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15―退魔連合軍との開戦

「あなたは何も知らないと答えておけ。絶対に我々を庇うような発言をしてはならない。最低限の会話以外していないと答えろ。でないと最悪、拷問される恐れがある」


そう言い残して、魔族の女王はその女官の前から一瞬で消え失せた。

他の皆も、既に東の離れには見当たらない。

親切だった彼らが去ったその場所へ反乱軍が乱暴に押し入ってきたのは、それから一時間もしないうちであった。

女王の言った通りに伝えてじっとしていると、彼女はそれ以上追求されず、やがて無粋な訪問者たちは見張りを数名残して去っていった。


その時刻、既に諸外国からイヅノメ皇国が宣戦布告を受け、“退魔連合軍(たいまれんごうぐん)”と称する同盟軍が海軍を総動員し、イヅノメ皇国とアルテンブルク王国を包囲し初めていた。




―――――――――――――――




「本当に攻めて来よったわい」


白く豊かな長い髭と眉を潮風にたなびかせ、隠居中のはずの水晶職人ローマン・ゲーゲンバウアーは風魔法で宙に浮いて、近付いてくる連合軍の艦隊を待ち構えた。


「友よ、何故こんなところへ?」


その隣に浮いてそう問いかける初老の将校もまた、風魔法の使い手である。

彼は、居残り組のアルテンブルク王国軍総指揮官、オットー・ジークムント・ミュラー大将である。


「わしも久しぶりに暴れてやろうかと思うてのう」

「殺すなと厳命されている。それさえ守ってくれるなら、旧き戦友(とも)よ。久しぶりに共に戦おうではないか」

「ああ、戦友(とも)よ。かつては疾風のローマンと呼ばれたこのわしの最後の勇姿、お前さんの隣で華々しく見せ付けてやるわい」


曇り空の下、まだらな影を織り成すその雲より尚黒く、海は煌めきの底にその深さと恐ろしさを揺蕩わせている。

近づいて来る艦隊の数は、数えるほうが愚かなほどに多すぎる。

掲げられた国旗の種類は、ざっと十か。


獅子を彷彿とさせる眼窩から、オットーの鳶色の瞳が鋭い輝きを放って前を見据えている。

島国であるアルテンブルク王国は、全方位から他国の艦隊に囲まれている。

しかし焦る者は魔族の中にはいない。


「空軍、前へ」


朗々と響き渡る総司令官の指示は、風魔法で拡声されている。

進み出たのは、魔法で飛行や浮遊する生身の魔族たちである。

アルテンブルク王国空軍は、軍用機で飛び回る部隊ではない。

この世界においては、人間界でも空飛ぶ機体は開発されていない。


「海軍、砲撃用意」


海軍は艦隊を擁しているが、その砲とは人間たちが扱うような危険なものではない。

魔動水砲(まどうすいほう)と呼ばれるその武器は、水魔法によって海水の流れを制御するためのもので、砲身が水中に潜っている。


「一斉砲撃!」


アルテンブルク海軍が、一斉に魔動水砲を放つ。

人間側の艦隊からすると、アルテンブルク王国軍はまだ射程範囲に入ってもいない。

海がおかしな動きを見せ、連合軍は狼狽えた。

海面には大波が発生しているわけでもないのに、連合軍の艦隊が圧倒的な圧力で海水に押し戻される。


「空軍、援護!」


慌てた連合軍の一部は、誤っておかしな方向へ攻撃し味方を巻き込みかけたり、酷いものは操縦ミスでひっくり返りかけたりしている。


アルテンブルク空軍第一部隊が、まず誤って繰り出された砲撃や爆撃を魔法で遥か上空に弾き上げる。

そして、第二部隊が上空で待ち構え、冷気魔法でそれらを凍結する。

魚雷に関しても同様に、海面に風で素早く穴を開け、第一部隊が上へ弾き上げて第二部隊が凍結する。


人間側の動きを想定していた魔族たちはこれらをあまりに手早く処理したため、連合軍は気づけば距離を離されており、遠くに氷の塊が浮いていることすら目視できなかった。

凍らせたものは魔法で輸送され、アルテンブルク島の無人地区で待機している陸軍の処理班へと回される。


「水軍、空軍ともに前進」


これを繰り返して敵軍を遠ざけ、展開した軍の円周が自軍の統制が取れる限界手前まで広がれば、一気に最初の地点まで引く。

そうしているうちに、人間たちは魔族の国に攻め入ろうとすることが如何に無駄かを悟って、そのうち諦めていくという算段である。


幸い、先程の砲撃でひっくり返った連合軍の艦隊はなかった。

これがあった場合、救助してやらねばならないのだ。

アルテンブルク王国軍に課されたのは、殺さないで追い返すという最も面倒な指令である。


「水軍、砲撃用意」


しかし今回の場合、イヅノメ皇国への攻撃が続く限り、アルテンブルク国内の戦力をこちらへ抑え込むために、この無駄な進撃は止まない可能性が高い。

連合軍からして二国を同時攻撃しているのは、なるべく魔族の戦力がイヅノメ皇国の防衛に回らないようにするためなのであろうとは、戦闘に加わっている誰もが考えているところである。


「一斉砲撃!」


どちらにせよ、持久戦である。

全滅させろという命令ならば、魔族たちは容易くそれを遂行したであろうが、殺すな、救え、追い返せとは、お上の無茶振りに苦労させられるものである。


「空軍、援護」


誤射や誤爆は減ったが、今度は数隻の連合軍艦隊がひっくり返った。

空軍はそれを海面から三メートルほど上に浮かせて流れ込んだ海水を振り落とし、ぐるりと元の向きに戻してやる。

溺れた人間がいれば、それもひょいと甲板の上に引き上げる。


「おい、これってもしかして」

「殺さずに追い返せって命令されてるのか」


連合軍も流石に気づき始め、そんな囁きが飛び交っている。


「なあ、あいつら悪魔なんだよな?」

「ああ、でなきゃあんな魔法なんか使えるわけがない」

「でも、だったらどうして殺さないんだ」


連合軍の下士官たちは混乱し始めている。


「惑わされるな!何かの策に違いない!悪魔の罠に怯むな!」


上官の叱咤が飛び、連合軍は進軍を再開する。

しかしまた一段階、その島から遠ざけられるだけである。




―――――――――――――――



「空軍、前進!」


イヅノメ皇国で指揮を取っているのは、アルテンブルク王国軍総帥であるミリヤム・クラナッハ元帥である。

風魔法で拡声されたその指示は、皇国全土に響き渡っている。

イヅノメ皇国皇帝イヅノメ・クニシゲは、今回の宣戦布告を受け、防衛に徹するという判断を下した。

結びたての条約に従い、アルテンブルク王国軍はイヅノメ皇国の防衛に当たっているのだ。


イヅノメ皇国は島国とはいえ、東西に長い。

そして、両国間の距離の観点からもアルテンブルク王国軍海軍の配備は間に合わない。

今回彼らが用いるのは、移動の速い空軍のみで退魔連合軍から国土を守るため、防御系の魔法の使用者と、その移動を補助する主に風魔法の使用者で構成し、それを二部隊に分けて交替で前に出す作戦である。


「第一部隊、防壁展開!」


連合軍の艦隊が射程範囲内に入る直前、その指示が響き渡り、イヅノメ皇国全土を囲う魔防壁が築かれた。

飛んできた砲弾やら魚雷やらは、海上でも海中でもその壁に阻まれて一つとして通らない。


「第二部隊、防壁展開!続けて、第一部隊、防壁解除!」


壁の外からの攻撃が無駄であると悟った連合軍は、今度は壁の中へ艦隊を進めようとしてくる。

しかし、防壁がそれを阻む。


防衛目的ならば防御系魔法は本来最適の属性であるが、イヅノメとアルテンブルクとの二国ともをこの方法で守るには人数が足りない。

そこで防衛方法を二つ用意し、それぞれに割り振ったのだ。


「おい、晩飯はまだか。腹が減った」


繰り返しになるが、ミリヤムのこの声は皇国全土に響き渡っている。


「あと三十分ほどで食糧班が到着致します!」

「よし!皆、あと三十分で飯だ!もうちょっと頑張れ!」

「本当に戦闘中に召し上がるんですか!?」

「腹が減ってはなんとやらって言うだろう!」


この声に、この国の行く末を見守っている一般市民も、皇都で騒動を起こしている最中の反乱軍も、皆毒気を抜かれたことであろう。


食料含めた物資の運搬は、イヅノメ皇国側で担っている。

しかし今回、皇国軍のほとんどが皇都での反乱に加担しており、派遣されてきたのは一般からの有志だということだ。


この状況を予測していたアルテンブルク王国軍は、空軍配備時に海岸付近の村々に協力を呼び掛けて回っていた。

敵国に攻め込まれて真っ先に被害を受ける可能性があるのは、海岸から近い地域である。

戦闘終了後、協力した地域にはアルテンブルク王国から物資の補填を約束するという条件で、彼らは魔族への協力を承諾した。

魔族を信頼しているわけではないが、背に腹は代えられない。

誰だって生き延びることが第一なのである。


「第一部隊、防壁展開!第二部隊、防壁解除!」


二部隊に分けることで、疲労による昏倒や魔力切れを防いでいる。

連合軍のほうも、アルテンブルク王国とイヅノメ皇国の二国へ戦力を分散して投入している以上、こちらの防壁部隊が展開不可能になるほど長時間攻撃を続けることはできないだろう。


「おい、こんな指示、あたしじゃなくてもできる。そこのお前、代われよ」

「え、わたくしですか!?わたくしは少佐であります、こんな大きな戦闘で指揮権など…」

「総帥。退屈なのはわかりますが、無茶を言うものではありませんよ」

「ギュンター、お前やれよ」

「見てわかりませんか。僕は救助要員なので忙しいんです」


ギュンターは空間魔法を使い、倒れそうな艦隊を立て直してやったり、防壁の前で諸々の理由から海に落ちた人間を木の板などを動かして拾い上げてやったり、人命救助に奔走していた。

敵の命まで助ける魔族のやり方に、イヅノメ皇国側からは批判の声が殺到していたが、ここでたくさん殺せば今後長きに渡って禍根を残すことになり、長期的に見て戦争が長引く要因となると魔族側は説明した。


「仕方ないな!こんな誰でもできる作業、つまんないけどあたしが引き受けてやるよ!あー、来たって無駄なんだからさっさと帰りやがれっての!」


この声は皇国全土に響き渡り、当然そこを取り囲む艦隊にも聞こえている。

ミリヤムが意図したかどうかは別としても、これを聞いた連合軍の士気はダダ下がりであった。


「第二部隊、防壁展開!第一部隊、防壁解除!」

「食糧班、到着しました!」

「よし、エリアAでは第一部隊、飯!第二部隊は十分後交替したら飯!」


運ばれてきた海鮮丼を、ミリヤムは豪快に掻き込んだ。


「うんまいっ!おい、皆聞こえるか!この国の飯は最高だ!この飯を国ごと守れ!」


事実、イヅノメ皇国の料理は美味である。

この声が響き渡ると、アルテンブルク王国軍の士気は一気に上がり、皇国全土のイヅノメ人は緊張感を削がれて安心したり転んだりした。

そして、連合軍の中でイヅノメ皇国の料理を気に入っている者達は、更に士気が下がっていったようであった。

もっと派手な戦闘シーンを書きたかったのですが、人間相手に魔族がバンバン魔法を放つと滅ぼしてしまいますし…この部分に関しては試行錯誤の末穏やか目になりました。

もっと魅力的に書けるよう腕を上げたいものです。

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