を担う彼にはもっとやる気になってもらった方がこちらとしてもやり易い。
しかし、この町でギルドが持っていた情報と比べ罠の使い方があからさまに変わっていること、これから先の階層がまだ少なくないことを考慮して、観光気分は止めてここからは万全の体勢で望んだ方が良いという方針にした。
「サクラのヤツがいればもっと楽に攻略出来たのは確かだがな。このタイミングでどこに行ってるんだか。」
「確かに惜しいですが、彼女は現在行方不明。……それに私たちだけでも攻略は出来ると信頼されているからこその集められたと思いますが。」
一人、酒を飲むこともなく粛々と出された料理に手をつけていた手が止まりようやく言葉を発した。
ガルゴの武骨な大鎧とは対比するように動きの阻害が無い程度に着込まれ装飾のされた鎧はどこかの騎士のような出で立ちをしている、彼はシュルツという。
青年から中年のちょうど間ぐらいの歳柄の優男でガルゴのように筋骨粒々でもヤサハサのようにやせぎすでもないどこにでもいそうでありなんの変哲もないこの男は普通すぎて気配が薄く感じる所がある。
この中ではヒーラーとしての役割を担っており、武器も魔法補助の着いたメイスである。
本来ならば現地で過去にダンジョンを踏破したことある冒険者から協力をもらうはずだったのだが、いざ来てみれば本人は遠征に出掛けており、さらに提示連絡も途絶えているらしく音信不通となっていた。
ギルドからは冒険者がいなくなることなどよくある話でもあると平謝りされたが攻略が今以上に滞ってしまうのが余計に彼を苛立たせているのかもしれない。
「おいおいおいおい、今回はコアの破壊だぜ?万全の状態で行きたいだろうが。」
領主直々とはいえ依頼内容は普通、冒険者だろうと勇者だろうと受けるべきではないものだ。
だが、出された報酬は支度金としての前金も報酬も破格。
そして、俺たちは報酬さえもらえればなんでもヤる。
普段は群れることのない勇者と呼ばれるヤツだがこのパーティで組んだのは一度や二度ではない。
それも決まってヤバイ案件だ。
またガルゴが声を荒げてきている、これ以上周りのヤツらから目をつけられるのは勇者とは言え面倒になってくる
しょうがない話ではあるがここは一つ発破を掛けてやるのも含めて温めてきた情報を出して良いだろう。
「まぁまぁ落ち着け、そんなお前がやる気の出るようこのダンジョンのボスの情報を見つけておいた、コイツを見ろ。」
取り出したるは先ほどダンジョンのモンスターから奪ったボスと魔王らしき情報である。
特殊な魔道具でその情報を宙に映してやると全員が全員、違う反応を示した。
それもそのはずだ、今映されているボスは二体おり、そのどちらも女型のモンスターだからだ。
それにしても中々どうして魔王様の趣味なのか上玉揃いである。
一匹は高位の夢魔型のモンスター、気の強そうな外見は男として屈服させたくなるか、させられたくなる妖艶な雰囲気がある。
個体差の大きい夢魔型でここまでの上物は未だに見たことがない。
もう一匹は種族不明ではあるが凹凸は良いとは言い難いが引き締まったスレンダーな身体に無機質な眼、にっちなヤツには需要の高そうなヤツだ。
まぁ、低い階層のモンスターじゃ容姿だけでさすがに能力的な情報はないが特にガルゴなんかはこれだけで充分やる気を出してくれるだろう。
「ほーぅ、こいつは中々…。確か条件にはボスを生きて捕らえればなにをしても良いんだったよな?」
「その通りだ。どうだ、やる気になって来ただろう?」
「もちろん。さすがヤサハサさんはわかってるねぇ。」
「そりゃぁ俺もそのために頑張ってるからな。」
「「ガハハハハハハッ、」」
ガルゴとは趣味も合い、話が弾む。
こんな情報がある以上どちらも考えていることは同じだ。
「はぁ…、勇者のくせに下衆なヤツら。」
「これでも実力はありますからねぇ。天は二物を与えないと言うことですよ。」
逆に残りの二人は今ある情報だけでどういったモンスターなのか、なにが攻撃手段でなにが弱点になりそうなのか考えている様子だ。
だがあからさまな欲望を剥き出しにするこの二人にはさすがに溜め息しか出ず呆れるばかりである。
「…あのお偉いさん、ワザとこの人選にしたよな。」
「ほぅ…、それはなぜ?」
先ほどからNGコードばかりで話しているおっさんたちを他所に少し話を戻す。
依頼してきた領主の息子から彼らと似た雰囲気を感じたから少し蒸し返したくなった。
「"白の死神"や"大喰らい"はまだしも、"聖女"様や"黒昼夢"なんかは嫌がる案件だしね、サクラをワザと除け者扱いしてるのがいい証拠さ。」
勇者にも色々おり、自分達のようになんでもするようなヤツらがいればそれに特化したヤツらもいる。
挙げた白の死神や大喰らいは特にダンジョンを単独で踏破しボスを撃破しても余りある程に強く、パーティを組んでいる自分たちすら上回る程だ。
ただしどちらも扱いづらいというイメージがあるためあまり依頼される話は聞かない。
サクラに関しても冒険者でありながら実力のみなら勇者と渡り合える力を持つことから俺たちの間でも名前は知られている。
「この状況、確かに彼女がいれば敵に回りかねませんからね。」
「そういうこと。ガルゴはあぁ言ってるけど僕としてはいなくて安心したよ。」
シュルツも同意件のようで安心した。
俺たちが集まったときだいたいの行動方針はヤサハサが決めるがその間の相談や最終的な決定はシュルツが取り仕切っている。
俺たちも彼の人柄があってこそ纏まっているところすらあると言っていい程に信用している。
「契約に縛られていない勇者はこれだからめんどくさいよな。」
「なんだ、聞いてたの。」
「この街の話なら全部聞こえてるぜ。俺に隠し事なんて無駄だ。」
比喩じゃなく本当なんだろう、ヤサハサは異名として゛地獄耳゛と言われている。
おおよそ戦闘には向かない身体に勇者らしからぬ高潔な精神も持ち合わせていないのに大手を振って勇者と名乗れるのは彼の特異な能力のためだ、実際に情報収集や探し物などの効率で右に出るものはいない。
こんなネットも電話もない場所だ、彼の存在価値というものは計り知れないものがある。
こうやってフリーで依頼を受け街を転々としていい人間でないはずなのだが。
「別に隠してはいませんけどね。」
「どうした、今日抱く女の話なら俺も混ぜろ。」
「そんな話してるわけ無いだろ、性欲達磨が。」
三人で話しているとすっかり顔を真っ赤にし出来上がったガルゴが話に混ざってくる。
先ほど得た情報のせいかさっきまでの不機嫌さも何処へやら、すっかり上機嫌だ。
「なんだ、ちげぇのか。んじゃあ俺は女でも買ってくるから後はお前らに任せた。」
出来上がったついでにこいつは脳が股間に直結してるせいかある程度飲むと決まってそのままのテンションで女を買いに行く。
今もそうなんだろう、これからの話をしているというのにも関わらず唐突に興味を無くしたように立ち上がり店を出ていってしまった。
「マジでなんであんなのが勇者してんだ、この世界は。」
「そりゃあ女神様のお導きだろうよ。」
「もうちょっと人選気をつけろって講義しに行きたいね。」
いつもの事とはいえ多少機嫌が悪くなってしまう。
だがどうせ明日には忘れる程度の事だ。
「こんだけ力を手に入れて女の一つも買わないお前らの方が俺はどうかと思うがな。女モンスターなんかいくらヤろうが壊そうが罪に問われる事もないんだぜ?」
ヤサハサの言うこともわかる。
現代では持っていなかった力や地位、根暗で引きこもりだった俺に渡された能力をもて余していると言いたいんだろう。
「むしろあんなことして喜ぶ性癖には僕はなりたくないね。」
やはりよくパーティを組むとは言え根本的には合わない。
「だからお前は童貞なんだよ、ルシアぁ…。」
こいつもこいつで酔うとめんどくさいタイプだ。
普段しないくせにこうなると無駄に絡んでくる。
「酒くさぇ、とっとといっちまえよ。」
ホントに臭い、無遠慮に肩に回した手を払ってわざとらしく席を移動してあっちに行けとジェスチャーをしとく。
「つれねぇな。ガルゴもいねえし勘定払っとくから後は明日な。」
なぜ惜しそうな顔をする。
それはそれとして酒も進みガルゴもいなくなってしまった以上、話し合うこともないだろうとヤサハサが店員を呼び会計を済ませる。
これ以上頼まずあとは残ってるものを食べる程度だが。
「彼も女性に対する悪癖さえなければ悪い人ではないのですがね。」
「それは良く見すぎだよ。それじゃあ俺も部屋に戻る。」
「それはそうかも知れませんね。えぇ、おやすみなさい。」
残っているのは酒のツマミになるような物ばかりだ。
まだ酒を飲み続けているヤサハサを横に二三、シュルツと言葉を交わすと先に席を立った。
「…、ヤサハサ、貴方の手に入れた情報は確かな物ですか?」
残っている二人が特に話すようなこともなく、静かに粛々と食事を進めていたシュルツは箸を置くことも視線を送ることもなく独り言のように呟いた。
「もちろん。ダンジョン内のモンスターからぶっこ抜いた最新物だぜ。」
「でしたら今回は楽しめそうで何よりです。」
「神官ともあろうお方が悪い顔してるぜ?っと、今は司祭様だったか?」
一方のヤサハサもシュルツとは目も合わせずニヤニヤとバカにするように笑い酒を煽る。
「どちらでもありませんよ。私はただ彼女を信奉する一人の徒です。」
「そうでしたそうでした。んで、お前の目測だとどれくらいで着く?」
「だいたい二週間前後でしょう。彼の指定していた期日より多少早い程度です。」
「それまでお預けって事だ。」
「全く貴方は…。」
「何言ってんだ、アンタもこっち側だろう?"法螺吹き"さんよ」
「えぇ、もちろん。楽しみにしております。」
どちらも視線も合わせずまるで、いないものとして互いを扱っているというのに二人は先程までの雰囲気から一変して静かに可笑しそうに笑い会う。
残りの二人が見ればそれは異様な光景に映るのかもしれないが生憎とそのどちらもが今この場にはいない。
「ヒドイヤツだよ、まったく。」
それは誰に対して言っているのだろうか。
視線を一瞬だけ先ほど部屋へと帰っていった者のいた場所へとやる。
「貴方達のように下品な言葉は吐けませんので。」
「そういう事にしといてやるよ。んじゃ酒も良い感じだし俺も寝るわ。」
最後の器から酒もなくなった。
立ち上がりそちらを見もしないヤサハサはヒラヒラと軽く手を振りながら部屋へと戻った。
「はい、おやすみなさい。良い眠りを。」
印象も薄く街の何処にでもいそうな男は朗らかに、誰に話し掛けているのかもわからない言葉を吐き、しばらくその場に一人残った。




