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1―来航パニック

人間界とは一線を画して暮らす魔族の国、単一種族国家アルテンブルク王国は、島国である。

十一月の始め、その島の南側にあるほとんど使われていない港へ、他国の船が来航した。

アルテンブルク王国第十三代国王エルフリーデ・ジルヴィア・アルテンブルクの元へ、使者が遣わされてきたのである。


その事実は、知らせを受けた女王の美しい(まなこ)をたっぷり一分間は瞠目させ、彼女の最も近くにいる臣下たちを驚愕と混乱に陥れ、王宮は勿論のこと、王都へそして国中へと噂が広がれば、とんでもない大騒ぎとなった。


戦争目的でなく、訪問目的で人間がこの島に訪れるのは、建国以来初めてのことだ。

女王が攫ってきた――もとい、保護という形で連れてきたトシツネを除いては。

しかもその使者はなんと、女王の溺愛する恋人トシツネの故郷、イヅノメ皇国から訪れたのだという。


愛しい恋人が堂々と故郷の土を踏めるようにするため、これから侵略――もとい外交に力を入れようと考えていた女王エルフリーデにとって、これは願ってもない好機であった。

臣下たちにとっても、女王が侵略を始める前に平和的解決への糸口を運んできたように見える今回の訪問は、好意的に受け止められた。


この頃、魔族たちは人間というものに対する考えを改めつつあった。

以前は、勝手に魔族を悪魔と決めつけ、何だかんだと濡れ衣を着せては誹る人間というものを、良く思っている魔族は少なかった。

しかし、つい数ヶ月前、女王の愛人と噂された人間の少年が、この国および女王を命がけで救ったというニュースが、国中を駆け巡った。

この話が、尾ひれ背びれをつけて感動的に語られていくうち、巷では人間と心を通わすということを題材とした演劇や小説が流行り、あれよあれよと人間ブームが到来したのである。


人間たちは、魔族のことを悪魔だと思って恐れている。

好戦的で残忍な生き物だと、聞かされて育つのだ。

実際の魔族というものは、精霊と人間との混血の末裔であり、魔法が使え、寿命が人間より五倍ほど長いだけなのであるが。

そんなことを知りようもないくらいに、この二千年以上関わりなく歴史を築いてきたこの二種族間である。

普通、人間は魔族に怯える。


訪れた使者の一行も、港で発見された時はかなり怯えた様子で、中には震えていた者もいたという。

しかし、彼らを見つけた魔族たちは、彼らの母語を流暢に話し、礼儀正しく丁寧に接した。

その上、船旅で疲れ切った彼らを労い、怪我人や病人はいないかと優しく問い、食料や薬の心配をした。

女王に謁見をしたいのだと告げれば、送迎まで申し出るといった親切ぶり。

人間を初めて見たその魔族たちは、好奇心から彼らに構いたくてたまらなかったのだが、そんなこととは気づかぬ人間たちのほうでは、この手厚さに面食らった。


「俺の風魔法で、王宮までひとっ飛びだ」

「いやいや、この季節にそれは寒すぎる。ぼくの炎力車(えんりきしゃ)で送りましょう。炎魔法で動かせる燃料要らずの優れものでね」

「こらこら、あなたたち!人間の皆さんが怯えてるじゃないの。魔法は無しでお送りするのよ!さあさあ、お荷物もあるようですし、うちの幌馬車を何台かお貸ししましょう」


使者たちは、最後の申し出を有難く受けた。

幌馬車から街中の風景を見ていると、魔族と人間たちとの暮らしはほとんど変わらないように思えた。要所要所に魔法の気配がすることを除けば、であるが。

一行が無事に王宮へ到着するまで、案内役を買って出た魔族は食べ物に飲み物になんだかんだと世話を焼く。

彼らはこの島へ送り出された時、死刑宣告であると覚悟したというのに、拍子抜けどころではなかった。

妙に気になったのは、幌馬車の速度がやけに速いことくらいである。

そこに何らかの魔法が使われているのだとしても、彼らにはもう恐怖はなかった。


早朝に発見された彼らは、日が暮れる前に王宮へ辿り着くことができた。

人間界からの使者ということで大騒ぎになったのだが、彼らはほとんど賓客扱いで手厚くもてなされた。

女王は彼らにすぐに会いたがったのだが、まずは旅の疲れを癒してもらうべきとの従者の助言を容れて、正式な謁見の予定は翌日にし、最上級の客室を割り当てて、晩餐に招待するようにと命じた。


使者たちの側でも、大混乱の様相を呈した。

わけのわからないくらい上等な部屋に通され、召使いに世話を焼かれ、謁見の前夜に国王自らが彼らを晩餐に招待したいのだという。

ここは恐ろしい魔王城だと聞かされて育った彼らは、いったい何の罠かと疑って怯えを再発したりもした。


晩餐の席に案内されると、そこには絶世の美女がいた。

白く滑らかな肌、艶やかな長い黒髪、すっきりと気品を湛えた鼻梁、ふっくらとした薄紅色の唇、整い過ぎた眉目に、何より吸い込まれそうに深く青い瞳。

柔らかな曲線美を損なうことなく引き締まった肢体に、緻密なレースをあしらった漆黒のドレスを優雅に着こなしている。

その美女が、この国の王だと名乗るのだから、彼らの驚愕は計り知れない。

魔王といえば、目が吊り上がって角の生えた大男だと思っていたのだから。


極めつけは、彼女が照れながら紹介したその恋人である。

彼は人間の少年である上に、使者たちの国の出身だというではないか。

しかも、この国で何かの功績を立てたとかで、子爵位も賜っているという。

一体何がどうなっているのやら、豪勢な食事の味も碌にわからないくらいに、何もかもが混乱を極めた。


「私はこのトシツネのために、イヅノメ皇国との国交を正常化したいと思っていたところなのだ。今回は良い知らせを持ってきてくれたものと思うが…いや、もしそうでなくとも、是非ともあなたたちにそちらの皇帝に上手く取り成してほしい」


建国以来二千年。外交というものを必要としなかった国の女王の手探りの交渉は、少しばかり稚拙である。

しかし、全員が男性である使者たちにとって、長旅の末に辿り着いた地でこれほどの美女にお願い事をされるというのは、それだけで参ってしまいそうなものがあった。

こんな美女に何故愛されているのかわからないような平凡な少年が恋人として隣にいなければ、彼らはもっとめろめろに魅了されていたかもしれない。


そう、この絶世の美女の恋人だというのに、その少年はどこからどう見ても、平凡の代名詞なのである。

焦げ茶色の瞳に同色の髪、整ってはいるが地味な顔立ち。

こんな紹介のされ方をせず、彼らの国で出会っていたら、何の印象にも残らなかっただろう。

給仕をしている女王の従者というのが、淡い金髪に赤い瞳の理知的な美青年で、この少年より余程華やかで美しいので、余計に使者たちは少年が溺愛されていることが解せなかった。


女王はその晩餐の席で散々のろけつつ、如何にイヅノメ皇国と仲良くしたいか熱く語り、そして彼らの国の文化や生活について執拗に知りたがった。

その全てが、彼女がいかにこの少年を愛しているかということを物語っていた。


翌日は予定通り謁見が行われ、書状の受け渡しやら貢物の献上やら、彼らの仕事は滞りなく進んだ。

夜は国を挙げての来航記念パーティーなるものが催され、王宮の庭を解放して国中の者たちを招待客とし、豪勢な食事が振る舞われた。

使者たちはその場で、建国以来二千年初めての客人として紹介され、喝采を浴びて歓迎された。

こんなことは予想だにしていなかった彼らは、眩暈がしそうであった。


数日間の滞在の後、たんまりと土産まで持たされた使者たちは、再び皇国へ帰って行くことになった。

アルテンブルク側は、魔法を使った輸送機で船より早く送り届けようと申し出たのであるが、魔法に対しての恐怖はまだ拭えなかった彼らは、丁重に断った。


さて、そんな使者たちがもたらした、肝心のその中身とは。

ひとつは二国間での会談の申し込み。

そしてもうひとつは、一か月後に予定される、イヅノメ皇国第五十二第皇帝の即位記念パーティーへの招待状である。

本編の第二編、『呪縛編 』の連載を始めたいと思います。

このシリーズをご愛読下さっている皆様に、心より感謝申し上げます。


しばらくは一日一回投稿の予定です。

引き続きお付き合い頂けますと幸いです。

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