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45―魂の在り処

窓の外を、ワルツを踊るように枯れ葉が舞っている。

それを見てギュンターは、やはりふざけていると思った。


彼の今日一日は全くもってふざけている。

作戦のために自分の血を上司に分け与えることになり、手を切ろうとすれば止められ、ケツを出せと言われたことに始まり。

主君の身体を乗っ取った精霊には、想い人と子作りしろと命ぜられて、二人きりで監禁され。

そんな敵対していたはずの精霊と、少年の身体の中にいる主君は、目の前で和気藹々と会話しているのだ。

信じられないことに、少年の魂はその身体の中におさまったままのようで、彼の主君と身体を共有しているのだという。


応接室へ入ると、気の利く従者が既にミリヤムとギュンターの分も、紅茶と菓子を用意していた。

当然のごとく、銘々が好きな席へ着いていく。

言われなくとも色々と察するのが得意なミリヤムと違い、ギュンターはこの状況にすぐには順応できない。

アルベルトもまた、赤い瞳に戸惑いを残しているのを見て、常識派の女王の叔父は少しだけ安堵した。


「――そういうわけで、トシツネの身体を二人で共有している。エファは私の身体にいる。魔力は体内で生成するものであるから、トシツネの中にいる私には魔法は使えず、私の魔法をエファが使える。更に、エファは核ごと魂を私の身体に移動させたことにより、もともとエファのものである魔力も使える。ここまでで、質問はあるか?」


現在の身体の状態について、少年の口を借りて一通りの説明を済ませた女王が、その場の全員を順に見据える。

慌ただしい説明ではあったが、エルフリーデの身体を借りたエファが最強の魔王になった、ということは全員が理解した。

ミリヤムが手を挙げた。


「その核っていうのがいまいちピンと来ないんだけど。とりあえず、新しい身体に入ったエファは自分の魔法が使えただろ。あれはどういう仕組みだったんだ?」


これに答えようと口を開いたのは、エファである。


「わらわたち精霊の身体は本来、核と思念で成り立っている。思念世界においてこの核は魂に等しく、それは世界を漂う魔力を引き寄せて集め、自分のものとして保っておく役割も果たす。しかしこの物質の世界では、(ことわり)が違う。わらわはこの世界で肉体を得た時、その核を肉体へ埋め込むことで、そこへ魂を得、また肉体を魔力を生成する器官とした」


理の違う異世界から移り住む。

何故そうなるのか、などと考え始めればきりのない原理が、そこにはある。

わかるようでわからないような話である。


「つまり、わらわという存在の根幹は核にある。この核の一部でも適切なかたちの器へ移すことができれば、それはわらわとして機能するのだ。新たな身体へは、石の身体から核を一部移した。そして、ヴィンフリートがわらわからちょくちょく抜き取っておったらしいわらわの魔力を、すぐに使えるよう新たな身体へ注ぎ込んだのだ」

「そんなことを、どうやって?」


問いかけたのは、アルベルトである。


「ヴィンフリートの奴の技よ。奴の父は他でもない、肉体の製造を手掛ける職人であり、この世界へ移り住んだすべての精霊の肉体の作者なのだ。人造人間(ホムンクルス)の製造にも成功したという噂があった。ヴィンフリートはおそらく、父から何らかの技術を受け継いでおる。しかし、わらわは具体的に奴が何をどうしたのか知らぬ」


皆が深刻な表情を浮かべる。

つまり、ヴィンフリートの助力無しには、一部を移したというエファの核を元に戻すことはできないのであろうか。


「お前たちの問題は、エルフリーデをどうやってこちらへ戻すかというほうではないのか?」


涼しい顔で紅茶を啜っていたトシツネ――もといエルフリーデが、その視線をエファへ向けた。


「核の一部を抜き出されても、封印の依り代としてのわらわは充分機能しており、あちらにもわらわとしての意識がある。つまり、わらわはこの抜き出した核を失っても、大した痛手を負わぬということじゃ。わらわの意識、つまり記憶もあちらと共有している以上、ここにおるわらわは殺してしまっても構わぬ」


自分の一部を、殺してしまっても構わないと来るとは。

物質世界に住む魔族にとっては、異界人(エイリアン)の発想は突拍子もないものに感じられた。


「しかし、わらわがここから出ていったとしても、エルフリーデは戻る術を知らぬのであろう?」


少年の首が頷く。その中身はエルフリーデである。


「そもそも、どうやってエファ様は陛下の身体へ、陛下はトシツネ殿の身体へ入ったのですか?」


ギュンターが問いかける。


「私は、エファと私の瞳の色が全く同じであることに注目していた。これがどうやって仕組まれたことかまではわからないが、偶然ではないと思ったのだ。そして、同じ色の瞳を持つ者の身体を乗っ取る呪術というものに関する記述を見つけた」


深い青。

エルフリーデもエファも、確かに同じ色の瞳をしていたのを、皆が覚えている。


「見つけたのは、私ではなくご隠居なのだがな。水晶は、誰かの魔力を宿す時、その瞳の色と近いものが適性を示すであろう?属性によらず、瞳の色だということが、以前から気になっていたのだ。そこでご隠居に相談した。この件は話せば長くなるから、またの機会にしよう」


あの老職人は、不平を鳴らしながらも、いつも手を貸してくれる。

そのことに、皆が感謝していた。


「話を戻す。この呪術の手順について話す」


興味深げに、女王の臣下たちは耳を傾ける。


「正しく調合した液体の表面に、自分の血で魔法陣を描き、それをかき混ぜながら熱して沸騰させた後、冷まして点眼する。そうすれば、瞳の奥に魔法陣が宿る。次に、身体を乗っ取りたい相手と目を合わせた状態で、相手の名を唱える。すると、その身体へ自分の魂が入り込み、相手の魂はその奥へ押し込まれる」


日常生活においては魔法で事足りる彼らには、呪術はあまり馴染みがないものだ。

その手法は胡散臭くも聞こえるが、実際に他人の身体に乗り移った者が目の前にいては、信じざるを得ない。


「例え相手に意識が残っていても、瞳の表層部にいる魂が優位となり、その身体は新しく入ったほうの魂に支配される。これで乗っ取りが完了となる」

「けど、そいつ乗っ取られてないぞ」


そいつ、と、エルフリーデが入っているトシツネの身体を指して、ミリヤムが指摘する。


「ああ。トシツネについては、どうも例外のようだな。私にとってもこうなることは想定外だった」

「それはお前、瞳の色が違う時点で、例外中の例外よ」


エファが口を挟む。


「この呪術は本来、瞳の色が同じ者にしか使えぬ。知らぬ者も多いが、この世界において魂は瞳に宿る。そして魂は光のかたちをとって存在する。瞳の色が同じということは、つまりは同色の光を受け入れるということ」


呪術が栄えたのは、まだ精霊がこの世界に姿を見せていた頃と言われている。

エファはここにいる他の者達より、そういった理や呪術に造詣が深いようだ。


「違う色の瞳では、相手の魂など受け入れぬのが自然のこと。無理にそれを捻じ曲げようとしても、異物として排出しようとするはずなのだ。お前、何故こ奴の身体へ入れるなどと、信じて疑いもしなかったのだ?」


心底信じられないといった調子で、エファがエルフリーデに問う。


「トシツネの瞳には、トシツネの魂が宿っているだろう。私に真なる忠誠を誓った臣下の魂が、私の魂を拒絶するはずがないのだ。私がそれを拒絶しないのと同じようにな」


これには、この場にいる臣下全員の胸が熱くなった。


「まあ、トシツネの場合、最終的には私に背いた挙句、臣下の誇りなど捨てるとまで言ったがな」


当てつけのように、トシツネの身体のままでエルフリーデは紅茶を飲み干す。

二人の間に何があったかは、この場では問う者はいなかった。

空になったカップへ、アルベルトが気配も無く紅茶を注ぎ入れる。


「ふむ。わらわには、忠誠なるものが如何に強い絆かはわからぬが。その理論ならばわかったぞ。お前たちの魂は、どちらかが表層から抑え込むというかたちをとっておらぬのだ。互いを拒絶も支配もせず、互いの同意でその位置を決めている。だから、お前が譲ればこ奴が出てきて、こ奴が譲ればお前が出てくる」


それは、なかなかに納得のいく話だった。


「もともとの陛下の魂の色が陛下の瞳の色と適合しているのであれば、同じ呪術で難なく戻れるのでは?」


ギュンターが疑問を口にする。


「問題は二点ある。そのひとつとして、こ奴の場合、少々相手が悪いと言わざるを得ない」


エファが答える。


「こ奴の目は、焦げ茶色のかなり暗い色をしておる。その中のエルフリーデの魂にとって、この焦げ茶色はフィルターとなっており、移動先の瞳からすれば本来の色として見えぬ。そして、こ奴らの瞳がほぼ反対色であることを考えると、最悪の相性であると言える。全く、何故一度成功したのか、わらわには解せぬ」


呆れを孕んだ声で、それでいて微笑まし気に、エファは語る。


「ふたつ目の問題は、この呪術には相手の名が必要だということじゃ。それは本来、魂への呼びかけなのだ。エルフリーデ本人の魂が戻ろうにも、呼びかけ先に魂がいないと、この呪術は成立しない。今ならば、わらわの名を用いれば良いのかもしれぬが――」


険しい表情で、エファは続ける。


「この呪術の本来の形は、相手の魂を抑えつけて出て来られないようにするというもの。この本来の形で呪術が成功すれば、わらわの魂がエルフリーデの奥に残ったままになる。別にわらわは困りはせぬが、これはもともと、理を曲げる類の呪術であるからな。長くその状態を続ければ、身体への負担が大きい」

「それはつまり、エルが早死にするってことか?」


ミリヤムの問いに、エファが頷く。


「この世の理に従うならば、ひとつの身体にひとつの魂が、原則なのだ」

「では、今こうしている間にも、私はトシツネの寿命を縮めているということか?」


エルフリーデがトシツネの口を借りて焦ったような声を発する。

突如、トシツネの身体が立ち上がり、エルフリーデの身体の肩へ手をかけた。


「今すぐ戻る。そちらへ入れてくれ。トシツネはもともと人間なのだ。命を縮めるなど――」

「まあ落ち着け。お前たちは例外じゃ。身体への負担というのは、魂がその権限を取り合うことでかかるものなのだ。例え抑え込まれていても、奥にいる魂は常に肉体への権限を欲して働きかけるのが自然の状態であるからな。しかし、お前たちの場合は闘争も反発も無い。これは負担の無い状態と考えていい」


トシツネの中で、エルフリーデは安堵する。

彼の中の彼女は、ソファへ腰掛け直した。


「その状態である限り、片方が嫌がる行動は極力避けることじゃな。わらわの喉に切っ先を向けていた時や、紅茶に手を伸ばすなどという下らない場面で引っ張り合いをしていた時のような、あれが負担のかかっている状態だと思っておけばいい」


少年の手は、紅茶から勢いよく離れた。


「なら、なるべく早く戻らねばならない。このままでは、トシツネは用を足すことも風呂に入ることも嫌がる」


そのエルフリーデの懸念に、ぷっとミリヤムが噴き出した。


「笑い事ではありませんよ、クラナッハ総帥。男というものには、女性に隠したいあれこれがございますから」


トシツネへの憐れみを込めてアルベルトが言うと、ミリヤムは肩を震わせて余計に笑い出した。


「本当に笑いごとではないのだ。私は、トシツネの寿命を奪うなどということには耐えられない」


エルフリーデこそ死のうとしていたのに、と口にしたいのを、アルベルトは堪えた。


「では、試してみるか?わらわとも、この身体を共有できるかどうか。わらわの意識が表層へ出てくることができるのであれば、わらわがここから出ていく方法は探しようがある」

この世界の人の瞳には、どれだけ奥行があるのでしょうね。

そこは異世界のことなので、ご想像にお任せします。

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