32―隠し続けた悪夢
R15…残酷描写注意
窓の外には夕闇の庭園、散り始めた枯れ葉が時折風に舞う。
会議室には楕円のテーブルと、それを囲む六人の姿。
六本の手と黒色の水晶。
八、という数字を六色の瞳が見つめていた時。
「覗き見とは、趣味の悪い連中じゃ」
突如、可憐な少女の声がした。
一斉に振り返り、席を立った。
エルフリーデとトシツネは、この声に聞き覚えがある。
「エファ!」
女王がそう叫んだと同時に、ミリヤム、ギュンター、オットーが反射的に前に出る。
アルベルトは主君を庇う様に、彼女の半歩前で盾になる。
そしてエルフリーデは、トシツネを庇う様に自身の背後へ立たせた。
長い栗色の巻き毛、深い青の瞳、瑞々しい肌を輝かせた華奢な愛らしい少女が、会議室の後方、並べられた黒色の水晶の前に浮いていた。
転移して現れたのであろう。
「趣味が悪いだけでなく、己の力量も知らぬ愚か者ばかりと来たか。お前たちではわらわの相手にはならぬぞ。唯一その女を除いてはな」
クスクスと、少女はあどけなく笑う。
「アルベルト、トシツネを頼む」
そう言ってエルフリーデが、静かに踏み出す。
「いけません、危険です!」
そのギュンターの制止は聞き入れられなかった。
女王は優雅に歩を進め、誰よりもエファに近づいた。
「何をしに来た?」
凛と気高い声が、怖じもせず響く。
「苦戦しておるのを見かねてな。小僧一人をものにするのに、いつまでかかっておる?」
幼気な容貌に似合わず、少女は馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「余計なお世話だ」
表情の無いエルフリーデの美貌が、真っすぐに少女を見据える。
深い青の視線が交差する。
「そ奴はお前を好いておろうに?」
しばし、その真意を探るように、女王の瞳が少女を見つめた。
「私が受け取ったのは忠誠だ。卑しい好意ではない」
温度の無い声で、女王は告げる。
「卑しいとな?それを求めておるくせに?」
値踏みするように、少女が女王を覗き込む。
「そうだ。それが何だ」
毅然と、表情も温度も崩さないままの声で女王が答える。
「ふははははははは!同感だ!卑しいとも!それでも欲するのであろう?女に生まれた呪い故に!」
薄い腹を抱えて少女が笑う。
その声が部屋中に響き渡る。
「そんなことを言いに来たのか。招いた覚えはないのだが」
帰れと言いたげに、女王が冷淡に言い放つ。
「ほお?わらわ相手に強気じゃな。わかっておろう?わらわには、その後ろの者たちをこの場で引き裂くこともできる」
「ああ。私にもお前を引き裂くことができる」
少女の顔から表情が消えた。
「何故そうせぬ?」
「同時に魔力を発動されては、全てを庇い切れないからだ」
「わらわへの攻撃を控えておれば、わらわの攻撃からは仲間を庇えると?」
沈黙が流れた。
深い青の視線がお互いを射るようにしたまま、時が止まったように動かない。
他の誰も何も言わず、動けなかった。
「お前の空間にでも匿えばよかろうに。わらわには見えておるぞ」
女王の気配が変わった。
それは動揺というよりは、恐怖に近い。
「そこに何を隠しておる?」
恐ろしいほどに静かな沈黙が漂った。
それはたったの五秒ほどだったかもしれないが、永遠とも思えるほどに重苦しかった。
「答えてやる義理はない」
やっとそう言った女王の声が、僅かながら掠れていた。
「よい、足掻くがよい。わらわはその俗悪をこそ愛でてやろう」
冷酷な微笑みを浮かべて、少女は一瞬トシツネのほうへ視線を向けた。
「器は定着してきておる。この身をいつでもどこへでも運べるくらにはな。今は待ってやっておるが、限度があることを覚えておくのだな」
前触れもなく、膨大な青い光が女王と少女から湧き上がった。
目が眩んで、その場の全員が何が起こったのかわからなかった。
気づけばトシツネの足元に、ごろりと黒色の水晶がひとつ零れ落ちていた。
少女の姿はもう無い。
エルフリーデは足元から崩れ落ちた。
咄嗟にミリヤムがそれを支え、後から駆け付けたアルベルトが抱き上げる。
「陛下!ご無事ですか、陛下!」
「大丈夫、気を失ってるだけだ」
皆がそちらを見ていた。
そのため、床に転がる黒色の一粒をトシツネが即座に拾い上げたことに、気づくのが遅れた。
―――――――――――――――
鏡の前に立っている。
艶やかな黒髪、白く滑らかな肌、すっきりとした鼻梁に青い瞳。
神の手による完璧な芸術かと思うほどに美しい、少女の姿が映っていた。
青いドレスに銀の髪留め、銀のハイヒール。
隙の無い正装を確認して、扉を開けて外に出た。
長い回廊を淡々と歩く。
この先にあるものが気の進まないものだという感覚だけが、胸にわだかまっている。
やがて大きな両開きの扉の前に立つ。
扉の前の護衛に声をかけると、彼らが扉を開いた。
そこは王の寝室だった。
高い天井、大きな窓、豪奢な家具が配置された広すぎる室内。
天蓋付きの大きな寝台から、影が現れる。
「父上、エルフリーデが参りました。このような夜更けに、いかなご用向きでしょうか」
現れた影――父、エアハルト・グスタフ・アルテンブルクが、凍るような金の瞳で尊大に見下ろしている。
青白いほどに白い肌、冷たく通った鼻梁、酷薄な印象を与える薄い唇。
伸ばしたダークブロンドの髪は波打ち、腰より長い。
「我が娘、エルフリーデよ。こちらへ来るがいい」
ぞっとするほどに冷たく、低い声が響く。
「はい」
凛と真っすぐ、怖じることなく銀色の靴を前へ進める。
しかしその内心では、言い様のない不安と不快感が渦巻いている。
「エルフリーデ。お前は母に似て美しく育った。そして、もう子を孕むに充分な齢だ」
少女の全身にぞわりと悪寒が走る。
これから起こることへの恐怖に、足がすくみそうになる。
「エルフリーデ」
骨ばった手で顎を掬われる。
びくり、と思わず身構える。
薄い隈が縁どる眼窩から、金色の鋭い光が少女を捉えている。
「お前がどれほどのものか、試してやる」
次の瞬間、寝台の脇に置かれていたバスタブのようなものの中へ投げ込まれた。
そこには、得体の知れない金色の液体が張られている。
ぼちゃりと全身を浸され、息ができなくなる。
その液体が触れた身体中が焼けるように熱い。
やがてその熱は体内を侵食し始め、細胞という細胞がのたうつような痛みと苦しみに苛まれた。
悲鳴も出なかった。
必死に藻掻いて、そこから這い上がろうとする。
「まだだ」
冷酷な声が響いて、金色の液体の中へ押し戻される。
身体が、内側から四方八方へ引き裂かれそうに痛い。
苦しみに身を捩ろうにも、どこにも逃げ場はない。
「ほう。やはりこれでも、生きているか。お前の母を除いては、ここから生きて出た女はいなかったというのにな」
地獄の苦しみの中で、母を――肖像画の中の、美しい面影を想う。
少女の母は、少女を産んですぐに他界したと聞かされていた。
黒い髪、白い肌、青い瞳。
その肖像画の女性は、似ても似つかぬ父などより余程、はっきりと少女と酷似していた。
母の死後、父は何度か新しく后を娶ったが、誰もが三日と持たずに行方不明になっていた。
その理由が今、よくわかった。
焼かれる、裂かれる――激痛に感覚器がおかしくなりながら、少女は尚もそこから這い上がろうとした。
淵を掴もうにも痺れて何も感じ取れない手で、それでも壁面を掻き毟るように手をかける場所を探り出し、必死にそこにしがみついた。
ふっと、責め苦から解放された。
逃れ出たのだ。
高い天井を見上げて息をする。
生きている、と思った。
そして、衣服が乾いていることに気づく。
あの液体から逃れた。
安堵が広がりかけた。
しかし――。
視界に、おぞましい笑いを浮かべた父の顔が現れる。
「素晴らしい。流石余の娘だ。お前の母ですら、引き上げてやらねばそこから上がってはこられなかったというのにな」
「ちち…うえ…」
爛々と、金の瞳が狂喜に輝く。
「驚いたな。口も利けるのか。大したものだ。それでこそ――」
骨ばった腕に抱き上げられた。不快感が全身を駆け抜ける。
「余の妻に相応しい」
何を言っているのだ、この父は。
娘に向かって、何を――。
どさり、と、寝台に下ろされた。
身体の感覚がまだ戻らない。
逃げようにも動けない。
「余は、極上の女しか抱かぬ」
酷薄な声が響く。
骨ばった手で、衣服を破りながら乱暴に剥ぎ取られる。
金色の瞳が見下ろす。
その眼窩から向けられる視線が、おぞましく少女の全身を這う。
「まだ未熟だが充分に美しい。いずれお前の母のように――いや、それ以上に、申し分なく成熟した女になろう」
覆いかぶさる影から、骨ばった手が伸びてくる。
嫌だ。怖い。嫌だ、嫌だ、嫌だ――。
「あ――あ――あ――!」
持てる限りの魔力を叩きつけていた。
視界に映る空間をバラバラに、滅茶苦茶に裂いていた。
べちゃり、べちゃりと嫌な音がする。眼前に降ってくる、赤い血と肉と骨――。
破片になった父の身体が寝台の上に散らばった。
裸にされた少女の柔らかな白い肌の上にも、その肉片がいくつも重力で叩きつけられてグチャリと付着した。
身体が震える。
力が入らない。
助けを求めるように、残る力を振り絞って、首を回す。
すると、父だったモノのうち、中心が金色に光る粒が、すぐ脇から少女の青い瞳を真っすぐ直視しているのが目に入った。
「いやあああああああああ!」
R15に含まれる残酷描写ってどこからどこまでか、悩める素人です。
かなり自重したつもりなのですが、ちょっと気持ち悪かったらごめんなさい。




