予兆
2.5章の最終話としてアカシア校長と旦那さんのイチャラブ生活を投稿する予定でしたが、さすがに需要が無いことに気付いて自重しました。
ということで3章開幕です。
【???視点】
「賠償金50億マネイ、領土の1割の割譲。エウクトラへの要求はこれで決するものとする。相違ないな?」
アンドレアス皇帝の言葉に、円卓を囲む高位貴族たちから拍手が起こる。
――侵略を図ったエウクトラへの処罰。
大きな議題だ。普段ならば、な。
しかし今日に限ってはそんな話は前座に過ぎない。
真なる議題は他にある。
この場の誰もが分かっていた。
そしておそらく、心躍っている。それは俺を含めてのことだ。
「さて、では次に移るが――」
宰相の言葉を待つ。
「――帝都での度重なる神の降臨について、諸兄の意見を聞きたい」
最近、帝都では幾度も神格を持つ者の降臨が確認されている。
これが何を意味するか、どう扱うか――。
否、どう利用するか、皆考えているだろう。
「まずは教会から、なにかあるか?」
宰相に促され、筆頭神官が口を開く。
歳は20ほどの若い娘だ。
あれほどの若さで筆頭などというたいそうな肩書きを手にした、食えない女だ。
「現れる時間帯は昼過ぎ。加えて、必ず“学院”の中で現れます。出現時間はだいたい数十分程度と確認されています」
神格を感じ取る、という稀有な才能を持っている彼女は教会には無くてはならない存在なのだろう。
神無き時代の教会は弱かった。
救世神なんていうおとぎ話のようなものに縋る弱者の集まりだった。
それがどうだ?
今や急速に勢いを増している。
厄介なことこの上ない。
「……四階位公爵、なにか?」
「……いえ」
無意識に視線が向かってしまっていたらしい。
しかし序列4位の公爵たる俺にずいぶんと澄ました態度をしてくれるじゃないか。
とことん気に食わん女だ。
「――でだ、例の小娘についてどう考えている?」
皇帝の声に、神官の女が玉座へ向き直る。
「彼女自身に神格はありません。現時点で、神格を持つものと交流があるという確証はありません。ですから現状は様子を見て――」
「調べる方法などいくらでもあるではありませんか」
俺の言葉に、周囲の視線がこちらを向く。
「四階位公爵、申してみよ」
「はっ。本人に直接聞けばよいのです」
「それができれば苦労はない。仮に神の逆鱗に触れればどうなるか、わからんお前ではなかろう」
「それも心得ております。要は、万一にも敵意がこちらに向かわなければ良いのです」
「……というと?」
「例の娘を戦争の全線へ送るのです」
「戦争、だと?」
「はい。今、西部海岸のルフォーン王国はゴブリン界と戦争の最中にあります。援軍として件の娘を編入させた部隊を送るのです」
「ふむ……」
「戦場にて窮地になれば神の力を借りざるを得ないでしょう。そしてその敵意はゴブリン共に向かいます。我らにリスクはありません」
「なるほど、よい案だ。何か意見のあるものはいるか?」
場が静まり帰る。
が、声をあげるものが一人。
「反対です……! 教会はその案に反対します!」
またこの女か。
だがまあ、いくら勢いづいているとはいえ、教会の意見など潰せる範疇だ。
だが反対するものがもう一人いた。
「私も反対よ」
「これはこれは……二階位公爵」
公爵と侯爵には明確な序列が存在する。
こういう公式な場面では特にその意味は大きい。
ゆえに二階位公爵、ゴリアテアス家の発言はとても重たいものだ。
――女傑、アカシア・ゴリアテアス。
ヴァルハラ学院という一大戦力をまとめ上げる猛者。
皇帝に次ぐ影響力があるとさえ言われている大物だ。
例の小娘は学院の生徒だったか。
彼女に反対されるのは当然ではあるが、できれば穏やかに話を付けたいところだ。
「二階位公爵殿、ご心配はもっともです。しかしどうかご理解いただきたい。これはアンドレアス帝国の転機なのだと」
「ヘカテイアは私の生徒よ。政治の介入は許可できないわ」
「政治? いえいえ、これはもはや政の域を脱しています。人類に味方する神が現れたかどうかの瀬戸際なのですよ」
「ならばもっと穏便な方法を探るべきよ」
「確かに、おっしゃりたいことはわかります。ですが穏便などとこだわっていてはどれだけ時間があっても足りない。もし『神』の力が他国に奪われたら? 良からぬ輩に利用されたら? 事は迅速にせねばならないのです。皇帝陛下もそうは思いませんか?」
皇帝は「うむ」と唸る。
そして頬杖をつき、周囲の顔を見渡した。
「そうだな。四階位公爵の案でいくとしよう。二階位公爵、ここは理解してもらいたい」
「…………」
ゴリアテアスは何も言わず、静かに目を閉じた。
さすがに女傑と言えど皇帝に反論はできない。
――上手くいった。
だがこれはまだ序章だ。
まだ入り口に過ぎない。
こんな機会は二度と来ない。
あのヘカテイアとかいう小娘。
あの力は凄まじい。
そしてなにより未熟だ。
いくらでも利用できる。
あの力を利用して――
――俺こそが皇帝になるのだ。
* * *
今日という日は何のためにあるのか?
俺はその問にはっきりと答えることができる。
ギギ、と少し鳴るその扉をくぐると――そこは桃源郷であった。
「いらっしゃい。いつも悪いわね、アテナちゃん」
「いえ、今日もよろしくお願いします」
今日という日は天使を拝むためにあるのだ。
このおっとりお姉さん、最高すぎる。
ルックス、スタイル、そして性格。
全てを兼ね備えたスウィートエンジェル。
それがエフィさんなのだ。
『ああ……心が浄化されていく……』
「ヤマダ様?」
ウルズさんに逃げられて傷ついた俺の心を癒してくれる。
見てるだけでこの効果。
もうここに住みたい。
「アテナちゃん、今日はこれを持ってほしいの」
そう言うエフィさんの片手には小ぶりのリンゴが乗っていた。
濃い赤色の、よく熟していそうなリンゴだ。
うん、おいしそう。
「それを一口かじって、少し空を見上げる感じで……」
「……!! 食べていいんですか!?」
「え? え、ええ……」
「あ、ありがとうございます!!」
シャクっとひとくち。
「甘ぁ……い!」
キラリ、とアテナの目の端に光るものが。
貧乏アテナさんにとって果物なんて高級品である。
……けど毎回毎回食べ物で感動してるよね、アテナちゃんよ。なんか腹ペコキャラとして定着しつつあるのよな。この前なんて店頭に置いてあるクマのぬいぐるみを見てお腹を「グゥ」と鳴らしていた。
そんなアテナを見ながらエフィさんはキャンバスに筆を走らせる。
うんうん。
しばらくはこうやって穏やかに過ごしていたいな。
魔族やらアトラスやらがあったから、今が幸せだと分かる。
――平穏。
それを手にするのは簡単だと、この時の俺は思っていたのだ。




