12―非公式の緊急会議
「アルベルト、ミリヤム、叔父上」
エルフリーデは、最も信頼するこの三人に、非公式の緊急会議だと言って午前中から招集をかけた。
応接室のソファに腰かけ、四角い硝子テーブルを四人で囲んでいる。
開け放った窓から緩やかな風が入り込み、白いレースのカーテンを揺らしながら夏の暑さを和らげる。
アルベルトが全員分の紅茶を準備したのだが、話し合いに集中するため、会議中の給仕は控えていた。
従者に上級貴族と同席させるのはこの女王にとっては日常茶飯事で、そのあたりは暴君の一存で全て片付けてしまう。
「昨夜の件についてだ。私はどうやら、冷静さを欠いて判断力が鈍っているらしい。状況整理と作戦会議に付き合ってほしい」
誰もが認める辣腕の女王でありながら、素直に他人を頼ることを知っている。
そんな彼女だからこそ、臣下たちはますます信頼し、尊敬するのである。
「まず、昨夜のおさらいから」
エルフリーデは、自分が見たことを再度詳細に語った。
「次に、現時点でここから何が読み取れ、何が推測できるかなのだが」
ミリヤムが挙手して口を開く。
「相手がエルに仕掛けてきた攻撃は、それが可能だったにも拘らずエルを連れ去らなかったことから、挑発だろうってことがひとつ。
人間の少年を人質に、エルに誘いをかけてるように見える。
つまり、エルは相手の所在をある程度推測できる情報を持ってるんじゃないか?」
「なるほど。人質を取って誘いをかけて敵が待っているなら。こちらがその場所をわからなければ意味がないと」
次にアルベルトが挙手をする。
「あの少年が人質に選ばれた理由について、無力な人間故に狙いやすいというだけでは、腑に落ちません。
敵が陛下以上の力の持ち主なら、他の臣下でも容易に連れ去れたでしょう。行動を起こして来たタイミングといい、あの少年の存在が今回の件の引き金になっている可能性が考えられるのでは」
「確かにな。憶測ではあるが、そう考えれば筋は通る」
そしてギュンターが挙手して口を開いた。
「敵についてわかることは、陛下をも凌ぐ空間魔法の使用者であるということです。王族の血を引く者、または精霊と考えられます。王家の家系図を遡り、国内で空間魔法を使える可能性のある者を全て当たって見つからないなら、相手は精霊ということになるのでは」
エルフリーデは頷く。
「精霊ということなら、心当たりがある」
空気がざわりと動く。皆がエルフリーデの次の言葉を待っていた。
「私はこれから、王家の掟を破って皆に話をしようと思う。勿論それにより起こるいかなる責任も、私が取る」
青い瞳が、信頼の色を宿して皆を見据えていた。
「知っての通り、記録と伝承から、精霊界への門はこの島で封印されており、精霊がこちらへ干渉することは不可能と考えられている。
しかし、一人だけ今もこちらに留まり続けていると考えることのできる精霊がいる。精霊エファ、初代国王の母だ」
王家の祖先、精霊エファ。
エルフリーデやギュンターは、その子孫ということになる。
「皆が知る通り、魔法属性は遺伝で決まる。そして王家で故意に絶やさず受け継いでいるのは、空間魔法だ。エファが初代国王の母ならば、エファが空間属性の魔力を有していたことは確実と考えられる」
魔族が受け継ぐ魔力は、両親のどちらからか、もしくは両親ともからだ。
よって、精霊と人間との間に生まれた初代国王は、確実に精霊側の魔力を継いでいることになる。
「精霊エファの身体は、石となって封印の洞窟に存在する。封印を強めるとき、王はその身体へ空間属性の魔力を注ぎ込む。
記録にはっきりと記されてはいないが、歴代国王はこのエファの身体が封印の依り代となっていると考えてきた」
封印の洞窟へは、掟により国王しか入ることを許されていない。洞窟の中で知り得たことも、掟により口外してはならないことになっている。
王位を継がない限り、王族であってもそこに何があるかを知ることはない。
しかしその掟を破り、エルフリーデは信頼する臣下に秘密を明かしていく。
「王家では、空間魔法を絶やさないために、その力を強く継承した者のみに王位を継がせてきた。これは封印を維持するため、必要な魔力量を依り代に供給できる者を絶やさないためだ。
おそらく、封印はもともとエファの魔力を用いて施されたものだろう。そして、依り代のエファへ同じ空間属性の魔力を供給することで、封印の強めが可能となると考えることができる」
エルフリーデはここで一度、息をついて紅茶を口にした。それはもう冷めてはいるが、アルベルトが気を利かせて香りの良いものを選んでいたので、少しは彼女を落ちつけた。
「そういうことなら、陛下以上の才を持つ魔族がいると考えるよりは、今回の敵はエファであると考えた方が、可能性が高そうですね」
ギュンターはそう言って考え込むようにする。
「でも、エファは石になって洞窟にいるんだろ。なんでそいつが、今更エルに手を出せるんだ?そもそも、その状態でそいつは生きてるのか?」
そう疑問を口にしたのはミリヤムだ。
「生きている、と私は考えている。その根拠は、王はあくまで封印を強める程度の魔力供給しかしていないにも関わらず、二千年間封印が維持されていることだ。これは、エファ本人の魔力が供給され続けていなければ、説明がつかない。そして、体内で魔力を生成できるのは、基本的には生者のみだ。
動けないはずのエファが何故、攻撃を仕掛けられたかは疑問だが」
エルフリーデは、答えながら逡巡する。
「あの攻撃は、私の命を奪うためのものではなく、身柄を確保するためのものだ。あれほどの魔力量があれば、固有空間に引き込むよりは、引き裂くほうがよほど容易い」
引き裂く、と聞いて、主君がバラバラになったところを想像でもしたのか、アルベルトが目に見えて青ざめた。
「封印の状態を確認する必要もある。いずれにせよ、私は封印の洞窟へ行かねばならない」
「危険です、陛下!罠です!」
咄嗟にそう叫んだアルベルトにも、わかっている。封印を守るのは王家の役目だ。しかし、それは心から出てきてしまった叫びだった。
「そう心配することはない。すぐに命は取られないだろうからな。もしもの時は――」
その場の全員が、ぎくり、と身構える。
「おい、エル。そんな縁起でもないこと」
ミリヤムは、冗談だろと言いたげに笑おうとするが、頬が引きつる。
「安心しろ、ミリヤム。そういうもしもの時のことは、言うまでもないだろう」
安心できるわけはないが、エルフリーデが言おうとしていたことが、彼らが想像したのとは違う内容だと察する。
「もしもの時は、叔父上には王家の掟を破るかどうかの判断をしてもらいたい」
ライトグレーの瞳に神妙な色を宿して、ギュンターは頷く。
「掟を定めたのは、二千年前の初代国王だ。封印と建国に関する記録が完全でない以上、今回この掟に足元を掬われるということは充分にあり得る」
王家にはいくつかの掟がある。そのほとんどが、血の権限で扱える魔道具の類を、ひとつしかない王座を継いだ者だけに使用させるためのものである。
「決まり事とは、常時においては共通の認識のもとで安全確保に役立つが、非常時においては柔軟な対応を妨げるだけの害にもなりうる。この件にエファが関与しているとすれば、我々は常に本質を見極めながら動かねばならない」
王族の血を継ぐギュンターならば、封印の洞窟へも入ることができる。重荷でしかないと思ってきた血も、この主君のために使うならば、なかなかに心地の良い話だ。
「私はこれから、封印の洞窟へ向かい、依り代の状態を確認してくる。もし今日中に帰らなかったら、おかしいと思ってほしい」
三者とも頷く。
「では僕は、一応ですが、国内全ての空間属性の魔力所有者を当りましょう」
「あたしは朝一で受け取った命令の遂行だな」
「わたくしは宰相に報告を。どこまでお話してよろしいですか?」
「キルヒナー宰相ならば信頼していい。口外はしないという条件つきで、全ての情報を共有してくれ」
「御意」
エルフリーデは、真っ白な紙にサラサラと羽ペンを走らせた。
「これを叔父上に。封印の洞窟までの地図だ。中での道順は、血の導きでわかる」
「確かに、受け取りました」
青い瞳が、もう一度全員を見回した。
「留守を、頼んだ」
例え敵が格上の相手であろうと、怖じることのない青い瞳。その瞳に宿る光に、臣下たちは何度でも確信するのだ。この王こそが、仕えるべき主君なのだと。




