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37―残りの記憶

昨日エファが突如現れた、その会議室に再び同じ面子が集まっている。

アルベルトが女王の言いつけ通り早めに招集をかけ、彼とトシツネと女王で話した内容は既に共有済みである。


窓の外では、今にも熔け落ちそうな夕陽が、王宮の庭を朱く照らし出している。

その色を美しいと感じていたつい先日までと違い、今日の緊迫したこの場では、その朱は誰の目にも不吉に映った。

ここは王宮の一角、どこよりも守られていたはずのその領域に、敵が容易に侵入してきたのだ。

彼らが受けた精神的打撃は大きかった。


そんな中、女王が優雅に姿を現す。

その歩く姿、立ち姿には気品と余裕が溢れ、臣下たちの拭い去れなかった怯えを取り除いていく。

彼女の存在そのものが、この場の全員を宥める力があるのだと、皆が感じていた。

また、昨夜以来その姿を見ていなかった者たちにとっては、彼女の無事と変わりない威厳が、心からの安堵をもたらした。


「皆、よく集まってくれた。既にアルベルトから聞いていると思うが、私は昨日、意図せずエファの片腕を捥ぎ取った。それにより、あちらからの接触はしばらく無いと考えていい。その代わりに、奴の逆鱗に触れたことによる暴走を、警戒せねばならなくなった」


凛と気高く、透き通った声が響く。

青い瞳が深く、一人一人を見据える。


「エファが記憶水晶を破壊していかなかったことは幸運だ。今日中に残りを検め、情報の整理を済ませたい。皆疲れていると思うが、共に我が国を守るため、最速で体制を整えるために手を貸してくれ」


そこにあるのは、女王としての彼女の顔。

そしてその瞳には、この場にいる全員に対する、揺らぐことない信頼の光が宿っている。故に誰もが迷いなく、自然と深く頷いた。


「では、早速これから、残る水晶の検めを一気に行う」


六本の手が、八という数字の貼られた黒色の水晶に伸ばされる。




―――――――――――――――




何も無い島。

船がたくさん訪れては、人が増えていく。


最も恐れていた男が、今は最も傍にいる。

血に塗れた様な赤色の髪、蛇の様な鋭い眼窩から覗く白い瞳、漆黒の正装を纏った男の名は、ヴィンフリート。


彼以外に知っている誰かはここにはいない。

そのために、彼が保護者のように傍にいるようになった。

親切に面倒を見られているとはいえ、この男への恐怖はまだ拭えない。


この後彼が、演説をするらしい。

その時隣にいるようにと、言われている。


「緊張していますか?」


白い瞳が見下ろし、問いかけてくる。

首を縦に振った。


「大丈夫ですよ。話は全部、わたくしからしますから」


何とも言えない嫌な予感と、不安が胸に渦巻いた。

けれど、だからといって何をしていいかもわからない。

ただ無力に、もう一度首を縦に振った。


今日、自分は王になるらしい。

ヴィンフリートを含めた何人かの大人たちで話し合って、そう決めたらしい。

封印を維持するために、空間属性の魔力をママの身体に流し込まなければならず、この血を絶やさないために、王家というかたちで確実に血を繋ぐのだという。


大勢の人が集まってくる。

皆がヴィンフリートと、その隣にいる自分を見ている。


人々に囲まれて、彼らが待つ気配を漂わせ始めた頃。

ヴィンフリートが口を開いた。


「お集まりの同胞の皆様、わたくしはこの場で皆様とお会いできることを、心より嬉しく思い、感謝致します。

ここにいる皆様は、我々の意志に賛同して、この島への移住を決意してくださった皆様かと存じます。

ここには様々な方がいらっしゃるでしょう。人間界で迫害を受けてきた方、親に捨てられた方、今回の門の封印により身寄りを失くした方、または我々の新たな未来のためにこれまでの居場所を捨ててきてくださった方。皆様の数だけ、皆様の歩んできたこれまでの生涯があることでしょう。

そんな全てを経て、我々はここに同じ志を持って集うことが叶いました。今日この日を境に、我々魔族は苦楽を共にし、新たな未来を築いていくのです。

それでは、お待ちかねの我らが王をご紹介しましょう」


ヴィンフリートに、前に出るように促される。

恐る恐る歩を進めると、大勢の視線が全て集まって来た。


「彼こそが、ディートリヒ・アルテンブルク陛下。我らが王となり、この国を治めるお方です」


歓声と喝采が響く。

その全てが自分に向けられている。


足がすくむ。

何故こんなことになっているのか、よくわからない。


「陛下、打ち合わせ通りに」


小声でヴィンフリートに言われる。


膝をついて、頭を少し下げると、ヴィンフリートが頭に重いものを乗せてきた。

打ち合わせをしたから知っている。これは王冠だ。


その時、一際大きな歓声と喝采が割れんばかりに巻き起こった。


「わたくしヴィンフリートはここに、摂政として国王に代わり、アルテンブルク王国の建国を宣言致します」


歓声と喝采が鳴り止まない。

頭が痛い。

頭が、割れてしまいそうだ。




―――――――――――――――




続けて、九という数字の貼られた水晶に、皆が手を伸ばした。




―――――――――――――――




「洞窟に行くの?」

「ええ、そうですよ、陛下」


ヴィンフリートに陛下と呼ばれるようになった。

いつでもどこでも丁寧に扱われる。

そのことに、慣れない。


「何するの?」

「血の契約です。あなたのおばあ様がおっしゃったんでしょう?洞窟には、あなたの子孫以外入れないようにしなさいと」


こくりと頷く。

そのことは、この前ヴィンフリートに話した。


たくさんの人々がこの島にいて、自分ひとりではどうしていいかわからなかった。

知っている人が他にいないから、ヴィンフリートに相談するしかなかった。


二人で、ママのいる洞窟へ向かって歩いている。

もうすぐママに会えると思うと、この世でそれだけが嬉しいことに思えた。


「さあ、わたくしの魔法で、あなたの子孫しかここに入れないようにしてあげますから。血を一滴、ここに垂らしてください」


そう言ってヴィンフリートが差し出したのは、奇妙な魔法陣が描かれた羊皮紙だった。


「さあ」


ヴィンフリートは、小さなナイフを差し出した。

血を出すために、これでどこか切れということだろうか。


「大きな傷をつける必要はありません。指先をほんの少しだけ、ほら」


ヴィンフリートがナイフを指に近づけてきた。

薬指に刃を当てられ、それを僅かに滑らせると、ぷつっと赤い血の玉が出てきた。


「それをこの紙の中央へ」


言われるままに、薬指を紙の中央へ置いた。

そこへ血がしみ込んでいく。


「では陛下、この紙を持ってお母上に会いに行ってください。わたくしはここで、洞窟に魔法をかけていますから」


言いながら、ヴィンフリートにランタンを手渡された。

反対の手に羊皮紙を握る。


洞窟の中は暗い。

その一本道を、ランタンの灯を頼りに進んでく。

不気味な生き物がいそうな雰囲気なのに、ここには何もいない。

奥にママがいる。それだけを知っている。


しばらく歩いて、ママのところへ辿り着いた。


「ママ!」


ランタンと羊皮紙を地面に置いて、ママの身体に抱き着いた。

相変わらず、冷たい石だった。


涙が零れてくる。

柔らかく微笑んで、優しい声で呼んで、抱きしめ返してほしいのに。

ママはもう動けない。


その時、背後で妙な気配がした。

ぐわんと、洞窟全体が唸ったような気がする。

振り返ると、持ってきた羊皮紙が無くなっていた。


気味が悪くて、怖くて、ママの身体にしがみつきながら、しばらく羊皮紙があった場所を凝視していた。

もう、何の気配も無い。


ランタンを拾い上げて帰路につく。

すると、来た時は無かった分かれ道ができていた。

壁面に苔が生えている。光る苔だ。これも、来た時には無かった。


怖い。何が起こったんだろう。怖い。

小走りで先を急いだ。不思議と道はわかった。


光が見える。出口だ。

夢中でそこへ駆けて行った。


「おかえりなさい、陛下」


肩で息をする。

ヴィンフリートがそこにいた。


「成功のようですね」


にやりと、悪魔のような笑みを浮かべているのが見えた。

やはり、ヴィンフリートは怖い。


「あとは、王家の掟を作れば完璧です。陛下のお母上のいるこの場所が誰にも荒らされないように、わたくしが決まりを作って差し上げます」


嫌な感じがする。

でも、子供の自分にはひとりでは何もできない。

だから、こくりと頷いた。




―――――――――――――――




「では、まとめに入りたい」


検晶チームの報告にあった“見るべき水晶”を、彼らは全て見終わった。

報告によると、これより後の記憶は初代国王が成長してからのもので、今回の件に関する大きな手がかりとはならないようだ。


「皆も気づいたと思うが、初代国王の記憶からは非常に重要なことがわかる。それは、このヴィンフリートという男の存在に関することだ」


全員が頷く。


「彼は間違いなくエファをそそのかし、裏で糸を引いている」


エルフリーデは淡々と話し続ける。


「依り代であるエファに空間属性の魔力を注ぐ必要がある、というのはヴィンフリートの作り話だ。精霊の説明ではエファを守るようにとしか言われていない。にもかかわらずこれまで封印が緩んできたのは、ヴィンフリートが何らかの目的のために、エファの魔力を少しずつ抜きとっていたからだろう」


女王の美貌には何の表情も浮かんでいない。


「血の契約というもので、洞窟に王族しか入れない仕掛けを施したのもヴィンフリート。そして、王家の掟は初代国王ではなくヴィンフリートが作ったものだ」


凛とした声が、温度も無く告げていく。


「さらに言うなら、彼が使っているのは魔法ではない。魔法陣を用い、契約などというものを交わすのは、呪術の類だ。純粋な魔法はその使用に道具を必要としない。唯一彼が道具を使わずに使って見せた魔法は、透視と遠視だ」


臣下たちはその透き通った声に耳を傾け、同調するように理解していく。


「ここからは推測になるが。エファは新しい身体を得て今動いている。これには、身体を造った協力者が必要だ。そしてヴィンフリートは、アルテンブルク王国建国に積極的に関与し、初代国王の摂政となってからも策謀を巡らせている。これらが示唆することは――」


主君の言わんとすることは、臣下たちにも、もうわかっている。


「彼が今も生きて、エファの陰で糸を引いている可能性がある、ということだ。そして、この仮説を採用するなら、エファの身体を用意したのも彼であると考えられる」


つまり、今回の黒幕もヴィンフリートだとすれば。

彼らが立ち向かっている危機は、二千年前から企てられていたことなのだ。


「身体を作り、核を宿す力があれば、二千年という時を生きながらえていてもおかしくない。そうであれば、我々の敵はエファだけではない。我々は彼が人間を滅ぼそうとし、それが叶わなかった過去を見ている。つまりこれは、この国のというよりは、人間界を含む世界の危機だ」


そう告げた女王が、一度白い瞼を閉じ、そしてもう一度開く。

深い青がその場にいる全員を見据えていく。


「私に策がある。しかしその全てをこの場で打ち明けることはできない」


その場の空気が僅かに動いた。それは、主君の真意をほんの刹那、汲み取り損ねた気配だったろうか。


「私は、皆を信じている。だから、信じて隠す」


だがその言葉の後、しんと静まり返った会議室に、揺らぐ気配はひとつもなかった。


「私を信じてほしい」


皆が真っすぐに澄んだ視線を女王に向け、深く頷いた。


彼らにはわかる。

時には主君のために主君をたばかり、必要とあらば隠匿すべきことを背負い、そうしてお互いに信じあえる彼らには。

そこに確かな絆があるからこそ、隠し事を宣言した主君についていけるのだ。



それからエルフリーデは、今後の全員の細かい動きと、準備物などを指示した。

その意図を追及する無粋な輩はここにはいない。

皆が同じ覚悟で、主君の策に従うのみである。

ちょっと強引な進め方になりましたが、ようやく山場が近づきました。

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