『手を出したら殺しますよ』7
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この間まで真夏日が続いていたけど、最近は少しその日が減ってきて過ごし易い気温の日が増えてきた。
蒸し暑い日とちょっぴり涼しい日が交互に重なりながら、季節は移ろいでいく。
爽やかに騒いでいた緑の木々は、葉の色を落ち着かせ大人顔。街全体が次の季節、秋へと向かい始める。
「じゃあ、またね、……と」
メールの返信をして、携帯を床に置いた。
今日の昼間は、ここ最近で一番涼しく過ごし易かった。そのせいか、日付が変わろうとしているこの時間……心なしか肌寒い気も。
私は膝を抱えながら、寝室に何か羽織る物を取りに行こうか考えた。
(我慢出来ない感じじゃないから……。うん、大丈夫)
一人納得。私は膝を抱えたままホッと息をついた。
お世辞にも広いとは言えない玄関に、結構前からこうして座っている私。
時間の経過はあまり気にならない。朋絵とお喋りメールをしてたからだ。
でもちょっとお尻が痛いかな……。ラグとフローリングでは、やっぱりここにかかる負担が……ね。
床と同化しそうな程くっついていたお尻を左右交互にさすって、痛みを和らげた後、何回目かの確認作業。
勿論、確認の先はお尻じゃない。
耳を澄まして、ドアの向こう側へ。……見えない廊下を歩いて来るかもしれない気配を探す。
遠くから微かに救急車のサイレンが聞こえるだけで、目の前に目立つ音は無かった。
――結城さんはまだ帰宅しない。
家に帰ってからも、解決されなかった問題が気になって仕方ない。
あの後、男の子は無事に母親に会えたのかな?
帰り際の寂しそうな表情が、こうしてまだ胸をモヤモヤさせた。
結城さんが戻るまで藤本さんが男の子を見ててくれると言っていたけど、やっぱり自分も残っていれば良かった。
結局それはセツナちゃんに反対されてしまったけど。
(でもなあ……。一人だけさっさと帰るのも気が引けたんだよね)
こんな時間になっても結城さんは帰宅しないのだから、彼女の選択は決して間違っていなかった。
女の子が遅い時間に一人で帰るのは駄目、と歳上の人が注意するみたいにセツナちゃんは厳しい顔つきで言っていた。
零さんの件を若干引きずっている様にも見えた彼女の言葉。聞かないのも酷い話だ。だから私は大人しく、後の事をみんなに任せて帰ってきたのだ。
で、先述に戻り。
――任せたものの結果は気になる。
結城さんならそれを見届けるだろうからと、彼に詳細を聞くことにし、故に私はこうして結城さんの帰りを待ちわびている訳だ。
……中々帰って来ないから、すっかり待ちぼうけだけど。
「まさか……まだ会えてないとか?」
いい加減、あまりの遅さに痺れが……。想像はハッピーエンドから急降下をみせ、薄暗い舞台を覗き込む。
そんなことはない、零さんもいるのだから、と考えを修正させて。
(再会を祝してみんなで楽しく食事でも……なんて明るい方向になってればいいんだよね……。私一人蚊帳の外はちょっと切ないけど。いやいや、そんな事言っちゃ……)
むん、と切なさ隠して姿勢を改める。そこそこは存在ある胸を反らして。
――待ち望んだ気配を察したのは、その時だった。
コツン、コツン、とゆっくりな靴音が聞こえた……気がした。
私にしては頑張った瞬時の素早さで、ドアに張り付く。
……やっぱり。そうだ。
近付いてくる音はドアの向こうを通過していった。そして、少し進んで止まる。
続いて聞こえた、キン、と甲高い音は、鍵についたキーホルダーの音かな?
私はここで飛び付く様にドアを押し開けた。
「花音さん!?」
目を丸くさせ結城さんが声を飛ばす。
「ど、どうしたんですかっ」
凄く驚いたらしい。勢い余ってつんのめり、更には転がりかけた私を見て、
「何かあったんですか!?」
開いたドアの奥、私の部屋の中を気にしていた。……幽霊でも見たかのような顔をしてたのかな? 私は。そんなはずは無いのだけど。
「や、あの……ちょっと聞きたいことがあったもので……。あ! お帰りなさいっ」
慌てたもんだから話の順番が変だ。自分で自分に首を傾げた私に、結城さんは微かに微笑みを浮かべた後、頷く。
「昼間、店にいらしたんですよね」
そして、自分の部屋のドアを開け私を招き入れた。
「どうぞ。時間も遅いのでここでは迷惑になります」
「でも……」
「聞きたい事があるのでしょう? それとも、私が花音さんのお部屋にお邪魔しましょうか?」
「いえっ……! お、お邪魔します。鍵かけてきますので待ってて!」
ぶんぶんと首を振って、私は結城さんの提案を否定し、彼のお誘いに素直に応じる事にする。
恥ずかしい事をやらかしたすぐ後だ。さすがに「どうぞどうぞ」と部屋にお迎えする勇気は無い……。
私は大慌てで部屋に戻り、玄関に置いてある鍵を取る。
再び廊下に飛び出すと、結城さんはクスクスと笑いながら私を待っていてくれた。