1-24.リトライ回数は?
結局、あの後ほぼほぼリセットされた状態まで戻ったダンジョンをもう一周することになり、ようやく出口へと辿り着いた。
これで周回の度にトラップなんかがランダムに設定されていたらと思うと死にたくなるが想像していたよりもマシでまだ良かった。
強いて言うなら単純にダンジョン自体が長いというところだろうか。
「おかえりなさいませ。無事にお帰りになることが出来たようで何よりでございます。」
出口の先で待っていたのは俺たちを落とした張本人。
悪いと思ってすらいないのだろう、人形のような瞳は相変わらずガラスのようにこちらを写しながら礼儀正しく腰を折り頭を垂れる。
彼女の顔を見ればようやく屋敷まで帰ってこれたんだとホッと安堵した。
「お主はどの顔でッ!…」
だがそんな俺とは裏腹に傲岸無礼な態度と判断したいんだろう。
一旦落ち着き始めていたミズホもミレイの顔を見て思い出したのもあるんだろう、噛み付くように吠え立てる。
「この程度で問題があるというのでしたら、それこそ問題でしょう。 貴方達はそこまで甘やかすおつもりですか?」
のだが、肝心のあちらはあくまでも冷静に静かな声でピシャリと言い放つ。
「レーラにしろ貴方達にしても主に対しては甘すぎますね。そうせざるを選ないにしても考えが無さすぎます。」
ガラスのような瞳はミズホを一瞥、すぐに視線は戻り否定的にこちらを見つめ叱責する。
だが責めるというよりはこちらを案じているようにも見える、あまり感情の変化がないんで気のせいかもしれないけど。
とは言え、俺も人に頼りきっている所もあるしそれはミズホたちもわかっているのだろう、吠えそうになる言葉を飲み込み小さく唸りながらミレイを睨みつける。
「ちょっと、なんでそこまで言う必要があるんだ。」
確かに聞いている限り正しくはある、ミズホが黙ったことも思い当たる節があるということだ。
それはそれとしてあまり言われてばかりと言うのはあまり俺としてもいい気持ちはしない。
いい気持ちはしないというよりもなんだか知り合いが否定されているというのが気に食わないというだけなのではあるが。
「そうですね。シュウ様、理由をご説明致します、こちらへ。」
冷ややかな瞳はこちらを写し半身になり一礼ゆったりとした歩調で奥の部屋へと歩き出す。
彼女としてはこちらを攻めている気すらないのだろうか、後ろめたさもなく感情すらないのか機械のように精密な動作で歩き奥の部屋に着くと足を止め、中へと導いた。
後ろの二人も特にミズホもなにか思うところはあるんだろう。その事についてなにか言及することもなく大人しくしている。
通された部屋は最初来たときと似たような構造をしていた。客を迎え入れるためのソファにテーブル、しっかりとした装飾のされた客間である。
促されるままにゆったりとしたソファに腰掛ける、革張りな見かけによらず身体が沈んで行く感じがしてなんとも心地良い。
続いて出されてきたのは紅茶とお茶菓子である。
入り口で見たメイドたちもまた機械的に滑らかな動作でテーブルを彩って行く。
並べられた西洋風のお菓子、スコーンと言うんだっけ。嗅ぐだけでも香ばしい匂いが漂ってきてつい手を伸ばしてしまった。
紅茶もあまり詳しくは無いけれどもいい香りが鼻を擽る。なんともな話だがこれから真面目な話をしようというのにも関わらず先に手に取り一口と飲んでしまった。
「では先ず、ご自身では多少なりとも気をつけているのかも知れませんが危機感に対して少しばかり危なげなくあります。今提供させて頂いた紅茶ですが毒が入っているなどの考えは至りましたか?」
そんなつもりはなかったのだが長い間ダンジョンを歩き回っていたせいもあってか気が付いたら一つ二つとお茶菓子をもらい、紅茶までおかわりしてしまっていた。
いくつか食べてようやくみっともないなと、手を止め一息と肩から力を抜いた途端である。
怒るわけでもなく否定するわけでもなく、ただ冷淡にこちらに尋ねてくる。
「あっ…、まったく考えてなかった。」
みっともない、という話ではなくなんの警戒もなく口にし食べた。それだけなのだがその事にすら注意を払えとそういうことらしい。
だからといって毒が入ってるかどうかなんて目の前で確かめるのは失礼なんじゃないだろうか、と思いつつ彼女からは些細なことにも気を配って欲しいという懇願のようにも聞こえる。
口調は相変わらず冷淡ですごく冷たい印象しかないのだが、容姿で勝手に美化されてる可能性もあるが否定的に考えるよりはいいよね?
「そうでしょう。もちろん私は貴方様に毒を盛るつもりは毛頭ありません。敵意も感じさせない様、メイドとして模範的に振る舞っております。」
「その割りにはヤケにミズホから反感を買ってるようだけど。」
気品すら感じさせる作法には目を奪われるが先程のやり取り以前にもミズホは、エミリーもなんとなくだがずっとピリピリと気を張っているのがわかる。
気づいていなかっただけでたぶんこの屋敷に入ったときから二人はずっとこんな感じに気を張っていてくれたのだと思うと中々嬉しいものがある。
まぁ俺が不甲斐ないというせいだと言うのを除けばという話ではあるが。
「はい、貴方様がこの屋敷へ訪れてから都度5回、お二人がおらねば死んでおられましたから」
小さく頷き感情の乗っていない言葉が刺さるように告げられる。
「そんなに…?」
あまり信じたくない事ではあるが礼儀正しく人形のような彼女に自分は五回も殺されそうになっていたらしい。
ある程度言われることはわかっていたとはいえ告げられる言葉に喉を潤したばかりだと言うのに舌が渇いてくるような錯覚に陥る。
「先ずはこの屋敷に足を踏み入れられた時。本来ならば結界によりその場で消し炭になっておられましたがミズホにより防がれてしまいました。」
そんな様子を気にも止めず、初めから殺す気でいたのではないかと言わんばかりの罠があったことを事もなさげに告げる。
「次にこの屋敷の玄関を跨いだ時。事前にシーラから訪ねられることはわかっていたので迎撃などはしないようにしておりました。」
ここは要塞かなにかだろうか。
入った時点ですでに二回も殺されかけてるとは思わなかった。
「三つ目、私のメイドに何も言わず着いてきた時。そのまま迷宮にお送りすることも可能ではありましたが一応らお客様として御迎え致しましたのでそこまですることはないと判断致しました。」
こちらがゆっくりと考える余裕もなくミレイは次に行われるはずだった物騒な予定を伝えてくる。
もし、それ全部するつもりだったら俺は生き残れていたんだろうか。と悩んだところでしょうがないのだが。
「四つ目、これはシュウ様があまりにも警戒心が皆無でいらしたのでつい手を出してしまったのですがさすがにお二人に阻止されてしまいまして。」
「え、ちょっと待って。じゃあ俺って本当にヤバかったの?!」
訂正、悩んだほうがいい気がする。
突然二人が飛び出したのにようやく合点がいった。
そこまでしなければ危なかったということだ。と言うのにも関わらず自分はそんなことすら気付けていなかったらしい。
いや、最初から全部気づいていなかったのは無しとして。
「はい。貴方様だけでしたよ、気付いていなかったのは。優秀な使い魔に感謝すると良いでしょう。でなければ今ここに無事でいること等出来なかったのですから。」
そこは二人に感謝しかない。
というか、俺が貧弱なのもあってホントに二人には迷惑掛けてるなぁ。
「自らの主が何度も殺されそうになっていれば幾ら儂としても多少は気が立つものよ。それに気付かぬ主殿も主殿ではあるがな。」
二人は全部気付いた上でこの態度だったらしい。
エミリーも会って間もない間柄ではあるがそんな俺がわかる程度にはピリピリとしていたのはそういうことだろう。
「それでミズホがあんなにイラついていたのか…。」
ポツリとここまでの事を思い出しながら呟く。
ミレイに会うまでの数分で俺は何度か死ぬ目にあっていた。
あと一回、ダンジョン内でのなにかあるとするならもっと直接的に即死トラップでも用意してあったろう。
だがダンジョンでのトラップは厄介ではあるが時間を掛ければ解ける程度のもの。
「では最後に、──」
「俺たちが出口に着いた瞬間?」
本当に殺したいのであればもっと別の場所だったと思う。
つい口に出てしまったが、最後はやはり出口で迎えてもらったときだろう。
お約束というか、勝って兜がなんとかとも言うし実際、見える程ではないにしても二人の疲労もそれなりにあった。
あの時いきなり襲われていたら無事では済まなかったろう。
「はい、おっしゃる通りです。少しはお考えくださったようで何よりでございます。」
言葉を先にとってしまい嫌な顔の一つでもされるのかと思ったがそんなことはなかった。
むしろ少し嬉しげに見えるのはなんでだろうか。
「多分そうなんじゃないかなーってそれだけなんだが…。」
「感、というモノはこの世界において非常に重要な要素にもなり得ます。ですので悲観はなさらないでください。」
フォローなんだろうか。
元々彼女に対して俺は敵意なんかがなかったせいもあって素直に褒められているようにも感じる。
なんとなくではあるが俺を試したり害を与えようというよりは心配だからこそ脅すような形をとっている。
そんな風に思うのだがたぶん俺がお人好し過ぎるのかも。
「危険なのは何も無いと安心しきり、なにも考えないこと。先程までのシュウ様がそれです。」
「と言われても今もそんなに変わらないと思うけども。」
ちょっと見直したつもりではあったのだけどやはりなんか一言多い気がする。
確かに現状人に頼り切りだけども!
「では、常に頭の隅にでも考えておいてください。貴方様はこれからまず力を磨くのでもなく知識を蓄えるのでもなく、無様に足掻いて生き抜く事が大切なのです。」
「は、はい…。」
なんか学校の先生に叱られてる時を思い出すなぁ。
それにしても無様に生き抜くなんてなんともお先のない話なんだろうか。
異世界転移物なんて無双するイメージしかないのだが、世の中そうそう上手くは出来ていないらしい。
「よろしい。では腕を出してください。契約を済ませてしまいましょう。」
あまりにも唐突な流れで腕を差し出してしまったが何故か契約する話になっていた。
レーラたちとはそういえば契約をしていなかったが既に主がいないとはいえ先任の魔王から移りたくないもんだと勝手に判断してたがそんなことないんだろうか。
「なんで、この流れで。というか徴にするんじゃないの?」
差し出した腕を取られ大人しく袖を捲り上げられながらも契約自体は印の方でするんじゃないのだろうか。
「こう見えて私は魔物でもモンスターでもましてや冒険者でもありません。ですので契約は特殊なモノになります。」
「まぁ、それなら…。」
と、ミレイ自体が魔物ではないらしい。
モンスターと魔物の違いとはなんぞやと考えるよりも腕に這わされた彼女の指からチクリとした痛みが広がり思考を邪魔される。
じわりとした痛みはそのまま腕を這い回り奇妙な紋様を刻んでいく。
火のような枝のような不可思議な紋章が肘まで登ってきた所でようやく止まりミレイが触れていた所には小さな火の玉のような紋章まで追加され熱を持っている。
「これで完了となります。…良い紋様ですね、この様子ですとあと10や20は簡単に契る事も可能でしょう。」
「んで、これはなんなんだ?」
まだ熱は治まらず身体を這うような気怠さが襲ってきているような気がするが彼女たちがしたことについてやはり疑問は残る。
「説明が前後しましたね。こちらは呪具…いえ、魔導具の所有者の証となります。つまりこの印がある限り貴方様は私のご主人様となります。」
離した手を自身の手に重ねゆっくりとした動作で頭を下げ自身がなんであるかを説明するミレイ。
「ちょっと待って、呪具ってどういうこと?!危ないんじゃないか?」
言い直しはしたものの名前は物騒なものである。
呪いと付いている以上なにかデメリットなどはないか、しっかり聞いて置けばよかったと若干後悔。
「そんなことはありませんよ。そうですね、魔導具についても説明いたしましょうか。──」
言い訳もあるのだろう。ミレイから聞かされた魔導具についての話である。
元々は魔法を使えない人や戦闘や生活を楽にするための便利グッズの一つとして普及していたらしく契約すると使えるアイテムの一つ。
主に許容量が許す限りなんでもしまえるアイテムボックスやランタンの代わりにいくらでも水を出す水筒など非常に便利なものが多いとのことで手に入れれば相当便利とのこと。
もちろんミレイもその一つである。
「じゃあなんで呪具なんて如何わしそうな名前がついたんだ?」
ここまでの説明だとただの便利グッズなのだがなんで呪具なんて不吉そうな名前が付けられることになったのか。
「数自体が少く強力な物が多いので悪いイメージを付けて契約者を減らそうとしたのでしょう。実際に安心して契約のできる量産品以外を所持したがる方々はあまりいませんから。」
あー、イメージ戦略的な感じなのかと思い至る。
確かに使うと呪われるなんて物をわざわざ使いたくはないだろうな。
「意外とみんな信じたりするんだな…。」
「一般人には中々手に入らないというのもありますが実際に代償を伴う物も少なからずありますので。」
誰が吹聴したにせよやはり代償があるものは存在するらしい。
だが待ってほしい、ミレイ自身なにも言わないがもしかしてだな、
「…って、そっちもなんかあったりするんじゃないか?」
「おや、ようやくお気づきになりましたか。ですが安心してください、私はそのような類の品ではありませんので。気になさるのでしたら徴に私のプロフィールが追加されていると思いますのでご確認くださいませ。」
やはり実は俺のこと嫌いなんじゃないだろうかと疑いたくなるくらいにこちらから聞かないと言ってくれないがそこはグッと我慢しつつ徴を起動させて確認してみると新しく彼女の欄が追加されているため開いてみる。
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名称:キメラ
Level:79
Health:9742
mana:1254
AD:685
AP:752
AR:988
MR:999
Passive Skill:人形遣い
支配下に置いたモノの使役にmanaを消費しなくなる。
作成した人形が指揮下にある限りその人形の与える攻撃に元々の攻撃力に加えてSkill所持者のAP(+0.2)のMagic Damage付与する。
作成した人形のステータスに関わらずmanaと特定のアイテムを使用しカスタマイズ、強化、改造する事ができる。
Passive Skill:宝箱の真実
許可された一帯を自身を核とし所持者の都合の良い擬似的な建造物にすることが出来る。
想像した建造物はその他の建造物と同じ判定となる。
核が破壊された場合、Skill所持者のLevelに比例したアイテムを生成する。
Passive Skill:魔導具SR+
このSkill所持者はモンスターではなく魔導具として扱う。
契約した対象はアイテムボックスを使用可能にする。
契約した対象はSkill所持者が離れていても一定時間召喚することが可能となる。
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エミリーも相当強かった気がするのだがミレイも明らかにチート枠ではないだろうか。
というかステータスがぶっ飛んでいる。
レーラやシーシェも最低はこのくらいの能力は持っていると考えると前の魔王と呼ばれていた人はいったいなにしてたんだ。
「キメラ…?そういう風には見えないけど」
それにしても名前と見た目が全く合ってないのだが。
キメラって確かにライオンの身体に蛇やら蟻やら繋がってるみたいなアベコベな身体をしているイメージはあるけどミレイの見た目はほとんど人間と変わりがない。
強いて言うなら関節が人形のように球体関節になっているって所だろうか。
「こちらの世界でキメラという物は合成した結果による既存モンスターに該当しないモンスター全てを総称としてキメラと申します。私に名称を与えるならばさしずめ怪しい屋敷の主と言ったところでしょうか。」
つまり合成したモンスターは特徴や特性に関わらずキメラということになるわけだ。
ってことはアレか、ダンジョンにいたモンスターたちに変なのが多かった気がするけど全部合体で作り出されたキメラって事なのか。
そう考えると背筋が寒くなるな。
「パンドラマスターか、ミレイって名前があるし物騒な名前よりはそっちの方が俺は呼びやすいな。」
軽く首を振ってイヤな考えを捨て去りつつモンスターな名称で呼ぶよりもいい名前があるのだからとそちらで呼ぶことにした。
ミズホもエミリーも名前で呼んだほうがしっくりくるし。
「…ありがとうございます。以前の主より賜った名前です。私もそちらで呼ばれた方が嬉しく思います。」
軽く首を振っても消え去らない背筋の寒さに気を取られていると、わざわざ立ち上がりこちらに微笑むミレイはゆっくりと深くお辞儀をした。
やっぱり名前で呼ばれるというのは嬉しい事のようでなにより。
彼女が以前と言ったからかまだ疼く腕の紋様に意識が行ってしまう。
自分が本当に主で良かったのだろうかと考える。
考えた所で答えなんて出はしないのだけど。
「今は俺が主になっちゃうのか。じゃあ、改めてよろろ…、ぁ?」
なんだかあまり実感がないのだけども立ち上がり彼女に手を差し出そうとすると途端に身体に力が入らないのに気付きふらりと倒れそうになる。
「っと、忘れておりました。ご主人様、次目覚める時、あなた様の世界は変わっておられると思いますがどうか気を確かに。」
意識ははっきりとしているつもりだったが背筋の寒気は止まらず腕は虫に刺されたようにジクジクとした熱さが残っている。
頭もはっきりとしていたと思っていたが身体が不調に不調を重ねすぎたせいで元気だと錯覚していただけだったようだ、力も入らずミレイに寄りかかるが残念な事に柔らかな感触もまともに味わえないまま意識が混濁していく。
「おやすみなさいませ…。」
もう意識も朦朧とし始めながら彼女から優しげな言葉を掛けられるとそのままゆっくりと意識は閉じた。
世界が変わると言っていた、その事について色々と聞きたくなったのだがその力も残っておらず意識が闇の中に落ちていった。




