22―暴君の慈愛
夕刻、イヅノメ皇国の皇城、東の離れ棟。
卓上には、世界地図とイヅノメ皇国の地図が並べて置かれている。
それを囲んでいるのは、エルフリーデ、アルベルト、ミリヤム、ギュンター、ヨハネス、そしてトシツネの六人である。
「つまり、魔力が不自然に蓄積している点は五点。そのそれぞれに異なる属性の魔力が貯まっており、この五点を繋ぐ線上には地脈に沿わない魔水脈が張り巡らされています」
ヨハネスの調査結果をもとに、地図上に線が引かれている。
イヅノメ皇国の陸上に記された五点を繋ぐ不自然な魔水脈は、いわゆる五芒星を形作っている。
その一点に、ミカゲがエルフリーデを呼びつけたタマサキ山がある。
これを偶然と言うのは無理があるだろうというのが、彼らの見解であった。
「私とトシツネはタマサキ山の頂上へ向かわねばならない。ミカゲは皆を連れて来させたがっているようであったが、一箇所に戦力を固めてはもしもの時に動きが取れないだろう。皆それぞれに残り四点の調査と警戒に当たってほしいのだが――」
そう言ってエルフリーデは、臣下たちをタマサキ山を除く四点に割り振る配置を指示していく。
退魔連合軍への対処に戦力という戦力を持って行かれているため、また混乱を避けるため、彼女は数名の忠臣のみをミカゲへの対処に当たらせることにした。
「深追いは禁ずる。キルヒナー宰相に話は通してあるから、必要に応じて増援を呼ぶように」
連絡用、そして移動用の魔道具は既に配布済みである。
初めから人員を増やして臨めたならより良かったのだが、この増援の出どころはイヅノメ皇国で他に充てられた戦力にならざるを得ず、他所で必要なものを削って来るしかないので、必要に迫られるまでは増援を見合わせることにしたのだった。
「また、各地を行脚する屍についてだが、私が一体アルテンブルクへ連れ帰ってみたところ、骨と土に還った。土地に紐付けされた呪術と考えていいだろう。よって、本国から応援を呼び、既に調査に当たらせている」
エルフリーデはこの調査を、唯一のネクロマンサーの家系の生き残りであるテレーゼ・パウラ・ブリューゲル伯爵夫人に依頼し、生来情け深い彼女は異国の民が恐怖している現状を憐れみ、快くこれを引き受けた。
「次に、ミカゲについて。奴はやはり呪術師である可能性が極めて高い。陰陽師などと名乗ってはいたが、ここまでの情報を総合すると、所謂“陰陽五行思想”や“陰陽道”といったものに正しく基づいた占術を行っていたとは考えづらい」
『ここまでの情報』に含まれる大半は、臣下たちが舞踏会で聞き出してきた事柄である。
彼らは皇城勤めの者やその関係者から、ミカゲとその周囲に関する噂を聞き出すことに成功していた。
その中で、ミカゲが“予知”し実現したという事柄の多くは、呪術によって引き起こしうるように見え、ミカゲの自作自演と見て良さそうだというのが彼らの見解になったのである。
「奴の正体については、人間でも魔族でもなく、自らを紛い物と称したことから仮説を立てるとすると――」
エルフリーデがその点に触れたとき、彼女が西の離宮でのミカゲとの対話内容として既に語って聞かせたことを、臣下たちは思い出していた。
「魔族を模して造られた、人造人間…否、人造魔族とでも言うべきか。要は、人為的に造り出された生命体である可能性が高い。どのみち、呪術を使いこなす手腕からして、構造上は魔族に近いのであろう」
浮世離れした美貌の女王が、ふっくらとした薄紅色の唇の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。
聡い家臣らは、彼らが触れるに触れられなかった点に彼女が言及しようとしていることを、無言のうちに察して息を呑む。
「おそらく私の母上も、同じように造られたものなのであろう。ミカゲの意味深な挑発に乗ってやらずとも、それくらい察せられる。私の半分が造り物だと奴が発言した時点で、最早これは隠された秘密でも何でもない」
トシツネだけが、びくりと身体を跳ねて瞠目していた。
彼は他の家臣たちのように、特別聡いわけではない。
「青い瞳の呪いだの、人造人間だの、これらが暗示するものは全て、精霊エファ絡みの一件だ。母上から生まれた私がその生き写しのような容貌を持つことこそ、奴の言う“仕組まれた誕生”なのであろう。つまり、あの件は終わっていなかったということだ」
自嘲するでも気落ちするでもなく、己の出生に関する推測を語っていく女王。
臣下たちはそれを頼もしく思い、トシツネだけは拳を握りしめて俯いた。
「ミカゲの言から察するに、私は誰かの身代わりとして用意されたらしい。私がこの世から消えればミカゲも今回は手を引くかといえば、その可能性も無くはない。だが現段階において既に奴の言う“呪い”はこの国を覆い、この国の人間たちが人質に取られている。ここで奴の目論見を挫くのみに徹すれば、人質が助かる見込みは薄い」
その声色は温度もなく淡々としていた。
彼女の態度の全てが、エルフリーデに迷いがないことを示している。
「我が国だけのことを考えるのであれば、私を捨てて後は関わらぬという手もある。だが私は暴君であるが故に、守りたいもの全てを守るという方針を貫き通す」
毅然として彼女が振りかざすものは、果たして横暴であろうか。
「軍を私物化し、ここにいる皆を私兵扱いして好き放題に動かしていると言われれば、その通りだ。愚かと思うならば、この愚王を倒してあなたがたの手で新たな国家を築くが良い。私はあなたがたを信頼する。必要とあらば、背後からでも討て」
それは理解されづらい慈愛であり、全てを背負う覚悟ではなかろうか。
そう感じるからこそ、トシツネの胸には取り返しのつかないことをしたのかもしれないという後悔が広がっていく。
トシツネが足手纏いになろうがなるまいが、エルフリーデはこういう性質なのだ。
彼が別れを告げたことに意味などあったであろうかと、今更ながらに思う。
事の大きさと、自分の小ささに、彼はただその場に縮こまっていることしかできなかった。
「そろそろ行かねばなるまい。不測の事態に陥ったらまず、キルヒナー宰相に連絡して指示を仰げ。我らが宰相は優秀だ」
美貌の女王が席を立てば、トシツネはそれに続かねばならなかった。
アルベルトはエルフリーデのみに気遣わし気な視線を送り、トシツネのことはちらりとも見ない。
エルフリーデは人一人が通れる大きさに固有空間を開く。
そこへ入れという意味であるとわかっているトシツネは、迷いなくそちらへ歩を進めた。
「トシツネ」
小さく、エルフリーデが呼びかける。
振り向くと、この世のものとは思えないほどに美しい眼差しが、トシツネに向けられている。
微笑んではいなくても、それだけで彼の胸は反射的に喜びに震えてしまう。
やはりこの女性が愛おしいと、まるで罰のように、彼は何度でも自覚し直してしまうのだった。
「これを持っていろ」
差し出されたのは、手のひら大の円形の銀の板。
素材は金属であるようだった。
「これは盾だ。念じている間、お前の身体はあらゆる物理や魔法を弾く。相手にもよるが、合計で半刻くらいは持つだろう。お前の身を護るのに使え」
恭しく受け取りながら、トシツネは深く頷いた。
「武器は良いものを持っているな。それがお前の手にまだあるということは、いざという時アルベルトはお前を見捨てない」
トシツネは、彼に師として様々な教育を施してくれたアルベルトに、許されることはきっとないと思っている。
もしアルベルトがトシツネを見捨てない理由があるとすれば、それはきっと、エルフリーデのためだ。
「だから、安心しろ」
安心しろと言われても、心からは頷くことができなかった。
いつまでも守られるばかりであるという苦しみが、トシツネを苛み続ける。
もしも彼の願いが、本当にもう一度母国で生きていくことだったのであれば、こんなにも苦しくはなかったのであろう。
彼が本当は守りたくて、けれどできなくて無力感に押し潰されて手放した、唯一無二の愛しい女性は、彼を固有空間の中へ押し込み、女神のように彼に微笑みかけてそれを閉じた。
閉ざされた暗闇の中で、トシツネは思う。
母親が造り物だなんて言われて、エルフリーデは辛くないのだろうか。
半分が造り物だと言われ、その誕生が仕組まれていたと言われ、誰かの身代わりだと言われ、それでもどうして平気でいられるのだろうか。
もし平静を装って、彼女が黙って傷ついていたとして。
恋人だった頃の彼になら寄り添うことはできただろう。
しかしもう、何でもなくなってしまった彼に、できることなど無い。
無力感がまた、積み重なっていく。
トシツネは、何も出来ない、ただの人間だった。
エルフリーデばかりがひたすらしゃべっていますが、決してシカトされているわけではありません…!




