第二話 獣人族のクロ
サッポロ王都は妙に寒かった。
異世界だから気候が違うのか、それとも北方都市だからなのかは分からない。ただ、薄手のパーカー一枚で夜を歩くには厳しい気温だった。
飯でも食いに行くか……。露店があったので覗いてみると客が店主に声をかけているところだった。
「味噌ラーメン一つ」
「千二百円です」
円。
通貨単位が円。
異世界なのに。
夢がない。
もっとこう、クリスタル貨とか白金貨にしろ。
しかもレジ横にはこう書かれていた。
『PayPay使えます』
「ペイペイ……?」
たぶん電子系魔導決済だ。うんうん。
この世界、文明レベルが高すぎる。
住民たちは板状魔道具をかざすだけで会計を済ませていた。
絶対この世界、魔王より経済回してる奴の方が強い。
そんなことを考えながら夜の街を歩く。
王都は妙に明るかった。魔道灯が至る所で光り、巨大な硝子塔には無数の明かりが浮かんでいる。その下を、人々が無表情で行き交っていた。
誰も剣を持っていない。ローブも着ていない。全員が黒とか灰色の服を着て、片手サイズの板状魔道具を見つめながら歩いている。
異世界なのに夢がない。
もっとこう、エルフとか歩いてろよ。
そう思った時だった。
「そんなとこいると凍えるよ」
女の声。
振り向く。
街灯の下に、一人の少女が立っていた。
黒い外套。細い身体。長い黒髪。
そして頭には黒い獣耳。
「…………」
つい凝視してしまう。
本当にいた。
獣人族。
しかもかなり完成度が高い。耳が自然すぎる。作り物には見えない。
少女は俺の視線に気づくと、少し不機嫌そうに眉をひそめた。
「なに」
「いや……珍しくて」
「観光客?」
「そんなところだ」
少女はじっと俺を見たあと、ふっと笑った。
「変な人」
犬歯が少し尖って見えた。
やはり獣人だ。間違いない。
「お前、名前は?」
「クロ」
「獣人族っぽい名前だな」
「なにそれ」
クロは呆れたように笑った。耳がぴくりと動く。妙に猫っぽい。
「宿ないの?」
「……分かるのか」
「そういう顔してる」
クロはしゃがみ込み、自販機の下を覗き込んだ。そして慣れた動作で硬貨を拾い上げる。
「お、今日は当たり」
「何してるんだ?」
「お金探し」
「そんな落ちてるものなのか」
「意外とね」
そう言ってクロは笑った。
尻尾が揺れる。自然すぎる。やはりここは異世界だったんだ!!!!
「お兄さん、旅人なんでしょ」
「まあな」
悟られないようにしているが笑みを堪えられる気がしない。
「どっから来たの」
「……遠い所」
実際その通りだった。あちら目線の異世界から来たのだから。
クロはそれ以上深く聞かなかった。代わりに俺の顔をじっと見た。
「ちゃんと寝てる?」
「え?」
「目、死んでるよ」
妙に鋭かった。
一瞬、言葉に詰まる。
だが俺は誤魔化すように笑った。
「転移直後だからな」
「転移?」
「異世界転移だよ」
言った瞬間、クロは数秒黙った。
そして。
「……あー」
なぜか納得した顔をした。
「なるほどね」
「信じるのか?」
「まあ、サッポロだし」
どういう意味だ。
この王都、転移者が多いのだろうか。さすが大都市。
「で、行く場所ないの?」
「ない」
「じゃあネカフェ行けば」
「ネカフェ……」
クロは当然のように歩き出す。
「案内してあげる」
「いいのか?」
「別に。気まぐれ」
黒い尻尾が揺れる。
俺はその後を追った。




