ギルドとバトルジャンキー
大翔改め獅子は二人の精霊を伴って事務室に赴いた。
ギルドの酒場というやつに相当するものだとレオは理解している。
受付には若い女性事務員がおり、レオは彼女にいろいろと説明を受けることにした。
水島大佐にはクエストの受注や報酬が受けられることは聞いているが、レオは具体的にどういう手続きになっているかは聞いていなかったのである。
「すいません」
「はい。何か御用ですか?」
「水島大佐にお世話になっている溝口大翔の弟のレオです。本日からこちらでお世話になります」
「あの人斬り磯矢を倒した……あ、いえ! はい。聞いております。」
「それで具体的にはクエストの受注の手続きはどうすればいいでしょうか?」
「あ、はいちょっと待ってくださいね」
そう言うと事務員は後ろの棚から何かを持ってくる。
それは携帯型端末だった。
「この端末の『クエスト』を指で押すと現在のクエスト一覧が出ます。クエストを受ける場合は『受注』を指で押してください」
「なるほど……では報酬の支払いは?」
さすが金がないという恐ろしさを知っているレオである。
そこははっきりさせる。
「数年前までは軍用手票での支払いだったんですけど現在は仮想通貨での支払いになりました。物品の取得なら窓口提出時に、討伐や探索なら確認し次第、国民ナンバーの紐つけされた口座に振り込まれます」
「なるほど」
すでにレオの国民ナンバーはすでに水島大佐に取得してもらっている。
給料の支払いの方も即時可能と言うことだ。
レオはいるのかいないのかはわからない神に感謝した。
つい数日前まではのたれ死にをも人生設計で考慮に入れなければならなかった。
だが寝床と食事、給料の心配をしないですむ身分になったのだ。
「わかりました。じゃあクエストをお願いします」
なぜかレオはニヤニヤが止まらない。
「はい。今でしたら地下3階の探索のクエストがあります。マップを作って端末で転送してください。歩合制で軍の陣地から遠ければ遠いほど報酬が上がります。それとモンスターを見つけたら写真の撮影もお願いします。人斬り磯矢が討伐されたので今が狙い目ですよ」
「迷宮の広さはどのくらいですか?」
「だいたい台東区と同じ広さです。現在でも一階ですら半分以上は未到達エリアになっているほどです」
レオが思ったより迷宮は広大だった。
確かにマップの制作を委託するほどの広さである。
「なるほどよくわかりました」
「それと迷宮にはアーティファクトと呼ばれる魔術で作られた品があります。それらも取得されたら受付で買い取らせていただきます」
アイテムの回収。
それをレオは思いっきり曲解した。
(げへへ。それっぽいモノを適当に持ち込んで提出すれば一つや二つは金になるだろう……)
欲にまみれた獣がここに誕生したのである。
それもこれも全て貧乏が悪いのである。
「わかりました」
「ではよろしくお願いします」
レオは精霊を連れて事務室を出る。
「ご主人様。次はどこへ行くのだ?」
「食堂。ダンジョンに潜るから弁当を頼む」
なぜか林の目が輝く。
「おべんとう……うわああああああい! ひゃっほー!」
そのままクルクルと回る。
精霊は自由人の集まりのようだ。
ちなみにこのときの二人の精霊は適当に用意した洋服を着てもらっていた。
林はやたらヒラヒラとした服が好きで、磯矢はスポーツ系ブランドに身を包んでいる。
元の格好は露出度があまりにも高くごく普通の10代であるレオには目に毒なのである。
「二人前だな」
「うん♪」
弁当を買うミッションが開始された。
食堂に入ると学生たちの視線が集まる。
(ああこれはアレだ。ギルドに入ると先輩に嫌がらせされるから酒場に入ったセ●ールみたいに誰彼構わずボコるイベントだ)
と、勝手に決めつけたバトルジャンキーが邪悪な顔で微笑みながら拳をボキリボキリと鳴らす。
やはり喧嘩は良いものだ。
レオは嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
だが次の瞬間、まるで潮が引くかのように全員がレオから目をそらす。
しかもひそひそ話をし始めた。
「や、やべえよ! あいつの目を見たか、ありゃ血に飢えた野獣の目だ」
「だな。あの人斬り磯矢をボコボコにしたってよ! ヘタしたら殺されるぞ!」
「おい知ってるか? なんでもあいつにボコボコにされると女の子にされて奴隷にされるらしいぞ」
「奴隷の女の子に秋葉原のアダルトショップでSMグッズを買いに行かせたって聞いたけど、あれは磯矢か!」
「ど、ド変態じゃねえか!」
(磯矢アアアアアアアアアァッ!)
男子が捏造された噂話で盛り上がる。
精霊化したためか磯矢も林も日本語を話すようになっている。
外見も人間とほぼ同じため基本的にレオは行動に制限を設けていなかった。
それがこのような結果になるとは思ってもいなかったのだ。
そして女子たちも噂話に花を咲かせる。
「ねえ聞いた。性欲魔神があのおっぱい大きい子もダンジョンから攫ってきたらしいよ」
「ああ知ってる。なんでもお菓子を餌に拉致してきたんだって」
「ひいいいいっ! ド変態!」
(林イイイイイイイイイイィッ!)
すでに精霊二人の暴挙によりレオの評判は地の底まで落ちていた。
ちなみに磯矢は胸が絶壁のせいか未成年にしか見えないため、店では鎖や手錠を売ってもらえず引き返してきた。
その後はしかたなく通販で購入している。
「ハルトくんの弟なのにずいぶん違うよね」
下を向くレオの耳に女子生徒の何気ない一言が入ってくる。
「ハルトくんと見た目も違うしね。なんていうか獣っぽい」
確かにこちらの世界のハルトは病気でやせこけているが人当たりがよさそうな印象だ。
それに比べて異世界のハルト、レオは一見すると池袋をうろつく足立ヤンキーという印象である。
この世界のハルトは読書と言えば純文学だろう。
もしかすると詩集とかかもしれない。
それに比べて隠れオタクのレオは読書と言えば漫画とラノベである。
同じハルトのはずなのにどうしてこうも違うのか。
「ご、ご主人様。成敗のご下命を」
「ふふふ。ふはははははは!」
レオは笑い出した。
「ご、主人様?」
「どうした溝口殿」
レオは開き直った。
どこでも同じだ。
それなら迷宮攻略をして名を上げてくれる。
「林、磯矢! ダンジョンへ急ぐぞ!」
名まで捨てたのだ。
絶対に元は取ってやる!
ここから、底辺評価から成り上がってやる!
レオは決心を固めた。