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25―非常識な差し入れ

記憶水晶の中身を検め、その内容を書き記し、時系列準に整理する役目を与えられたのは、今回のために編成された“検晶チーム”と名付けられた四名であった。

水晶を検めその記録をする目的で組織された彼らにこう命名したのは、自作水晶に毎度ド直球な名前を付ける、かの老職人である。


様々な分野の学者で構成された彼らがわざわざ集められたのは、いずれ史実として水晶の記録を一般公開することを見越して、彼らに各分野への橋渡しをさせ、その後の研究を円滑に進めようという意図があってのことである。


現段階ではこの中身そのものが国家機密であり、ここで知り得た内容を許可なくどこかへ漏らそうものなら、文字通り首が飛ぶ。

そんな極秘情報を直接“見る”ことを許されるという、特別な職権を賜った彼らだが、初代国王の記憶をいかにして水晶に取り込ませたかは知らされていない。


「歴史の真実が、ついに明かされる時が来たのです…!」


妙に興奮して挑んでいるのは、中年の歴史学者、ライムント・ノルドハイム男爵である。


「我々は、記録にも無い過去の目撃者、歴史の証人として選ばれたのです!」


彼は、銀縁の四角い眼鏡の奥から緑色の瞳を輝かせ、血色の悪い白い頬に笑みを浮かべている。

ひょろりと背が高く不健康なほどに痩せ型、そしていかにも一日中室内に籠っていそうな印象を与える彼は、何日前に着替えたかもよくわからないよれたシャツをずっと着ている。

ボサボサに絡み合った黄土色の髪と、同じ色の無精ひげが、整えられる日を待ち焦がれているようだ。


「お前、その前に風呂、入ってこいよ」


同じく男爵位を有する中年の魔法学者、エグモント・ライヒェンが、清潔感溢れる小洒落た出で立ちで指摘する。

彼は中背中肉、狐色の髪と同じ色の瞳、そして吊り上がった細長い目の形から、まさに狐っぽい印象を与える人物である。


「あら。勤務時間中の入浴なんて、許される訳がないわ」


化学者のエッダ・シュテーデル子爵令嬢が、肩まで伸びた胡桃色のふんわりとした髪を払いながら、正論と言わんばかりに空色の瞳で睨みつけた。

年齢不詳の彼女の肌のハリ艶は長年衰えを知らず、大きな目に小ぶりの鼻や口がかわいらしく、美少女と言っても通るような顔立ちのまま長い年月変わらぬ容貌を保っている。


彼らの会話には加わらず、小麦色の健康的な肌を輝かせた青年は、黙々と仕事に取り掛かる準備を整えていた。

平民で地理学者の、ヨハネス・デューラーである。

短く刈り上げた墨色の髪は若々しく、虎を彷彿とさせる力強く鋭い目つきの奥から、山吹色の瞳が覗いている。


「彼を見習うべきよ。私達、重要な役割を頂いているのよ」

「そんなことは皆わかってるだろ」

「仕方ありませんよ。シュテーデル子爵令嬢は年下好きで有名ですからね。彼を褒めて口説いてでもいるつもりなんでしょう」

「馬鹿じゃないの?これだから下種な男って嫌なのよ」


話しながらも、三人はそれぞれに作業を始める。


「だいたい彼には、いい感じの幼馴染がいるじゃない」


小さな口をさらに小さくすぼめて、エッダは可愛らしく不機嫌を表す。


「お、噂をすれば」


狐色の瞳の先に、ドアをノックして入って来た人物がいた。


「おーい、ヨハネス!差し入れ持ってきてやったぞ!」


酒瓶を手に、ニカッと笑う白銀の長髪の豪胆な美女――王国軍総帥にして公爵位を持つ、ミリヤム・クラナッハが立っていた。


「馬鹿かお前、それは酒だろう。俺は仕事中だ」


ヨハネスが初めて口を開く。


「これは果実酒だから、ジュースなんだ!」


馬鹿か、と呟きながら、ヨハネスは無視して仕事を続けようとする。


「おーい、無視かよー」


無視なのである。


「そこのお前、一杯どうだ?血行が良くなるぞ」


ミリヤムはライムントに近づき、よれたシャツの肩口にポンッと手を乗せる。


「そ、そ、某の守備範囲からは逸脱しているのでありまして、だいたい爵位の差がこれ問題でありますからして――っ!」


明らかに挙動不審になったライムントは、無駄に眼鏡を上げる仕草を繰り返している。


「なんだお前、熱でもあるのか?」


ぐいっと、下から顔を覗き込んだミリヤムに、


「ひっ!」


という悲鳴を上げて、ライムントは仰け反った。


「おい、ミリヤム」


ヨハネスが呼ぶ。


「その酒はもらってやるから、帰ってくれ。仕事の邪魔だ」

「幼馴染だってのに、冷たいよなーお前。友達失くしても知らないぞ」


ドンッと、ヨハネスの仕事机に酒瓶を置きながら、ミリヤムは不平を鳴らす。


「あれ、いいのか?仮にも公爵夫人にあんな態度」


エグモントがエッダに小声で話しかける。


「いいんじゃないの?逆玉狙いってやつなんでしょ」


その時、丁寧にドアをノックする音が響いた。


「どうぞ」


エッダの声に了承を得ると、ドアが開いた。


「皆さん、お仕事中失礼致します」


ダークブロンドの波打つ髪とライトグレーの瞳の貴公子、物腰柔らかな中性的な顔立ちの美青年――王国軍中将であり、公爵位を持ち女王の叔父でもある、ギュンター・グスタフ・シュレンドルフがそこに立っていた。


「総帥、やはりここでしたか。ご友人に会いたいお気持ちはわかりますが、勤務時間はご配慮ください」

「固いこと言うなよ。差し入れに来ただけだ」

「差し入れって…これはお酒ではありませんか」

「これは果実酒だから、ジュースなんだよ!ほら見てみろ、果汁百パーセントだぞ」


エッダがエグモントの耳に口を寄せる。


「三角関係…じゃないかしら?」

「これはヨハネスに勝ち目無いだろ。あっちは王族で公爵様、その上かなりの美形だぜ?」


耳ざといギュンターにはその会話が聞こえたようで、不躾にならない程度にこっそりと、ライトグレーの瞳がヨハネスに上から下まで視線を送る。

それに気づいたのか、ヨハネスも顔を上げてギュンターに視線を向けた。

にこり、と、柔和な微笑みをギュンターが浮かべる。

ヨハネスは少しぎこちないながらも、微笑みと礼を返した。


「え、嘘!そこでデキちゃうの!?禁断の恋なの!?」

「俺はそういうの苦手だわ…」


エッダとエグモントのひそひそ話は止まない。


「お前ら何勝手に話が進んでる雰囲気出してるんだよ!あたしを無視すんな!」


ミリヤムの声が響く。


「皆さま、大変お邪魔致しました。僕が責任を持って、総帥を回収して参りますので。お仕事、頑張ってくださいね」

「粗大ごみ扱いすんな!」


ミリヤムがギュンターに引っ張られていく様子を横目に、誰にも悟られぬように、ヨハネスは溜め息を最小限に縮め込んだような息を吐いた。

その顔には、諦めのような色が浮かんでいる。


「どうせもう、住む世界が違うんだ」


その小さすぎる呟きは、誰にも聞き取られることなく、空気に呑まれて消えていった。




―――――――――――――――




「上官を無理矢理引っ張るなんて軍規違反じゃないのかこらっ!」

「そんな軍規はうちにはありませんよ」


少し強すぎるくらいの力で、ギュンターはミリヤムの腕を引っ張って連れて行く。


「もういいだろ、放せよ」


何かにはっとして、ギュンターはミリヤムの腕を放す。

足を止め、ライトグレーの瞳がじっとミリヤムを見据えた。


「何だお前、何かおかしいぞ」

「良い趣味だと思いますよ。勤勉で、実直そうで」

「何のことだ」

「彼が実績さえ上げれば、身分上の問題もなんとかなるでしょう」

「ヨハネスのことなら、そんなんじゃないぞ」

「さあ、どうだか」


ギュンターはミリヤムから視線を外して歩き出そうとする。


「おい、待てよ」


その後を追ってミリヤムも歩き出す。


「何不機嫌になってるんだ」

「別に僕は不機嫌になんて――」

「なってる。理由を話せ。上官命令だ」

「そうですね、僕が不機嫌だとすればそれは――」


ダークブロンドの睫毛を伏せて、ギュンターはしばし逡巡する。


「仕事中の相手にお酒を差し入れようとする非常識な上官に、呆れているせいですよ」


じっと、琥珀色の瞳を真っすぐに向けて、ミリヤムは数舜ギュンターを見つめる。

そしてふいに立ち止まって、


「そんな風には、見えない」


静かにそう告げた。

歩き出し、それ以上はギュンターに目もくれずに、目的地の総司令部に向かってひたすら歩を進める。


その後ろ姿に揺れる、高く結われた白銀の長髪を見つめながら、ギュンターは後に続く。

気づいてしまった感情を持て余し、その胸には戸惑いと不安が広がっていた。


姪のお節介など焼いている場合ではなくなったようだ。

彼自身のことだけでも既に手に負えないと、自覚してしまったのだから。

この後しばらくは(もしかすると封印編の最後まで)、登場人物は増えません。

名前覚えるの大変に感じている方がいらっしゃったらすみません!


ブックマークや評価してくださっている方々、ありがとうございます。

それ以外でも、読んでくださる方々、本当にありがとうございます。

泣いて喜んでおります(´;ω;`)

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