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19―老職人の秘策

アルテンブルク王国のとある山奥、深い緑に覆われ、清流が入り乱れる美しい斜面に、いかにも無理矢理建てたといったふうな見た目の、傾いた木の小屋がある。

その中は工房で、大きさも様々な色とりどりの水晶で溢れている。


老いた職人がひとり、桶に満たした清らかな水に、親指の先ほどの小さな赤い水晶を浸しながら、何やらブツブツと小声で呟いていた。


その老人の長く蓄えた口髭に顎髭、それに負けないくらいに伸びた眉は皆、雪のように混じりけなく白い。

頭髪は一本も残っていない。

腰の曲がった小柄な身体に纏う古風なローブは青い絹糸で織られており、杖こそ持っていないが、物語に登場する魔法使いを彷彿とさせる容貌だった。


コンコンッ――と、ノックの音がする。


「何じゃ、最近は客が多いのう」


しばらく、老人は無視を決め込んでいたのだが。

コンコンッ――。

再度ノックの音がした。


「おらんわーい!」


心なしかしわがれた声で、歌うように叫ぶ。


「いらっしゃるではありませんか」

「む。その声は」


トコトコと木靴を鳴らしながら戸口へ向かい、仕方ないといった調子で僅かに扉を開いて、顔を半分だけ覗かせた。


「王様じゃからって、年寄りをこき使いよってからに」


たっぷりと蓄えた白く長い髭を揺らしながら、老人は不満げに唸る。


「申し訳ありません、ご隠居。どうしてもお力をお借りしたく」

「ふんっ。お前さんにはついこの間、青いのを作ってやったじゃろう。元があれば大量生産でも改良でも何でも、町工場で若いもんにさせるが良いわい。それとも何じゃ?あれにクレームでも言いに来たか?」


深く刻まれた皺の間から不快の色を滲ませて、老人は精一杯威勢よくまくしたてる。


「転移水晶は、これから立ち向かう危機に際して、必ずや救世の希望をもたらす鍵となるでしょう。感謝しております」


美貌の女王が淑女の礼をとり、最上級の謝意を示す。

そんな相手は、世界中探しても数少ない。


「ふんっ。そうじゃろうそうじゃろう。わしの水晶が役に立たんわけがない」


得意げに言うと、先程とは打って変わって、老人の機嫌が良くなった。


「今一度、我が国を救うためにお力をお貸し頂けませんか。あなたのお力が必要なのです」


女王が真摯に頼むが、老人はまた少し不機嫌になる。


「お前さんら若いもんが、いつまでも年寄りに頼ってちゃいかんのじゃぞ。わしなんか、もうすぐくたばりそうじゃというのに。馬車馬のように働かせようとしてからに、全く年長者を労わるということを知らんとは悲しきことよ」


そう一通り説教し終えると、老人は酸素を使い果たしたのか、しばらくゼエゼエと肩で息をしていた。


「まあ、そう言わずに手を貸してくれないか、ローマン。土産も持ってきたぞ」


女王の後ろに控えていた、初老の将校が一歩進み出る。

老人――水晶職人のローマン・ゲーゲンバウアーは、豊かな眉の下から暗灰色の丸い瞳を輝かせた。


「おお、お前さん、オットーじゃないか!」


僅かしか開かれていなかった扉が、勢いよく開け放たれる。


「久しき友よ!随分長い間顔を見せんと思っておったが、生きておったか!」


ローマンは両腕を開いて喜ぶやいなや、オットーが土産に持ってきた酒の瓶をその手からもぎ取った。


「これじゃこれじゃ!ようわかっとるわい!」


小躍りしながらその瓶を持って、ローマンは小屋の奥に入っていってしまう。

苦笑を交わしたエルフリーデとオットーは、それを客として認められた合図と解釈して、小屋の中へ入っていった。

職人の住まいらしく、中はごっちゃりと掃除も整頓もされておらず、座る場所など見当たらない。


「そっちの角のほうなら、適当に除けて座ってよいぞ。こっちの角のほうは動かすでない」


ローマンが埃の積もった小屋の一角を指さす。

言われた通り、除けて良いと言われた場所にあったものを脇へ寄せて、エルフリーデとオットーはそこへ腰を下ろした。

女王と将校に対し、とんでもないもてなし方もあったものだが、本人たちの間ではこれが成立しているようである。

ローマン自身は、二人の客の正面に積み上げられた書物の上に、どっこいしょという掛け声と共に腰を下ろした。


「して、この老いぼれに何をさせようというのじゃ?」


暗灰色の瞳が、白い眉の下から胡散臭げに視線を投げる。

精悍な顔立ちに神妙な気配を漂わせ、オットーが口を開く。


「友よ。記憶を取り出して再現したり再生したりするような水晶を、作れないだろうか?」

「むむ。何じゃそれは」

「例えば、死者の生前の記憶を、水晶を媒介として生者が見ることができるような」

「なーんじゃそりゃ、他人の尊厳を侵すようなもんじゃないか!そんなもん、わしは作れても作らんぞ」


ローマンは話にならんとばかりに、短く鼻から息を吐く。


「どうか、話だけでも聞いてください。将来的には、この国の存亡に関わるかもしれないことなのです」


女王がその場で礼をする。

俗世を離れて隠居を決め込んでいるローマンとて、王に惜しみなく頭を下げられては、無碍にもできない。


「聞くだけじゃぞ。わしくらいの歳月を生きると、そう簡単に信条は曲げんものじゃ」

「ありがとうございます」


尚も不満気ではあるが、ローマンは話の続きを待った。

再びオットーが口を開く。


「実は先日、精霊界への門の封印における依り代となっていた精霊エファが、陛下に攻撃をしかけてきたのだ」

「なんじゃとお!?」


驚いたローマンの歯の欠けた口が、しばらく開きっぱなしで静止した。

数秒、沈黙が流れる。


「もっかい言え。ちょっとずつ、ゆっくりじゃ。いきなり脅かすようなことを一息に、年寄りに理解させようとするでないわい」


頷いて、エルフリーデが口を開く。


「我が国の王家で管理している、精霊界への門に施された封印には、依り代があります。それは掟によって秘匿されていたのですが、国が危機に晒されかねない現状、必要と判断した一部の協力者にはその内容を明かすことにしました。その依り代が、精霊エファの身体。エファは、空間魔法を操る精霊にして、初代国王の母です」


首がもげそうなほど深く何度も頷きながら、ローマンが話を理解しようとしている。

それに合わせて、白い髭と眉がぱたぱたとはためいた。


「そのエファが、私の身柄を狙って攻撃をしかけてきました。現在、私以外に封印の補強ができる魔族がおりません。そして、封印が解けた時に何が起こるのか、誰も正確に予測できる者がおりません。つまりこれは、最悪の場合この国およびこの世界の危機になりうる状況だと言えます」


ローマンはもはや、頷く仕掛けを取り付けられたネジ巻き人形のように、ぐわんぐわんと頭を縦に振っていた。

その動きが落ち着いて止まるまで、エルフリーデは次の言葉を発するのを待った。


「我々は、封印の実態とエファについての詳細を知る方法を模索しています。しかし、古い文献の記録では不十分なのです。そこで――」

「初代国王のミイラにでも、お前たちの考えとる水晶を使えんか、と思いついたわけじゃな」


ローマンは全てを悟ったように、二人の客を真っすぐ見据えた。


「直接記憶に触れられる魔力を持った者は、見つからんかったのじゃろう。じゃが、過去にそういう者がおったことには、調べがついたと。そこで、水晶ならば可能性があると考えたわけか」

「その通りです」


女王と将校は頷く。

彼らはローマンの言った通りの道順を辿ってきたのだ。


「魔力の使用者の代わりに依り代になることができそうなもんといったら、水晶くらいじゃからな。目の付け所は褒めてやるわい」


ローマンは考え込む。皺の多い指先で髭を弄びながら、数十秒俯いていた。

そして、


「結論から言うと、無理じゃ」


と、がっかりすることを告げる。


「ただし、記憶を引っ張り出して見るところまでをできる誰かがおれば、そいつを通して水晶に記憶を保持させて、それを触れた者に見せられるようにするくらいは、水晶にもできるじゃろう」


暗灰色の瞳が、少しずつ愉快気な光を帯びていく。

専門家が自分の分野を探求するとき独特の、知的好奇心に駆られた光だ。


「水晶にとって一番簡単なことは、魔力を吸い取って宿すことじゃ。その性能を極限まで高めたのが、軍が使っとる魔水晶じゃな。そして一工夫してやると可能になるのが、吸い取った魔力を再放出してやることじゃ。お前さんに作ってやった転移水晶は、それじゃよ。まあ、あれはそれだけの単純なものとは違って凝った細工をしてあるでな、細かい仕組みは素人に語ってたら明後日になってしまうじゃろうて、省いておくがのう」


興味深げに、二人の客は耳を傾けている。


「吸い取るのが魔力なら、水晶にも容易かったわけじゃ。しかし、お前さんたちが吸い取らせたいのは記憶。いかにわしの腕でも、水晶に本来無い性質じゃあ伸ばしてやれん。じゃが、魔力の使用者を間に挟めば、そいつを仲介に魔力ごと色々盗むことは、水晶にもできるというわけじゃ」


得意げに講釈するローマンの言葉に頷きつつ、二人とも問題点に気づいている。

記憶に触れられる魔力の使用者、というのが存命していないからこそ、困っているのである。


「お前さんたちの言いたいことはわかるぞい。仲介役がおらんと言いたいんじゃろ?」


二つの頭が、深く頷く。


「秘策をやろう」


白い眉をごっそり動かして、老いた職人が茶目っ気たっぷりにウインクをした。


「西の森のネクロマンサー、じゃ」

登場人物が増えてきて把握しづらくなっているかと思います。

人物一覧を作るかどうか、検討中です。

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