23・マヨネーズもピーナツバターも手作りしていたおばちゃんの、いよいよ異世界無双が幕を開ける!
業平に連れられて、ヘイアンキョウのお邸の炊事場に連行される瑞恵たち一行。
「ねえ橋田さん。業平さんがいたく気に入っちゃったのって、ピーナツバターサンドだったわよね」
「そうよ。『なんと麗しき甘露!』って叫んでいたもの」
「ピーナッツって落花生でしょ。ヘイアンキョウにもあるのかしら」
「大豆とか小豆なら、ありそうだけどねえ。ダイズバターサンドにする? 健康食品みたい」
「わたくしは、瓜の入っていた、とろりとなめらかなものを所望いたします」
お姫さまのヤスコちゃんが、瑞恵に慌てて耳打ちする。
「ヤスコちゃんは、ツナマヨきゅうりが好きなのね。うーん、あれが一番、団地に戻らないと作れない気がするのよねえ。マヨネーズなんてないでしょ、ここ」
「……マヨネーズ!」
「どうしたの、橋田さん。立ち止まって、声に出して、マヨネーズを叫ぶなんて」
「瑞恵さん、異世界ではね、マヨネーズ作りは基本中の基本なのよ」
「え? どうして??」
「マヨネーズと石鹸。異世界に行った主人公たちは、まずこのふたつを手作りするの。異世界に行っても、清潔意識や味覚は変わらないから、主人公は生活水準を上げるために、必死になってマヨネーズと石鹸を再現するの」
「ほかに、もっと作るべきものがありそうだけど……」
「あんまり難しいものは作れないからじゃない。とにかくマヨネーズを作るとね、異世界の人たちに『こんなおいしいものが! これでどんな野菜もわしわし食べられる!』って感謝されるのよ。で、ヒーローになる」
「なるほどねえ。確かにヤスコちゃんも、あの口当たりにビビビと来たみたいだし。……あっ!」
「どうしたの、瑞恵さん」
「それよりもさ、サンドイッチの肝心かなめ、パンは? 異世界に行った現代人は、パンも手作りするの?」
「一般的な異世界は中世ヨーロッパ的な世界だから、パンは基本的に存在しているのよ」
「ミズエー、ニコラもね、まいにち、ぱんをたべたよ。でもニコラ、オムスビのほうがすき」
「ニコラは団地にきてよかったわね」
「瑞恵さん、あと、異世界ならではの食材があるかもしれないから要注意よ。異世界のヘイアンキョウは歴史上の平安京とは別物だし、ナーロッパとヨーロッパも、やっぱり違うのだから」
「ナーロッパ??」
「ううん、何でもない! ちょっと、参考書を読み過ぎた」
「ヤスコ姫のお客人殿。こちらが、台盤所にございまする」
台盤所、略して台所。
「きゃあ、業平さま!!」
料理の盛り付けをしている女たちが、一斉に歓声を上げる。
「業平さま、どうして台盤所などへっ」
場を仕切っているらしい、年配の女が頬を染めながらも、なんとか威厳を保った声を出す。
「失礼した。こちらではなく、料理を作る厨のほうに案内せねば」
業平は申し訳なさそうに言い、女たちにとくと微笑みかけている。
「橋田さん、絶対わざとよね」
「うん。わざとこっちに来たわね。きゃあきゃあ言われたくて」
「お分かりになるでしょう。わたくしは業平殿のこういうところが、我慢ならないのです」
ヤスコ姫が、大きなため息をつき、業平をにらみつけている。
「マダム・ミズエ。ここにいる女中頭より、あたしのほうがイケてると思うわよね?」
「マダム・フロリーヌ。いい加減、業平さんの『めぢからのまほう』から解除されてよ……」
「料理をこしらえる厨は、こちらです」
業平が扉を引くと、途端に、煮炊きする熱と食べ物のほっとするにおいが溢れてきた。
野菜を刻む音、鍋のふたがことこと鳴る音、かまどの火のはぜる音。
「あー台所って感じねえ、橋田さん!」
「ええ。テンション上がるわ!!」
「皆の衆。こちらはヤスコ姫の客人で、ダンチという国からいらした……えっと……」
「瑞恵です」
「橋田です」
「瑞恵殿と、橋田殿だ。さきほど、世にも珍しい美味なるものをいただいた。そなたたちに、それを伝授くださるという」
それぞれの仕事に没頭していた料理人たちの視線が、瑞恵と橋田さんに釘づけになる。
「あら、料理を作る人は、みんな男の人なのね」
「瑞恵さん、本当ね。プロと趣味の料理は、ヘイアンキョウでも男が優勢なのかしら」
「では瑞恵殿、橋田殿。よろしくお願いいたしまする」
「ちょっとちょっと業平さん。あたしたち何にも分からないんだから。もうちょっと詳しく説明してよ」
「ほんとほんと。いくらイケメンだからって、それはないわよ」
「マダム・ミズエ、マダム・ハシダ! 業平殿に無理言うんじゃないよっ」
「ねえ業平さん。あなた、ヤスコちゃんの気を引きたいんでしょ。だったら、マヨネーズをつくってみなさいよ」
「瑞恵さんの言う通りよ。好きな人の心をつかむには、胃袋からよ」
「マヨネーズとはなんのことですか……私は、歌をつくるほうが得意なのだが……」
「業平さん、あんた若いんだから得意なことばっかりやっていちゃだめよ。歌だけじゃなくて、マヨネーズのひとつやふたつ作れなきゃ」
「そうそう。あたしたちがなんとかピーナツバターもどきを作るから。業平さんはマヨネーズ担当ね」
「卵と油とお酢を混ぜればいいから。大事なのは油をすこーしずつ加えて、よーく攪拌することね」
「瑞恵さん詳しいわね」
「普段からつくってるから」
「瑞恵殿。いま、卵、とおっしゃいましたか」
ヤスコ姫が、眉間にしわを寄せて瑞恵の着物の袖口を引く。
「ええ。たまご。ここにも、鶏か何か、鳥はいるわよね」
「鶏は時を知らせる大切なものです。殿方は、闘鶏にも興じます」
「よっしゃ。じゃあ卵は簡単に手に入るわね」
「なんて恐ろしいこと。食すのはだめです。神聖なものですから、罰が当たりますよ!」
「えええっ。そうなの!」
「瑞恵さん、まずはここに何があるのか見せてもらいましょうよ」
「そうね。卵の代わりになるもの……マヨネーズの質感と口当たりを再現する方法……」
瑞恵の頭が、異世界に召喚されて初めてフル回転で回り出した。




