12―兄弟の再会
出席したのは正式な式典ではなく、パーティーのみであったとはいえ、帰り際の彼らにはひたすらに疲労が滲んでいた。
特に、舞踏会で視線を交わし合っても踊ることのできなかった恋人たちや、普段絶対に見られないドレス姿の想い人を他の男に譲り続けねばならなかった二人の男たちは、それが顕著である。
会談もパーティーもきちんとこなした彼らは一応、予定としては後は帰るだけである。
しかし、近いうちにこの国では反乱が起き、どこぞから宣戦布告をされるであろうという不吉な予測をしている彼らは、せっかく結んだ条約が無駄にならないようにするため、まだまだこの国のことに首を突っ込む気でいる。
現状で居座る大義名分は無いので、当面はエルフリーデがお忍びで転移してきて、様子を見るというかたちをとるつもりだ。
その夜はまた、皇城の東にある例の棟で休み、明日ここを出発することになっている。
彼らは女官の案内で、来た時同様の複雑で面倒な道順を辿っていた。
この頃になるとこの女官はすっかり彼らと打ち解け、トシツネと軽口交じりの談笑を交わしてエルフリーデの嫉妬を誘うほどであった。
「…お前、トシツネか?」
声がかけられたのは、夜の暗闇に数歩先も見えない回廊の途中で、一人の男とすれ違いかけた時である。
「兄さん!?」
彼らは全員足を止め、この二人の様子に見入った。
感動の再会かと思いきや、“兄さん”と呼ばれた男は少しも嬉しそうな表情を見せない。
「兄さん、皇城勤めになったんだね」
その服装と腰の刀、そしてこんな時間に回廊を歩いていくところを見ると、警備の者であろうと察せられた。
焦げ茶色の瞳、焦げ茶色の髪。
トシツネがもう少し歳を取ったら、こんな風に成長するであろうか。
彼らは非常によく似ていた。
「お前、どうして、そんな…」
睨むようにして、彼はトシツネとその周囲にいる魔族たちを見る。
「『どうしてそんな奴らとつるんでいるんだ』、とでも言いたそうだな」
そこへ、エルフリーデが口を挟んだ。
「兄上殿は良い目をしていて、わかりやすい。出会ったばかりの頃のトシツネを思い出す」
絶世の美貌を持つ女王は、慈しむような響きでその言葉を発し、昔を懐かしむように優しく目を細めた。
目の前の男がきつく睨めば睨むほど、彼女の表情は柔らかくなっていく。
「…兄上殿などと、呼ばれる筋の者ではないはずですが」
怖じもせず、本来ならば最上級の礼をとらねばならない異国の女王に、この男は敵意を向けた。
それが愉快で仕方ないのか、エルフリーデはますます嬉しそうにする。
「私は一応、あなたがたの皇帝陛下の客人なのだが。はて、そのように睨まれるようなことを、しただろうか」
トシツネに兄と呼ばれた男は、口を開きかけて閉じた。
言いたいことはあったのであろうが、それを口にすれば首が跳ぶ立場なのだ。
今こうしていることも、エルフリーデが不敬だとして皇帝に報告すれば、彼に未来は無いだろう。
「『とぼけるな悪魔』と、目が言っているぞ。あなたは真っ直ぐで素直だな。そういう人間は美しくて、壊れやすい」
声を立てず上品に笑いながら、エルフリーデは優しい目で彼を見続けた。
トシツネは、困ったように二人の間に視線を彷徨わせる。
「あ、あの…。兄さん、陛下はぼくを助けてくださった恩人で…」
「お前までか!誇りを捨てたか!」
トシツネに向かって、その兄は声を荒げた。
そして弟の肩を強引に引き寄せて、耳元で声を抑えて囁く。
「見た目の美しさに惑わされているだけだ。目を覚ませ」
するとトシツネは、兄を押し返してきっと睨んだ。
「誇りならある。わたしは陛下の臣下だ!」
よく似た顔の兄は瞠目する。
そして、ほとんど憎しみに近い色を滲ませて、その弟を睨めつけた。
「いつだ」
急に真剣な声でエルフリーデが問いかける。
「…何のことですか」
まだ薄く紅が引かれたままの美しい唇が、不敵に笑む。
「宣戦布告と同時と見ている。規模は皇都全土といったところか。地方までは押さえていないだろう」
兄の顔に動揺が走る。
「参加するのであろう?」
答えない彼のその目が、肯定してしまっている。
「兄上殿のご無事を祈っている」
エルフリーデが歩き出した。
それは、もう行くという意思表示であり、臣下たちはそれに従うしかない。
トシツネだけが、歩きかけてもう一度振り返った。
彼の兄は苦々し気に、女王一行が去っていく闇の方向を睨み続けていた。
「陛下、兄が申し訳ありません」
兄と分かり合えないところに立ってしまった。
その重みに、苦しさに胸を痛めながら、トシツネは主君に謝罪する。
「あれは愉快だった。兄弟揃って大物だな、お前たちは」
エルフリーデは、そんなトシツネの心境がわからないでもないのか、憐れみと慈しみを混ぜたような眼差しを向ける。
「あの、参加するというのは…」
嫌な予感を抱えつつ、トシツネは問う。
「勿論、反乱のことだ」
女王は突然、精霊言語に切り替えて答えた。
案内役の女官に理解させないためだ。
「心配するな、守ってやろう。お前の大切な兄なのであろう?」
「…はい。ありがとうございます」
心配するなと、主君は言う。
けれど底知れぬ不安が、トシツネの胸に広がっていく。
「お前の兄に限らず、なるべく死者を出さないようにするつもりだ。まあ…人間同士で殺し合われては、そうもいかぬかもしれんがな」
美しい横顔を、月の光が照らし出す。
「お前の兄くらいは、守ってやれるだろう」
そこに表情はなくとも、その女性の中に満ちている慈愛を、トシツネは知っている。
「名は、何というのだ?」
横顔が振り向いて、青い瞳の輝きがトシツネに注がれる。
「兄さんの、ですか?」
「ああ」
「ハルツネです」
何故そんなことを尋ねるのかと、トシツネは疑問に思う。
「歳は?」
「わたしの五つ上の二十三です」
端正過ぎる眉目が、愉快気に笑んだ。
「あれは良い男だ。私の臣下に欲しいくらいだ」
その言葉を聞いて、先程とは別の痛みがトシツネの胸に広がった。
愚かだとは思う。けれどトシツネは、そんな言葉を向けられた兄に嫉妬して、不安になった。
「昔から…兄さんのほうが、格好良いって。女の子がよく言ってました」
兄弟とはそうして比べられることもあるのかと、それを持たないエルフリーデは単純に思う。
そして少し間をあけて、不安にさせたかと思い至って、こんなことを言いだしたトシツネが愛おしくなった。
「…私にとっては、お前が世界で一番良い男だ」
ばっと顔を上げたトシツネは、頬を染めて喜んだ。
そうこうしているうちに、ここ数日の滞在場所となっている東の離れに着く。
疲れ切った彼らは、集めた情報の交換は翌日ということにして、慣れ始めた布団という寝具に潜り込み、深い眠りについた。
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「ミカゲ、結果は出たか?」
「…はい。つい先程出たところです」
夜も更けきっているというのに、クニシゲはミカゲを呼びつけて占わせた。
この若き皇帝は、あの美しい女王の姿ばかりが脳裏に浮かんで、眠ることも他の何をすることもできなくなっていた。
以前ミカゲは、あの女王に関して気になる占術結果をクニシゲに伝えていた。
“仕組まれた誕生”“掛け違えた運命”というものである。
ならば本来の運命の相手とは誰だったのか。
それは自分だったのではないかと期待をしたクニシゲは、その都合の良い想像が当たっているか否か気になって、仕方がなくなった。
そして、思い付きのままにミカゲを呼び寄せて、彼女の運命の相手について占わせることにしたのである。
「正しい運命の相手は、五色の星の巡りを支配する者」
意味深なその言葉の意味を、しかしクニシゲは理解することができず、苛立った。
「どういうことだ。もう少しわかりやすく言ってくれ」
ミカゲの口元からは、いつものように表情は読み取れない。
「…今のところ占術では、ここまでしか。しかし、それが支配者を指すということは、確かです」
「そうか」
クニシゲは、満足気に微笑んだ。
支配者ならば。
皇帝である自分の可能性があるではないか。
少なくとも、ただの子爵ではない。
「ご苦労であった。下がってよいぞ」
声も無く礼をして、ミカゲは音も発てず部屋を辞していく。
クニシゲは、あの青い瞳の美しい女のことばかりを思い出しながら、その夜心地良い眠りについた。
あの清廉にして妖艶な唯一無二の女は、他でもない皇帝である自分のものになるべきなのだと、そう思う心地良さに浸りながら。
いきなり兄上殿って呼ばれたら、それはびっくりしますよね…。




