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14、旧人類の生き残り

「これは驚いた。あの時の抵抗から察するに、簡単に話は進まないと思っていた。それが一体どういう心変わりだろう」

「あんた嫌なヤツね」

「よく言われる。不思議なことにな」

「ふん。……心変わりも何も、勝てる勝負か逃げられる状況かは見極めてる。この状況はどうやったって無理、だからおたくの質問にはなるべく誠実に答えようって姿勢を示してるんじゃない、おわかりいただけない?」

「そのせいで前回は逃げられてしまったのでね。網を張ったからこそ捕まえられたが、こちらに寄ってくれなければ危うく逃がしてしまうところだった」

「そりゃ良かった。そのまま網を張るのも失敗してたら良かったのに」


 喧嘩腰を崩さないアサカにパックはこの世の終わりかのごとく天井を仰ぐ。大人しいからそんなことないと思っていたが、これは相当怒っているぞ、と人の機微に疎いパックでも理解できたためだ。

 しかし相手も腹を立てる様子はない。

 アサカの「ん」と顎を動かす仕草に薄笑いを浮かべていった。


「私は……そうだな、名は色々あるが、セロ家のオクティーブにしておこうか。なに、これが一番知られているだけで偽名ではない。試しに聞くが封じし者オクティーブ、この名に聞き覚えはあるかな」

「生憎、こちとら田舎者なのでそういった俗世事は一切耳に入らない」

「ならば結構。田舎者に教養は望めまい、ただのオクティーブとでも呼びたまえ」


 名前の前にこういった言葉が付くのは、この世界ではあることだ。田舎ならその村でちょっとだけ知れた知名人程度で考えれば良いが、大都市となればそれなりの意味が出てくる。

 オクティーブはアサカに茶を勧めたが、当然の如く彼女は手を付けなかった。それをどう受け取ったか、オクティーブはちらりと脇に立つリゲルや二人組を見やり含み笑いを浮かべる。


「それにしても、たしかに必需品を買い足す必要があるとは思ったが、本当にこちらに戻ってくるとはな」

「あ、そういうのいいんで。どうせ自分の読みが当たったとかそんなのに繋がるんでしょ、こっちが馬鹿にされるのも不愉快なだけなんでさっさと用件だけくださいます?」

「君には会話を楽しむ心がないのかね」

「田舎者にも楽しむ相手を選ぶ権利はあるでしょ」

「ふむ。たしかに私と君では相容れないことも多かろうな」


 オクティーブはやや残念そうにしつつも、彼女の要望を聞き入れることにしたらしい。彼の問いは実に単純だった。


「では単刀直入に聞こう。君は何者だね」

「それを教えて私になんの利益が?」

「命が助かる。我が国の管理物に勝手に入った罪は死刑でも逃れがたい。再度問おう、正体をはっきりさせたまえ」

「何者か、の定義による」

「では種族を。嘘は言わないように、君の特徴は私の知るどの種族とも当てはまらない。半々であるなら両親の種族だ、言っている意味はわかるな」

「知らない」


 笑みを崩さない、しかし明らかに空気が変質したのを感じ取って、アサカも大仰に片手を振った。現代日本と違い、いまの世界では身振り手振りも意思表現として大事になってくる。


「本当に知らない。というかわからないから私もそれを探している最中になる」

「わからないという割に受け答えはしっかりしているな、記憶喪失かね」

「それも該当しない。そちらに分かり易く答えるのなら、たしかに私には過去親兄弟がいた記憶がある。そういう意味で過去は喪失していないのだろうけど、この身体になっていた経緯がわからない。知ってる奴がいるなら私も聞いてみたい」


 この回答にオクティーブはしばし沈黙した。こころなしか二人組も緊張に身を固めているが、アサカには彼らを振り返る余裕はない。


「身体が、という答えが出るなら、肉体と魂は別物ということになる。死霊術でもかけられたかね。魂が肉体を喪い彷徨った結果、別の肉体を得た話ならいくらか例がある」

「少なくとも私の知っていた世の中の概念や技術に死霊術なんてばかげた戯言は存在しない。だから魂がー肉体がーなんて言われても私が理解できないし、むしろその前提で勧められても困る」

「……つまり」

「つまりどうしてこの肉体があなた達にとって有害でしかない毒の空気の中で息ができるのか、金属の腕を持っているかは私でも説明しかねるってこと。気付いたらこうだったから、生きるためにできることをやってきて、だから結果的に遺跡を漁る必要性があっただけだから」

「なるほど、報告では無事な倉庫には目もくれず、その被り物に使う部品が盗まれていた形跡があった。悪用ではなく君自身が使用するためか」

「そのあたりはもう察しが付いてたんじゃないの」

「あくまでも確認だよ。そしておめでとう、いまの回答によって君の死刑は免れた。その身が貴重な被検体として研究院の管理下対象になる」

「へー。嘘だって疑ったりしないんだ」

「私も馬鹿ではないのでね」


 まったくもって嬉しくない拍手。パックは「はぁ!?」などと驚いているが、マスクの下にある目は男の台詞をある程度予見してもいた様子でもある。

 実際、アサカが捕獲対象になった理由も含め、あの遺跡を調査している様子ではあり得ない話ではないと考えていた。だからさほど焦ってはいなかったのだが、かといって愉快なわけではない。彼女がこの男相手に命永らえるには「自分自身」のカードを切らねばならなかったのは痛手だった。

 これを受けオクティーブは何故かアサカの目の前にあった茶を入れ替えさせた。


「今度は何も入っていない茶だ、安心したまえ」


 そう言われて安心できるはずがない。変わらず無視を決め込むが、オクティーブは「それにしても」と続ける。


「素直なのは結構だが、黙りを決め込むのはあまりよろしくないない」

「えー、もう話すことは話したつもりだけど」

「まさか。私はまだ何故君が遺跡の道具を利用しうるだけの知識を持ち得ているのかを聞いていない」


 アサカは頬杖をつき、パックはあからさまな「どーするんだ」と視線を投げてくる。

 わかってはいたが逃れられない話題に、彼女は露骨に不貞腐れた。


「努力の結果」

「嘘も結構だが、その場合この『貴石の国』における君の人権はないに等しいものになると覚えておくといい。重ねて言うが私は差別に抵抗がない」

「……えー、それはなぁ、死に物狂いでやったとしか言い様がないんだよなぁ。実際起きた時なんて、このかぶり物の使い方なんてまったくわからなかったもん」

「その割にあの人工羽や光る玉の使い方は正確だった。特に後者の方は私たちも一度ならず使い方を誤ったことがある。その時は性能が違い、所有者の上半身が木っ端微塵に吹き飛んでしまったのだがね。ただ激しい閃光を放つもののみを上手に選りすぐったとは考えがたいな」


 さてどうやって誤魔化そう。実は道中のみならず食事中もこのあたりをどう誤魔化すかずっと考えていたのが、ひとつもいい考えは浮かばなかったのだ。

 幸い相手はアサカを殺す気は失せている。

 目的も探りたいことだし、適度に時間を延ばし言い訳を考えようとしていたところで……ここまで殆ど存在を無視されていた小さき者が叫んだ。 


「あーー! 話が長い!!」

「ちょっと、パック」

「話がつまんねえ! オレがお前についていったのはこんな面倒くさい話を聞くためじゃねーし、ついでに死なせるためじゃねえぞ!」

「いや、いま大人の話だから黙っててよ。ほら、あの男のところにある蜂蜜あげるから!」

「お前もウダウダせずにハッキリ言っちまえばいいじゃねえか。利用されるだ縛られるのが面倒くさいだ、なんだかんだ言って、結局知るのが怖いだけだろ!」


 なぜアサカが叱られなければならないのか。

 突如怒りだした妖精を宥めようとするも、パックは聞く耳を持たない。それどころかスゥ、と息を吸い出したのを見てアサカは嫌な予感を覚えた。

 そうだ、これまでの旅はこんな風に要人の家で会話することがほとんどなかった。多少の我慢はできても、常に好きなことしかやってこなかった妖精は幼稚園児並みに「つまらない話」に耐性がない。幼子なら癇癪を起こす程度で済むが、なまじ言葉が話せるなら……。

 場も忘れ、お喋りな妖精の口を閉じるために腕を伸ばした。


「パック、いい加減だま――」

「お前が旧人類の生き残りだって説明すりゃすむ話だろうが、それで大概の説明はつくだろアホ! はいだから終わり! オレらをとっとと宿に帰せ馬鹿野郎!!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] アカサが、用心深い点。 普通の人だったのに、交渉の会話が出来る所。 なのにパックが全部言ってぶち壊しに…。 [気になる点] これからどうなるか、気になります。 出来れば、更新お願いいたしま…
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