序 +竜の翔ぶ道+
白く光る稲妻が頭上を切り裂き、凄まじい轟音が海原を走る。
猛り狂う嵐に乗って現れる魚の大群を追う漁り夫の船団は、木の葉の如く波間を踊っていた。
男達は身体を船に括りつけ、叩きつける雨風と、身も凍る波飛沫に曝されながら、必死に網を手繰っている――この日、初めて漁に出た少年は、祖父と共に手のひらに深く食い込んだ網に歯を食いしばり、暴風の中、塩水を飲みながら叫び混じりのかけ声をあげていた。見渡す限りの暗黒に覆われるほんの一刻前には見慣れた凪の海であったはずの獰猛な獣の手の中で、少年はその若い命を終えようとしていた。
轟音とともに猛烈な波飛沫が少年を襲い、眼前の船が次々に波の頂点の向こうへと呑まれていく。
海中から突きあげる巨大な渦と、その中で一瞬、煌いた巨大な鱗に覆われた鉤爪の先を目にした瞬間、天地を揺るがす咆哮が響き渡った。
――あれは、竜……?
不思議と、恐怖は感じなかった。異様な程にゆったりとうねり続ける海原と、鈍くこだまする遠くの波音と雷雨の中、薄れ行く意識の中で、そうぼんやりと考えた少年は、次の瞬間、船ごと天空に向けて立ちあがった大波の水柱に引き込まれ、それきり彼の記憶はぷつりと途絶えた。
雷雨が去り、残されたのはいつもどおりの穏やかな海。いつの間にか鴎達が餌を求め、波間を漂う僅かな残骸の上を飛び回っていた。