20・お姫さま救出大作戦に文字通り一肌脱ぐおばちゃんの手際の悪さは吉とでるか凶と出るか。
ヘイアンキョウのお邸の物置に隠れている、言い寄る男から逃げてきたという十二単のお姫さま。
その目がぽかんと、瑞恵を見つめている。
お姫さまだけではない。
一緒にヘイアンキョウへやって来た、お隣の橋田さんも、4歳児のニコラですら、
(なに言ってんのこのおばちゃん?)
という目で瑞恵を見ている。
ぽかんではなく、ぷんすかしているのが若干一名。
いきなり瑞恵に「脱いでっ」と迫られた、マダム・フロリーヌである。
「おうおう、マダム・ミズエよう。その言葉は、あたしが元オペラ座の看板踊り子・フロリーヌと知ってのことかね」
「あらそうだったの! マダム・フロリーヌ、すごい!!」
「元踊り子って、本当に踊り子だったのねえ。あたしてっきり、異世界のジョブだと思っていたわ」
「異世界小説」に精通してきた橋田さんも、驚いて口を挟む。
「このあたしに脱げと? いったいいくら、積む気かね?」
「でも、踊り子マダム・フロリーヌは、パーティーから追放されたのよね」
「くうっ。マダム・ミズエ、古傷をえぐる気か」
「えぐる気もくすぐる気もないわよ。あたしが興味あるのは、今のあなただけだもの」
「ふ、ふううん。ちょっといいこと言うじゃないかい。で、なんだい。おばちゃんになった今のあたしに、脱げ、と」
「そうそう! さあ脱いで。そのからし色の紬と、お姫さまの十二単を交換するのよ」
「「「?」」」
「で、北側の通用口から脱出。通用口で見張っている従者も、お姫さまが庶民の着物を着ているとは思わないでしょ。顔を隠せば分からないわよ」
「なるほど。さすが瑞恵さん!」
「ミズエすごいねー。すじこあげようか?」
「すごいねーじゃない! さすがじゃない!」
盛り上がる橋田さんとニコラをぎっとにらみつけ、マダム・フロリーヌが声を荒らげる。
「あたしはどうなるんだい。お姫さまの身代わりになれってことかい」
「いや、十二単の中にいるのがおばちゃんだってわかったら、その男、あわてて逃げていくでしょう。大丈夫よ」
「「「うん、だいじょうぶ」」」
「きいぃ! あたしを誰だと思っているんだい。踊り子フロリーヌといえば、あらゆる男を虜にし……」
「はいはい、分かったから。それーーーー!」
「あれーーーーー!」
長襦袢姿になったマダム・フロリーヌが、へっくしょいと勇ましいくしゃみをする。
「でもこの十二単っていうのは、脱がすのも着せるのも大変そうね……」
マダム・フロリーヌの着物を剥いでから、瑞恵はハッとする。
「ご心配には及びませぬ。この着物は、ひもでしばっておりませぬ。重ねているだけですから。ちょっと私を、持ち上げてくださいまし」
お姫さまはすまし顔で、袖から腕を抜き、子供のようにばんざいする。
「分かったわ。せーの」
お姫さまの脇下に手を入れて、瑞恵と橋田さんが、その身体を持ち上げる。
「うわ、抜けたっ」
単衣姿のお姫さまが、すぽんと引っこ抜かれ、重ねた着物が小山のようにそっくり残された。
「芋ほりみたい……」
「『おおきなかぶ』みたい……」
驚く瑞恵と橋田さんをよそに、身軽になった単衣姿のお姫さまはうーんと伸びをし、肩をとんとん叩いている。
「ああ、重かった」
「じゃあお姫さまはこの紬に着替えてね。マダム・フロリーヌはこの、もぬけの殻に入るのよっ。せーのっ」
瑞恵と橋田さんは、今度はマダム・フロリーヌを持ち上げ、その体を十二単にすぽんとはめる。
身代わり作戦が整い、瑞恵が額の汗に手をやったとき、
「姫、いつまでお隠れになっているのですか。どうか出てきてください」
塗籠という名の物置の扉を叩く音と、切羽詰まった男の声がした。
「来たわっ。橋田さん、お姫さまとニコラを連れて、通用口からさり気なく出て行って」
「えっ。瑞恵さんはどうするのよ」
「ここに残るわ。マダム・フロリーヌと一緒に、後から行く」
「マダム・ミズエ……あんたってやつは……」
目頭を押さえるマダム・フロリーヌ。
「お姫さまに言い寄る男ってのを、この目でしっかり、見たいからね」
「?」
「十二単の中の人が、お姫さまじゃなくてマダム・フロリーヌだと分かったら、どんな反応するかしら! くっふふう、ざまあみろだわっ」
「そういうことかい。……感動して、損した」
「じゃあ瑞恵さん、あたしたち行くわね」
「橋田さん、よろしくね。あ、どこで落ち合う?」
どんどん、どん!
どどどど、どん!
「姫! もう待てませぬ。開けますぞ!!」
ひときわ大きな声がして、塗籠の戸が開けられた。




