24―森に生える腕
ギュンターは、木々の間を縫うように進んでいた。
彼には、特別なものを視たり感じたりする能力は無い。
王族の血に受け継いだ空間属性の魔力は有用ではあるのだが、こういう場面では大して有利な属性でもなかった。
書き写した地図を片手に、魔道具で手元と足元を照らして歩を進める。
中性的な美貌の周りを、光に引き寄せられた羽虫が飛び回り、涼し気な目元から落とされる視線の先をいくつも横切った。
こうして灯りを手にしていては、自分の所在を周囲に知らせているようなものである。
けれど既に暗いこの時間、森の闇の中を進んでいくには、他にどうしようもなかった。
「情報によると、この地点には大木があるようですが…」
頼るべき勘など無い彼にとって、目印がその大木であるという情報だけが標だった。
冬枯れの木々に葉は少なく、草の背も低いとはいえ、それらを掻き分けて道無き道を行くのはそれだけでも神経をすり減らすものである。
何でもない鳥や虫の鳴き声までもが、彼を妙に心許ない気分にさせる。
何十本目か、あるいは百以上か。
押し退けた枝の余韻を物憂げに振り払い、ギュンターは嘆息する。
「魔法で粉砕するのは容易いでしょうが、森林伐採は環境破壊ですからね」
小さく独りごちた声は、ばきりと踏み折った既に地に落ちていた枝の断末魔に、呑み込まれて掻き消えた。
「それにしても、貯まった魔力の属性が“木”とは。こんな森の中では、空恐ろしいものがありますね」
ヨハネスの調査結果によると、この森に貯まった魔力属性は“木”である。
アルテンブルク王国では、木属性の魔力というものは自然には存在しない。
木というのは、生物の中で植物という分類の更に限定された括りでしかなく、魔の性質としても働きとしても、これは明らかに人為的に作られたものと見なすことができた。
ミカゲが陰陽師と名乗っていたこと、ギュンターたちがこの国に来てから聞きかじった陰陽五行説の五代元素と照らし合わせて、不自然に蓄積された魔力の属性が一致することを考えれば、作為的なものを感じざるを得ない。
「木属性の魔法など、見たことがありません。まさかとは思いますが、根っこが伸びてきて串刺しなんて真似は、やめていただきたいものです」
ここの森林がそんな素振りを見せようものなら、少々環境を壊すことになっても、ギュンターは自衛のために木の根を粉砕せざるを得ないだろう。
だがそれも、杞憂であった。
間もなく目当ての大木を見つけたギュンターは、警戒しながらそれに近づく。
呆気ないほどに何の障害も無くその根元に辿り着くかと思ったその時、何かに左足首を掴まれた。
「なっ!?」
魔道具で照らされた足元を、掴む手があった。
地面から人間のものらしき腕が生えている。
蹴り飛ばして逃れようと足を動かしたが、思いのほか強く掴まれていて容易には逃れられない。
目を凝らして観察すれば、その腕は土気色で生気がない。
そうこうしているうちに、右足首の近くにもう一本の腕がにょきりと生えてくるのを見た。
「生きていないなら…すみませんが」
両足首を生気の無い手に掴まれるかたちになったギュンターは、その手首に照準を定めて空間魔法を発動する。
彼の制御力では器用に剥がしてやることはできないので、手首あたりのみを粉砕した。
嫌な音がして骨と肉が砕けて千切れる。
血は出なかった。
千切られても尚、しばらくその指だけはギュンターの足首にしがみついていたが、やがて力尽きて土の上にぼとりと落ちた。
「…気味の悪い手ですね」
そう口にする間にも、また足元に腕が生え出してきた。
足元だけではない。
どこへ退避しようとその足首を捕まえようとするかのように、ギュンターのいる場所を中心に、まるで腕の畑であるかのようにみっちりと腕が並び生え、指先が皆、彼の足を求めるように大気を掻いている。
怪談話によく聞く亡者の手に似た様相であるが、これらの手は確かな実体を持っていた。
ギュンターは、わざとしばらくその手に足首を掴ませておき、観察した。
「…地面の下へ引き摺り込んだりしようとしているわけではなく、せいぜいこの場に僕の足を留めておくのが限界のようですね。そして…モデルでもいるのでしょうか。右手と左手の二種類があるのみで、皆同じかたちをしていますね」
これ以上ここに留まっても無駄であると判断したギュンターは、退避を決めて動き始める。
腕畑に道を作るように、外側から内側へ向って一筋、空間魔法で腕を破壊していった。
不思議なことに、同じ空間属性の魔力を発動しても、エルフリーデの時とは違い、ギュンターから発せられるのは透明がかった白――ライトグレーと言えなくもない、瞳に近い色の光である。
エルフリーデならこんな腕の群れは一瞬で塵に変えただろうが、ギュンターの魔力量と制御力なら、退避目的であればこのやり方が最も効率が良い。
最後にギュンターの足を掴んでいた二本の腕を、自分の足は避けて丁寧にその手首だけ砕いてやると、彼は拓いたばかりの道を歩き始めた。
両側から恨めしそうに揺れる腕の先で、その手指が彼の方へ向かって空を掻き毟るようにしていたが、そんなものにかけてやる情はない。
腕の群れから綺麗に抜け出したギュンターは、森の中を来た方向へ戻ろうと歩を進める。
いつもならば彼の前に当たり前のようにあった、白銀の長髪の揺れる後ろ姿がそこにないことが、妙に物寂しく感じた。
「早く帰りましょう。上手くすれば増援に回る余裕も――」
ふと、小麦色の肌をした精悍な顔立ちの青年が、彼女の肩に馴れ馴れしく腕を回す光景が脳裏を過る。
彼より早く彼女の元へ辿り着きたくて、ギュンターはあの琥珀色の瞳と、見つめた時に赤く染まった愛らしい頬を思い出した。
「――うっ!!!」
背後を取られたことに気づいていなかったと知った時には、遅かった。
瞠目した目元に自嘲を浮かべる間もなく、意識が落ちていく。
その直前、彼は自分の愚かしさに呆れた。
好きな女性のことを考えるのに夢中で、不覚を取るなんて――と。
ご愛読、お立ち寄りくださいまして、心より感謝申し上げます。
なんとこの物語、50pt達成しましたーーーーー!!!!!
ありがとうございますっ!!!!!
連載を始めた時の目標が40ptで、50いくと思って無かったです!!!!!
文字数書いてる割に夢も目標も小さいと思われてしまうかもしれませんが、お一人お一人読んでくださっていることがとてもとても嬉しいですっ!!!!!
こんなどこの誰だか分からない作者の長ったらしい物語、お付き合いくださる神&女神のような方はそうそういらっしゃらないだろうと思っておりましたので、感激なんですーーー!!!!
目に見える数字の何が嬉しいかと言えば、読んで頂けてると思ってるのが私の勘違いではないという、ひとつの証拠として励みになるのですっ!
勿論、ブクマなどのアクションがなくても、読んで下さっている全ての方に海より深く感謝致しております!!!!
今後とも楽しんで頂けるよう精進して参りますので、この先もお付き合い頂けましたら幸いです!!!
そういえば最近、女王様のお色気シーンを書いていませんね。
もしかして、それ目当てで読んでくださっていた方もいらっしゃったりするのでしょうか…?
また機を見てそのうち書きたいと思います。
あ……いらないですか?(笑)




