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2.ふたりの攻防

 さて、今日のリクエストは『似非えせきりたんぽ』である。

 この料理の名付け親は俊介だ。汁物もレパートリーが尽きたころ、きりたんぽでも作ろうかと思ったが、八百初には肝心のきりたんぽやセリがない。仕方なく、ありもので『きりたんぽ風』のスープをつくり、そこに輪切りにしたちくわぶを入れた。それが意外と俊介の口にあったらしい。

『今日は、似非きりたんぽ希望』

 それが今日の昼休み、彼から入った無駄のないメールだった。

 みちるは通勤着のジャケットを脱ぎ、かばんから割烹着型のエプロンを取り出した。本当はラフな服に着替えたいところだが、自宅に行って着替えれば親にばれる。かといってふたりきりの家で着替えることにも抵抗があった。エプロンの紐を結んだところで、後ろからぬっと俊介の腕が突き出された。ミルクティのペットボトルが握られている。

「ありがと」

 振り返って渡されたペットボトルを開け一口飲むと、まな板や包丁を取り出す。もうこの辺りは阿吽の呼吸だ。

『お茶とかはいいから、まず料理のセッティングさせて。汁物は煮込みの時間が要るから』

 はじめの日、みちるがそう言ったので、以来俊介は立ったままで飲めるペットボトルを用意してくれている。彼の前で飲みながら料理を作るのには少し抵抗があったが、仕事終わりでくたくたの上に空腹だ。かといって料理の前に何か食べてしまうと、作る気力がなくなってしまう。

「俺の前で行儀もへったくれもないだろ。好きなようにやれよ」

 という訳で、ありがたくペットボトルからラッパ飲みしながら、みちるは今日も料理を作る。


 まず豆腐は2丁とも電子レンジに入れて温め、さらに重しをして水切りしておいた。これはあとで副菜にする。

 サラダ用にキャベツは千切り。ドレッシングは、醤油、酢、砂糖、酒、蜂蜜にごま油と細かく切ったわけぎ、にんにくや生姜のすり下ろしを混ぜ、キャベツと一緒に冷蔵庫へ。

 そしてここからが似非きりたんぽの準備である。

 ごぼうは乱切りにして水に浸して少し灰汁を抜く。ねぎは縦半分に切れ目を入れて、大きめのぶつ切り。舞茸は手で裂き、糸こんにゃくは軽く湯がいてあく抜きする。あっという間にまな板の上は野菜の山が出来る。

「鶏の手羽元、どこ?」

「冷蔵庫の一番上の段」

 ドアを開けると、鳥政のマークのついたレジ袋と成田屋の屋号の入った袋がそのまま突っ込んであって苦笑した。鶏の手羽元をどっさり寸胴鍋に入れ、野菜と一緒に水、みりん、醤油、砂糖などと煮込む。

(あとは煮るだけ、っと)

 大ざっぱなのも『似非』と言われる所以である。

 さて、そのあとは水切りした豆腐の出番だ。

「2丁も食えんのかよ、成田屋め」

 ふと気付けば立ち上がった俊介が、後ろから覗き込んでいた。

「大丈夫。炒めると結構かさが減るから」

 荒く崩して炒めた豆腐に、油を注ぎ、さらに揚げるように炒める。その後油を捨てて、醤油、酒、砂糖で味をつける。

「ねえ、こないだの鰻の時の山椒、余ってたよねえ?」

 先日俊介が仕事先で蒲焼きをもらってきて、ちょうど週末だったのでみちるにも振る舞ってくれたことがあった。余った粉山椒を冷蔵庫に残しておいたはずだ。俊介はドアポケットを漁ってその小袋を出してきた。

「ほら」

「ありがと」 

 受け取ったみちるは封を切って、中身を豆腐に振りかける。

「できた」

 フライパンにあるのは、茶色いころころした豆腐。確かにだいぶかさは減った。

「これ、何?」

 怪訝そうに見つめる俊介の前で、みちるはタッパーに豆腐をあける。

「『しじみもどき』。ちゃんと豆腐百珍にのってる由緒正しい料理だよ」

 俊介の手のひらに出来たてをのせてやる。

「あちっ。お前なあ」

 ふうふうと吹きながら手のひらに口をつけて豆腐を味わう。

「蜆の味はしねえけど、山椒が効いてて、佃煮みたいな」

 手のひらに押しつけた唇が捲れ上がる。食べるときの男というのは、皆こんなにセクシーなものだろうか。みちるは慌ててタッパーと一緒にときめきにも蓋をする。

「あ、うん。結構いけるでしょ。本当は青山椒を使うんだけどね。冷蔵庫に入れとけば何日か持つから、朝ごはんにでも食べて」

「ああ」

 俊介は頷いて手を洗うと、再び食卓で本を読み始めた。みちるもそっと俊介の向かいの席に腰を下ろす。俊介が目を上げた。

「あと、煮込むだけか?」

「うん」

 俊介はスマホのタイマーをセットする。

 みちるも鞄から本を取り出して読み始めた。


 こと、こと。

 汁が鍋の蓋を打つ音がする。

 静かな台所で、ふたりはペットボトルを傾けながら本を読む。

「ねえ、俊介」

「んー?」

「圧力鍋とか買ったら、もっと早く出来るんじゃないかなあ?」

「圧力鍋だと鍋が小せえ。2日食べたら終わりだろ」 

 どうやら俊介は、みちるの作った汁物で週の後半まで乗り切っているようだ。できたスープは、蓋つきの鍋ふたつに分けて冷蔵庫に入れておくという徹底ぶり。そんなまめさがあるなら毎日の料理くらいできそうなものだが、それはまた別らしい。大事に食べてくれるのはうれしいし、彼の体調も気懸かりだ。いろいろと理由を付けて、みちるは毎週のようにきてはスープを作る。

「……お前さあ、ここに来てること、おばさんに何ていってんの?」

「ん? いろいろ。女子会とか、残業とか。もう慣れたもんで、金曜に家にいると『あら、いるの』とか言われるよ」

「ふーん」

 そんなことを言いながら、今日もふたりでここにいる。

 それが案外、心地よい。

 ことこと、ことこと。


 ——タイマーが鳴った。

 ふたりは同時に席を立つ。

 俊介は冷蔵庫を開け、成田屋の袋を取り出す。みちるは鍋にねぎを追加し、少し煮てから味を調えた。おたまで汁を掬って小皿に移し、ふうふうと冷ましながら味見をする。

「少し味薄いかなあ。俊介、どう思う?」

「どれ」

 厚揚げを袋から出しながら、俊介はみちるのほうへと身体を伸ばす。なんと小皿をみちるに持たせたまま、味見しようとしているのだ。

(え、何、この人!)

 子供みたいな無防備さに、思わずみちるは小皿を引っ込めた。

「じ、自分の手で取りなさいよ! 面倒くさがり!」

「厚揚げの油で手が汚れてんだよ、ほら早く」

 彼は厚揚げを持ったまま顎をしゃくった。

「しようがないなあ」

 何と言っても彼が一週間近く食べる料理だ。彼に味を決めてもらわなければ。仕方なくみちるは小皿を彼の口元に近づけた。

「もっと寄せて」

 甘えるように俊介が言って、皿を持つみちるの手の近くに唇を寄せる。汁を啜る唇に、まるで指まで食まれてしまうような錯覚に陥る。思わず手を引きそうになったとき、ごくん、と彼の喉仏が大きく動いた。

「ん、OK。いいんじゃない、これで」

 俊介はそっけなくそう言うと、また自分の仕事に戻る。

(人の気も知らないで!)

 みちるは彼の背中を睨んだ。


 ご飯と主菜は俊介の担当だ。

 彼が朝から米を磨ぎ、炊飯器のタイマーをセットしておいてくれる。そして汁物が出来上がるタイミングを見計らい、簡単なおかずを作るのだ。大抵は肉や魚を焼く程度の、男の料理である。最近のお気に入りは成田屋の厚揚げを魚焼きのグリルで焼いたものだ。薬味の生姜や大根をおろす手つきも、だいぶ様になってきた。

「おい、そろそろできるぞ」

「はーい、お疲れさま、ありがと」

 何気なく言った言葉に、俊介が目を上げる。

「何?」

 彼の目が一瞬泳いだが、また瞼を伏せられる。

「いや……お前も、お疲れ」

「はあ、どうも?」 

 彼の考えていることは今ひとつわからない。


 さて何はともあれ、ようやくごはんである。

 向かい合う食卓には、俊介が炊いた白いご飯と焼いた厚揚げ、みちるが作ったキャベツのサラダ、そして似非きりたんぽのたっぷり入った大きな丼が並ぶ。傍らに置かれた飲み物は、これまたお茶のペットボトルだ。以前、『週末なんだし、ビールとか飲まないの?』と訊いたら、『うるせえ』と思い切り渋い顔をされた。俊介は余り飲めないのだろう。それからは黙っていてもこのスタイルになった。

「いただきます」


 まずは焼いたばかりの厚揚げから。

 弱火でゆっくり炙った表面にはこんがりと焦げ目がつき、揚げたての天麩羅のような油のいい香りがする。それを箸で半分に切り、生姜と大根下ろしを添え、醤油をかけていただく。あつあつにがぶり、と齧り付いた。

 しゃくっ、ふわっ。

 噛み切った途端、表面の香ばしさと、ふっくらあたたまった濃厚な豆腐の味が口に広がる。

「んー。相変わらず、タロちゃんとこはいい仕事してるよねえ」

「ふん」

 俊介はいささかおもしろくなさそうだが、黙って食べているところをみると、おいしいのだろう。 


 成田屋は国産のいい大豆を使い、添加物を使用しない豆腐をモットーにしている。大手に押されてはいるが、健康志向、地産地消の昨今、地元のスーパーに卸が始まり、なんとか盛り返しているらしい。さっき作った『蜆もどき』も、実は彼が配っている『豆腐百珍』のパンフレットを見てアレンジしたものだ。

 郊外に大きなスーパーやショッピングモールが建ち並び、小さな商店街は生き残りをかけて懸命だ。八百初の透は野菜ソムリエの資格をとって、料理教室などに出向きアピールしている。鳥政の3代目はハーブやピリ辛など何種類もの唐揚げを用意し、注文してすぐ揚げて熱々を用意してくれる。他の店も皆がんばっていた。だからこそみちるたちは、ふたりの仲を勘ぐられるリスクを冒してでもこの商店街を利用しているのだ。


 キャベツのサラダに、わけぎやにんにく、生姜が入ったドレッシングを掛け回す。このドレッシングのレシピも実は鳥政の2代目に教えてもらった油淋鶏のたれで、香ばしい厚揚げともよく合う。いつもふたりは厚揚げをふたつに切り、薬味と醤油で半分、残りの半分をこのたれでキャベツを一緒に食べる。酸味と甘さがしっかりと際立ち薬味が利いているので、野菜嫌いの俊介でもよく食べてくれるのだ。ここぞとばかりにキャベツと厚揚げを口に入れ、ばりばりと音を立てて顎を動かす彼は、見ていて爽快だった。もぐもぐ噛みながら、大きな手が似非きりたんぽの丼を掴む。キャベツを飲み込むと、丼を傾け豪快にずずっと啜った。みちるもそれに習う。

「あー……」

 俊介の口から、湯船につかったときのような長い吐息が漏れた。柔らかくなるまで煮込んだ鶏の手羽元やごぼう、舞茸とねぎのうまみもじっくりしみ出したスープは、五臓六腑に染み渡る。

「おっさんくさい」

「生まれから言ったら、お前のほうが2ヶ月上だろ」

 笑うみちるの向かいで、俊介はすでに鶏の手羽元と格闘し始めていた。鶏はもも肉のほうが食べやすいのだろうが、みちるは手羽元を鶏ガラの代わりに使っている。真偽のほどは定かではないが、骨から出汁が出ると信じている。俊介はこの手羽元が好きで、いつも実に丁寧に食べた。みちるが用意したおしぼりを使い、彼は手羽元に遠慮なく素手でかぶりつく。くるくると回しながら肉をきれいに食べつくすと、端の軟骨部分まで歯でそぎ落とすようにしてこりこりと囓る。小皿の上に、ころん、と音を立てて食べ終えた骨がどんどん積み重なっていく。満足そうに汚れた唇をぺろりと舌で拭う彼とそのまま視線が合って、どきっとする。

 みちるは慌てて丼に箸を差し入れる。お気に入りはたっぷり汁を染みこんだ、ちくわぶだ。もっちりとした食感がたまらない。

「俺、これ作ってもらうまで、ちくわぶって知らなかったよ。お前ほんと、これ好きな」

 はむはむとちくわぶを噛みしめるみちるを呆れたように眺める。

「うん、好き、好き。大好き」

 みちるが嬉しそうにちくわぶを頬張っていると、俊介はスープを啜りながらまた目を泳がせる。何だか今日の彼は挙動不審だ。何なのだろう。首をひねりつつ、ちくわぶに没頭していると、

「あのさ」

 俊介の声がかかった。

「昨日、お袋から電話があったんだけど」

「うん」

「うちの親父に、辞令が出た」 

「辞令?」

「ほら、親父もうちょっとで定年だろ。『自宅もあるし、最後は地元で』って希望を出してたのが、通ったらしいんだ」

「地元って、じゃあ」


「うん、両親とも、春には戻ってくる予定」


「……へえ」

 おいしかったはずのちくわぶが、噛みすぎたチューイングガムみたいに味がしなくなる。無理矢理ごくん、と飲み込んで、せた。


『春には戻ってくる』


 ——こうして俊介のうちでごはん作ってふたりで食べるのも、あと半年足らず、なんだ。


 ふたりだけで週末のごはんを食べるようになって、一年。

 毎週、金曜日が待ち遠しかった。

 会社が終わるとメイク直しはもちろん、靴を脱ぐからストッキングまで履き替えて。後ろから近付かれたときに備えて、フレグランスをほんのちょっぴり耳の後ろにつけてたなんて、彼には一生わからないだろう。

 スープを作る間も、本を読みながら自分の料理を待っていてくれるのがうれしかった。

 あからさまに褒めることはなくても、いつもたくさん食べてくれるのが何よりの賛辞。

 彼のさりげない思いやりは、スープなんかよりずっとあたたかかった。

 料理を作って、食べて、洗い物をして帰る。

 そんな、ままごとみたいな週末が、もうすぐ終わる。


 ふいにこみ上げる涙は、咽せたせいだとごまかせただろうか。静かになったその場を取り繕おうと、心にもない言葉を口にした。


「よかったじゃん。おばさんが帰ってくれば、お互いもう、こんな面倒なことしなくて済むもんね?」


 ——ごとん。


 俊介が丼を置く音が、やけに重く響いた。


「『よかった』?」 

 

 地の底から這うような声。何のことだか分からず、きょとんとしていると、


「『面倒』?」


 さらに畳みかけられる。

 ただならぬ気配に箸を持ったまま硬直していると、俊介は、はあっ、と大きく息を吐いた。

「お前、なんっにもわかってない。俺がどうして毎週、お前をここに呼んでると思ってる?」

「『どうして』って……ごはんのためでしょ?」

 何を今さら、と答えると、再び大きな吐息が聞こえた。

「……阿呆。すかたん。鈍感もそこまでくれば表彰もんだな。頭痛え」

 俊介の長い指が、こめかみを押さえる。

「親の転勤でいよいよチャンスだと思って、何とか言いくるめて家に呼べば、無防備ににこにこ笑って飯食ってるだけだし。お前の家族の前では猫被って、わざわざ会社に出向いて男避けまでして、俺、相当頑張ってんだけど。成田屋なんかガキのころから気付いてんだぜ? よくもまあ、この俺を20年も袖にしてくれたよなあ?」

「へっ?」

 間抜けな声が出てしまった。

「少しでも長い時間お前をうちに引き留めたくて、わざと時間のかかるスープをたっぷり作らせて。堅い時代小説読んで自制しながら、ずっと様子を伺ってたのに。挙げ句の果てに『週末なのにビール飲まないの?』ときた。こちとら、我慢も限界なんだよ! 殺す気か!」

『男避け』『引き留める』『我慢』。

 次々にキーワードが放り込まれて、みちるのハートは、いきなり強火にかけられる。


 ——待って。ちょっと待ってよ?


 頭が沸騰しそうになったとき、テーブルの向こうで俊介が唸った。

「もう、やめだ、やめ! 紳士ぶっても、いいことなんかひとっつもないし!」

 だん、とテーブルに両手をついて立ち上がり、身を乗り出す。

「分かってないようだから言ってやるよ!」

 俊介が吠える。


「お前はな、これからも一生俺のメシを作ることになってんだよ!」


「は……?」


「面倒とか、ぜってえ言わせねえ! お前は俺のもんだ! 親父たちが帰ってきたら、速攻話進めるからな! 覚悟しろ!」


 矢継ぎ早に言われて、頭が追いつかない。

(えっと、これはいったい……)

「返事は!」

 それなのに、俊介はさらに急かしてくる。

「もう、ちょっと待って!」

「俺がどれだけ待ったと思ってる! もう1分たりとも待ってやらねえ!」

 怒濤の攻撃に息を切らしながら、みちるはやっとの思いで口を開いた。


「……どれだけ、俺様なのよ」


「ああ?」

 俊介は思わぬ言葉が返ってきて、眉を上げた。

「何でも大人しく言うことを聞くと思わないで! だいたい私は俊介にとっていったい何? 飯炊き女?」

 ぐっと怯みながらも俊介も負けじと叫んだ。

「飯炊いてんのは俺だ!」

「ばっかじゃないの!」 

 みちるも椅子から立ち上がる。


 ——言って欲しい言葉は、他にあるのに。


 きっ、と俊介を睨んだ。


「……ごはん!」


「は?」


「ごはんが冷める! さっさと食べちゃってよ! 話はそれから!」


 叫ぶなり、みちるはすとんと腰を下ろし、ふたたびご飯を掻き込み始めた。

「お、おう……」

 あっけにとられながら、俊介も座って再び箸を取る。

 かちゃかちゃ。ずずっ。

 ただ食べる音だけが、食卓に響く。

 争うようにふたりは食べて。 


「ごちそうさん!」

 

 たん! と小気味よい音を立てて、先に箸が置いたのは俊介だった。

「お、おかわりしなさいよ。いつもしてるじゃない」

 箸を動かしながら慌てるみちるに、俊介は首を振る。

「今日は、しない」

「しなさいよ!」

 俊介は不敵に微笑んだ。


「いいや、しない……今夜は他に、もっと食べたいものがあるからな」


 ——ごほ、ごほん!

 思わず咳き込みながら目を見開くと、目を眇めた俊介がさらに畳み掛ける。


「ここまで待たせて、ただですむと思うなよ」


(しまった……)

 みちるは突然自分の立場を悟った。 


 なぜ今まで気付かなかったのだろう。

 ここは彼のテリトリー。

 戦うにはあまりに分が悪い。 


 箸の進みが遅くなるみちるに、俊介は顎をしゃくって促してくる。


「ほら、みちる、早く。冷めないうちに……食べるんだろ?」


 壮絶な色気を醸し出しながら、幼なじみは、にやり、と笑った。




Fin

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