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7―軍の役割

アルテンブルク王国軍の仕事は、人間と戦争することではない。

人間の国家の中には、自称悪魔と戦争中という国が多数あるのだが、実際に魔族の住む島に攻め入ろうとした軍隊はいとも簡単にあしらわれ、ここ千五百年ほど交戦の記録は無い。


彼らが戦う主な相手は、島から漏れ出てくる魔力である。

更に正確に近い表現をするなら、この島に封印された精霊界への(ゲート)から漏れてくる魔力に影響され、魔法を放ちながら動く物体と戦うのだ。


ここで重要になる封印について、公式の記録から読み取れる情報だけでは、その実態を把握するには不十分である。

更に、封印を管理する王家の掟なども詳細の秘匿を手伝い、一般市民の知りうることは極僅かである。


対して、封印にまつわる物語は、伝承として民間で語り継がれている。これはアルテンブルク王国建国物語として、魔族なら誰もが大筋を知るところであり、舞台芸術や文学作品の題材としても人気が高く、多種多様に描かれてきた。


物語のあらすじはこうである。


昔々、魔族の住むこの島がまだなく、ここが海だった頃。大陸には人間たちが国を作り、文明を築いていた。

ある時から、その大陸では、精霊と呼ばれる魔法を使う存在が姿を見せるようになる。

次第に精霊との交流は進んでいき、深く心を通わせた精霊と人間も見られた。そうなれば必然の運命とも言えるように、精霊と人間が結ばれ、その子孫が誕生するということが起きた。

それが、人間の身体と精霊の魔力を受け継いだ、魔族の祖である。


ある時、そうして子を設けた精霊の中に、人間からの裏切りに激怒し、彼の国を滅ぼした者がいた。

これを良しとしなかった精霊たちは、精霊界へ繋がる(ゲート)を永遠に封印することにした。

その門があるのが当時海の上だったこの地であり、封印時に魔力の影響で土地が隆起し、この島が出来上がった。


しかし封印は完全なものにはならず、未だ(ゲート)は開こうとして封印に抗っている。

この不完全な封印を補うために、空間を扱う魔力の供給が半永久的に必要となった。そして、空間魔法に長けた魔族が、封印の番人としてこの地に住むこととなる。彼を王として、人間界で迫害を受けていた魔族がこの地に集い、アルテンブルク王国が建国された。


これが、アルテンブルク王国建国の物語である。


さて、既に述べた通り、王国軍はこの不完全な封印による弊害が、民間に及ばないよう処理する役割を担っている。

問題となる魔力が漏れ出してくるのは、封印の中心となっている王都の北側にある無人の区域であり、基本的に彼らの戦闘対象はその近辺で発生する。


門から漏れ出してきた魔力は、まず大気中を彷徨う。

魔力は使用者なしに効果を発揮することはなく、この時点では漂っているだけである。

この魔力が相性の良い物体を見つけると、その中へ流れ込み魔核を形成する。


この魔核というのは生物における魂に近く、これを得た物質は意思を持った魔力の使用者となる。

それらは、正に生きているように動くのである。

生物との違いは、さしずめ食事や睡眠などの生命活動を必要しないことと、生殖機能がなく増えないこと、といったところであろうか。

これらの物体は、当然のことながら良識も分別も無いので、放置すれば民間に被害が及ぶ。


現在までの研究でわかっていることは、魔力が魔核を形成できるのは、無生物かつ固体であるということである。

魔力を宿すには特に石や金属との相性が良いらしく、その中でも水晶は群を抜いて適正があり、王国でも魔道具として軍用・医療用などに水晶の開発が進んでいる。


ここまで長々と述べてきたが、王国軍の仕事は、物体の魔核処理のみというわけではない。

書類契約上において、アルテンブルク王国に戦闘の必要が生じれば、彼らはいかなる相手とも戦わねばならない。

つまり、万能戦闘員である。





その日、夏の汗ばむ陽気にも負けず、アルテンブルク王国軍は動く大岩と戦っていた。


ミリヤムは、得意な稲妻の魔法を込めた長槍を掲げ、崖の上から一直線に灼熱の大岩目掛けて飛び降りた。するとこの大岩は、見た目に似合わぬ機敏さで動いて避けようとする。

大岩の通ったところに、炎の道ができる。こんなものに生き物がぶつかろうものなら、身体を焼かれてしまう。


「ギュンター!」


ギュンターと呼ばれた彼女の部下が、王家の血を引く証である空間魔法を発動させると、大岩は再びミリヤムの真下に引き戻される。


体重を乗せて振り下ろされた槍から電流が走り、大岩を真っ二つに割る。

地面に刺さった槍先を支点に器用に空中に留まったミリヤムは、大岩の核から声にならぬ叫びを感じ取った。仕留めた、という感覚である。

しかし、真下はまだ、炎の海だ。


ただでさえ暑い日に炎に煽られ、ミリヤムの美しく日焼けした肌を汗の粒が滑り落ちていく。

彼女は、紫色の拳大の水晶を懐から取り出して掲げる。それに向かって、壊れた魔核から魔力が流れていく気配がする。

王国が開発した魔水晶と呼ばれるそれは、未使用の魔力を回収するための道具である。


その間に、ギュンターが空間魔法で大量の砂を運んできて、炎を埋め尽す。

酸素を遮断された炎は、こうして物理的に消火された。


「よっと」


槍から降りてきたミリヤムは、ようやく大地――否、砂山に足を付けた。そして砂に半分以上埋もれた槍をばっさり引き抜き、ギュンターのほうへ歩み寄る。

涼し気な目元と薄い唇に微笑を湛え、ギュンターは手際の良い上司に賛辞を述べようとした――が。


「アーモンドだ」


汗ばんで乱れた白銀の長髪を鬱陶しそうに振り払いながら、ミリヤムが呟いた。


「は?」


ギュンターは秀麗な眉目に疑問の色を浮かべて、彼に似合わぬ間の抜けた声を発した。


「さっき食べたアーモンドが、歯に挟まってる」

「はあ」


反応に困りながら、ギュンターは周りを見回す。

大物は彼とミリヤムで仕留め終わっている。他の岩も、仲間があらかた片づけた様子だ。


自分よりも年下ながら、その実力といい、勇猛さといい、本質を見抜く性質といい、何より優れた判断力といい、ギュンターはこの上司を尊敬していた。

男顔負けの豪胆な振る舞いも、彼女らしい魅力として捉えている。

しかし、こういう場にそぐわぬ頓珍漢な発言を稀にするところは、玉に瑕であろうか。


「帰るか」


ニカッと、ミリヤムは太陽のように笑った。

その輝く白い歯列の間に、確かにアーモンドが挟まっていた。


「エルが帰ってたら、今度こそ例の奴を見せてもらうんだ」


例の奴、とは、女王の愛人という噂まで流れている、人間の少年のことだろう。

ギュンターにしてみれば、あの女王は愛人など囲えないほど潔癖で、そこが困ったところだと思うのだが。


ギュンター・グスタフ・シュレンドルフは、先王エアハルト・グスタフ・アルテンブルクの弟である。

つまり、エルフリーデ・ジルヴィア・アルテンブルクの叔父にあたる。


先王にとっては、かなり年の離れた弟であり、年齢の都合上王位を争うことも無かった。

また王家にとって重要な空間魔法の才能も申し訳程度にしかなかったため、王位継承権もエルフリーデの誕生と同時に放棄している。


彼は成人と共に公爵位を得て独立し、王国軍で中将の階級を得て、総帥のお守り役も果たしている。身分や血を鼻にかけることなく、仕事に勤勉に、他人に誠実に接することから人望が厚い。


線の細い中性的な顔立ちをしているためか、総帥の嫁などと陰で揶揄う輩もいるが、紛うことなき美男子である。貴公子という言葉を体現したような物腰柔らかな彼に、憧れる女性は多い。

母親似のエルフリーデとはあまり容姿に類似点は無く、共通するのは透き通るような白い肌と、すっきりと通った鼻梁くらいだろうか。

顎のあたりまで波打つダークブロンドの髪は柔らかく、涼し気な目元からライトグレーの瞳が覗き、薄い唇がすっきりとした印象を与える。


先王の治世では久しく王家との親密な関りを断っていたが、エルフリーデの治世になってからは、ミリヤムを通して何かと姪と関わるようになった。

無表情でいることの多い姪に対し、はじめは接し方がわからなかったが、男嫌いの姪が唯一の親類として懐いてくれているのだと、最近では感じ取れるようになった。


愛人と言う噂はガセだろうと思っている。

しかし、随分と特別な扱いをして気にかけていることは、事実のようだ。

ギュンターとしても、兄よりも歳の近い不器用な姪のことが、気にかからないわけがない。


「僕もご一緒してよろしいですか?」

「なんだ、ギュンターも気になるのか」


もう一度ニカッと、アーモンドを剥き出してミリヤムが笑った。

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