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竜王の星姫  作者: 菜種油☆
第五章
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+淵辺の釣り糸+



「あーぁ。またしばらくは、都ともお別れなのねー」


 大門を潜り抜け、名残惜しそうに振り返っていた紬は、首をかしげて傍らの拓陸を見つめた。


「若君?」


「――ん。あぁ……そうだな」


 黙りこくったまま愛馬の手綱を引いて歩いていた拓陸は、紬の声に我に返ると、チラリと背後の大門を振り返った。


「えへへ。お役人様の目だね」


「え?」


 問い返す拓陸に紬はちいさく笑って、手にしたかざぐるまに唇をよせ、ふうっと吹いた。

 大門を出る際に屋台で買い求めた、カラカラと軽い音をたてて回る羽を見つめる紬は、やがてかざぐるまが動きを止めると、遠く背後にそびえたつ竜王が眠るという険しい岩山を振り返った。


「あそこで会った、お役人様方にお会いした時も思ったんだけど、今も若君、都を見ていたでしょう? きっとわたし達とは違うふうに都を見ているんだなぁと思って」


「はは。ひとを見る時の目つきが悪いって言いたいんだろ?」


「うん。なんだか悪いことしたような気になっちゃいそう。お役人様方なんか特に、みんな身体がすごく大きかったじゃない? さっき、お別れの挨拶に行った時も、あんなに大きな方達が若君を取り囲んで、怖い顔して話し合っているのをみたら、なんだか若君が叱られているみたいで、ちょっと面白かったなぁ」


 肩をすくめた紬に、拓陸は笑った。


「ああ、それでおまえ、あんなに笑ってたのか? まぁあの要所は特に、警護武術に優れた者を集めてあるからな」


「あのひと達は、若君の部下なの?」


「ああ。本当は別の者の配下にある連中だけど、人手が欲しい時には借り受けたりもするから、つきあい自体は結構長いな」


「そうなんだ。皆さん腕っぷしが強そうだし血の気も多そうだけど、若君のほうがお歳は若いでしょ? 最初から若君の言うことを、ちゃんと聞いてくれたの?」


「ん~……まぁ初めてあいつらに会った時は、まだ俺も今のおまえと変わらないくらいの子どもだったから、当然舐められて任務に出られるような状態じゃなかったけど、酒飲みを豪語してたあいつらを全員まとめて潰してやってからは、妙に言うことを聞くようにはなったかな。おかげでそれからは酒の席から逃げられなくなったし、鳴海郷に戻る時は仕返しに俺が潰されかかった。おかげで牛車に乗って帰る羽目になって、あいつらも気の毒がってヒイヒイ笑ってたな」


 当時を思い出して笑った拓陸に、紬は瞳を輝かせた。


「本当? わたしもお酒、大好きなの!! 子どものころから父様の晩酌を少しお相伴させてもらっていたから、そこそこは飲めると思うわ」


 ――酒豪の織り姫か。もしこの推挙が現実になれば、御方々が喜びそうだな。まぁ竜が相手じゃ、比べものにもならないだろうけど……


 じきにやってくる竜宝祭の振る舞い酒について、楽しそうに話し続ける紬の様子を眺めながら、郷で待つ領主、鳴海柾鷹への報告を思い、拓陸はひっそりと溜息をついた。


 鬱蒼とした木々の繁る暗い峠道を越え、街道脇のオオクスの下に辿り着いたふたりは残り少なくなった懐具合を考え、ふたたびこの祠を拝借して一泊することに決めた。


「今日は、まだ誰もいないのね?」


「先を急ごうと思えば、まだ間がある時刻だからな。もう少し進んで街道沿いの宿を使ったほうが旅も楽だ。さてと、晩飯か……竿が祠にあるだろうから、ちょっと裏の沢で釣ってくるか」


「そうだね。じゃあわたし、ちょっと将星を借りてもいい?」


「ああ、構わないけど、馬なんか連れてどこに行くんだ?」


「この辺りのお家に行って、少しお米をわけてもらおうかと思って。お魚だけじゃ足りないでしょう?」


「ああ、だったら俺も一緒に行く。この前みたいにこいつが急に暴れないとも限らないし」


「大丈夫よ。あの辺りまで行くだけだし、もう竜王様もお池に入られたんでしょ? 将星もずっといい子だったもの。若君はたくさんおかずを釣って、待っていて? 荷物だけ先に、竜王様の祠の中に入れておいても良い?」


「ああ、荷は俺が入れておく。気をつけろよ? ……本当に大丈夫か?」


「はーい。お願いしまーす」


 将星の背から荷物をおろした拓陸から手綱を受け取った紬は、杉林の先にある軒の並びを目指して下草を踏み分け街道へと歩きはじめた。


「晩飯のおかずか……これは責任重大だな」


 やれやれ。とひと息ついた拓陸は祠に荷物を運び、紬が買い戻したふたつの反物を取り出して丁寧に布に包み袈裟懸けに背負うと、祠に置かれていた釣り竿を手に裏手の沢へと降りて行った。


 釣り糸を流れの緩い淵に垂らし、鳥のさえずりや水の音をぼんやりと聞くうちに、ふいに何者かの気配が背後にあることに気がついた。


「――鳴海警護次官殿」


 背後からの声に、釣り糸を垂れたまま拓陸が押し黙っていると、更にもうひとりの声が聞こえた。


「なんだ、えらくご機嫌斜めじゃないか?」


 ――っ!?


 驚いて振り返った拓陸の背後から、音もなくふたりの男が現れた。


「晩飯の獲物が釣れないのか?」


「……竜王の渡りの後ですから」


「はは。そんな険悪な気を振りまいてたんじゃ、魚も寄りつかんだろうな」


 どれどれ? と淵を覗き込んだ男は、ふん。まぁいるにはいるのか。と呟いた。


「相変わらず健勝そうだな。とはいえ、あれからまだそれほど日が経っていないがな」


「――俺の動向は、どうせ郷渡りの商い者から聞いておいででしょう」


「うん?」


 眉をあげた背後の男に、拓陸はゆるりと流れていく浮きを見つめたまま呟いた。


「いくら俺を探ってもなにも出てきませんよ――鳴海の本意は、俺には解りかねます」


「しかし、件の土竜つちだちの娘を見出したのはきみだと、きみの伯父上が仰せられたようだが」


「……伯父から話を聞くまで、まさかあなたまでが一枚噛んでいたとは思いもしませんでしたよ」


「鳴海拓陸に関わることは、なんでも知っておきたいんだ。きみはじつに興味深い存在だからね……。ああ、余計なお世話だろうが、浮きの位置はもっとあげたほうが魚はかかりやすいぞ。まともな晩飯を狙うなら、あの岩陰辺りだな」


 笑いを含んだ楽しげな口ぶりで男は拓陸の肩を軽く叩くと、従者とともに藪の中へと姿を消した。


 男達の気配が消えた後、試しに言われた岩陰めがけて拓陸が竿を振った途端、次々と小魚がかかりはじめた。


「……まぁこれでなんとか飯も食えるし、いいか」


 一匹も釣れずに戻ったら、きっと紬は自分で釣ろうとするに違いない。

 今も水が荒れる危険を残す川傍には、できるだけ紬を近づけたくなかった。


 安全な祠とはいえ、空腹のまま寝る羽目になれば警戒心も削がれる。身辺をうろつく輩がどこからの差し金なのかはこれで掴めたが、郷に戻り、無事に紬を織部に送り届けるまでは気が抜けない。


 竜王の渡りを終え、水が引いてほどんどの魚が海へ流れ去った後の川は、いつものように魚の鱗が煌めく様子も見られず、拓陸は魚篭の獲物の数を確かめると釣りを切りあげ、祠へと足を向けた。

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