24・大豆最強説の幕開けまで、もうしばらくお待ちください。
異世界のヘイアンキョウで、マヨネーズとピーナツバターを作ることになった瑞恵。
「まさかマヨネーズに卵を使っちゃだめとはねえ。そこに鶏、いるのに」
恨めしい目で、コケコケしている鶏を見つめてしまう。
「いろんなしきたりがあるから、仕方ないわよね。こういうときこそ、瑞恵さんのお料理知識の出番よ」
橋田さんが瑞恵の肩を叩いて励ます。
「そんな大そうなものじゃないけど。まあ『あるものでなんとかする』は、主婦のご飯づくりの基本だもんね」
「そうそう」
「ここの料理人の皆さんは、何を調理しているのかしら……このお汁は……潮汁?」
磯の香りがほわほわとただよう大鍋に、瑞恵は近づく。
「ちょっと失礼……ぎゃっ」
「瑞恵さん、どうしたの?? 湯気でやけどした??」
「橋田さん大変!! アワビよアワビ。肉厚のぷりぷりのアワビが大量に、ゆっくりとじっくりとやさしく煮上がっていく現場を目撃しました!」
「瑞恵殿、アワビがお好きなのですか」
ヤスコ姫が、何を言っているのかよくわからないがという顔で瑞恵を見る。
「好きよ。大好きよ」
「そんなにおいしいものでしょうか、アワビなど」
「おいしいのはもちろんのこと、高いのよ。高いものはめったに食べられないから、ありがたいポイント効果でますますおいしく感じるし、アワビくれる人のことを大好きになるのよ」
「何を言っているのかよくわかりません」
「もうーこれだからお姫さまは」
「瑞恵さん、こっちの野菜は瓜となすびみたいね」
「この水に浸してある豆は、大豆ね。やっぱり大豆はあったわね! シェフのお兄さん、ちょっと聞いてもいいかしら」
「何なりと」
「この大豆は、どうやって食べるの?」
「炒って食したり煮て食したり……ひしおにしたり……」
「ひしお? ああ、醤油味の味噌みたいなやつね?」
「ひしおはひしおにございます」
「大豆で、お豆腐は作らないの?」
「おとうふ? なんですかそれは」
瑞恵は腕組みして考える。
「このへんに、海はある?」
「海は近くにございませんが……ああ、六条の邸に、塩釜を設けて海水を運ばせている、趣味人がいらっしゃいますねえ」
「海の水を? 自分のうちに?」
「ええ。旅先で見た、浦の景色をお庭で眺めたかったそうですよ」
「何その、雪運んで来て船橋にスキー場をつくる的発想は! 個人がやること!?」
「瑞恵さん、部屋中ジオラマおじさんみたいなものかもよ」
「それは、源とおる殿のことですね。業平殿が、いと親しくされているお方です」
「え、ヤスコちゃんそうなの! 業平さん、その、第七管理組合の町内会祭に砂丘の砂持ってきてスフィンクスつくる提案するような人と仲良しなの?」
「瑞恵さん、それ団地の402号室の五十嵐さんのことでしょ?」
「ヤスコ殿のおっしゃるとおりです。とおる殿の庭造りにかける情熱の前では、わたくしの風流好みなど、足元にも及びませぬ」
「足元でも手羽元でもなんでもいいからさ。業平さん、ちょっくらその海の水、分けてきていただけないかしら?」
「海の水を? この邸にも、塩ならございますよ」
「あたしが欲しいのは、塩じゃなくて、煮詰めて塩を取り除いた、海水のほうなの」
「そのようなもの……何に使うのですか?」
「ふふふ。それはお楽しみー。さあ、行った行った」
腑に落ちない顔の業平だが、邸の門に向かい牛車を出させている。
「これでよしと。あとは甘味と油ね。うーん、この壺があやしい……」
「あ、瑞恵殿! それは開けてはなりませぬっ」
ヤスコ姫が慌てて、壺に伸ばした瑞恵の腕を掴んだ。
「うーん、ダメと言われるとますますあやしい……」
「瑞恵殿、そなたはお幾つですか! 子どもみたいなことを!」
12歳のヤスコちゃんに、また怒られてしまった。
「はいはい。あたしはおばちゃんだから、危険なことはしたくないのよ。だからダメというなら開けないわ。でもさあ、うっかり開けちゃうかもしれないわ。三歩歩いたら忘れるから。あたしがヤスコちゃんの忠告を忘れるたびに、この茶番を繰り返す気? けっこう時間の無駄じゃない?」
「瑞恵さん、それ、けっこうな屁理屈よ……」
「ミズエがわすれなきゃ、いいんだよねー」
「4歳のニコラまで、ほら、こう言っているわよ瑞恵さん」
「瑞恵殿。ならば正直にお伝えしましょう。……あれは、災いの壺にございます」
「災いの壺? そんなものが、炊事場に?」
「さよう。話せば、長くなりますよ……」




