再会
『…………んんむ』
バイトの帰り、寮の廊下で。
俺はトコトコと歩くアテナを、その手の中から眺めていた。
アテナは今14歳。そのうち15歳になる。
年齢的にはもうすぐ高1になる中3ってカンジか。
あと5年もすればどストライクなんだけどなぁ。
もうちょっと背を伸ばして、落ち着いた雰囲気を持ってくれればと切に願う。
そうそう、ちょうどあそこに立ってる黒髪のお姉さんみたいな――
『――――え?』
美人がいたから何気なく見ただけだった。
ただそれだけだったのだ。
だが、黒髪の彼女を目にして――。
俺の思考は半ば強制的に止められた。
俺の動揺など知るはずもない彼女は、静かにアテナの部屋の前に立っている。
「……? 誰でしょうか?」
『なんで……あの人が……』
「ヤマダ様、知ってるんですか?」
『ああ……』
たとえ千年ぶりだとしても彼女のことは一瞬で思い出せる。
いや、思い出したりなんてしない。
なにせ――一時たりとも忘れたことなどないのだから。
俺を転生させた張本人。
以前は巫女服を着ていた彼女。だが今はシスターのような服に身を包んでいる。
と、俺たちに気が付いた彼女がこちらに身体を向けた。
そして穏やかに微笑みながらこう言ったのだ。
「久しぶり、山田君?」
* * *
「す、すみません。お茶も出せなくて……」
「気にしないで。いきなり来た私が悪いんだから」
とりあえず黒髪のお姉さんには部屋に上がってもらうことにした。
落ち着いた声。優しそうな表情。
そして彼女の雰囲気は明るかった。
敵意もない。友好的に見える。
が、これらはあくまで「そんな気がする」という程度のものだ。今後どうなるかはわからない。
しかし、個人の感情としてはこの人とは事を構えたくなかった。
「まずは自己紹介ね。私はホノカ。この帝都の神殿で筆頭神官をしているわ」
ホノカさん、か。
そういえば俺は彼女の名前さえ知らなかった。
日本っぽい名前だな。もしかして日本人だったりするのだろうか。
だがあの時神社で聞いた言葉――
――『私の後を継いで、神になってください』
あの台詞を信じるならば、この人も神だってことになる。
だがホノカさんからは、アトラスやウルズさんに感じた神様っぽい雰囲気が無い。
「神官? あの、最近できた大きな神殿のですか?」
「ええ、正式にはアンドレアス神聖堂、ね。そこの山田君を祀るために建立された神殿よ」
『……って言われてもなぁ』
正直困る。
まあ好きにしてくれ。
今聞きたいのはその辺の話じゃないし。
「それで……ホノカさんとヤマダ様はどういう関係なんですか?」
『それは俺から話すよ』
ひとまず、俺はアテナに転生の経緯を話した。
別の世界で暮らしていたことやら、『神社』っていう小さい神殿みたいなやつにお参りしてたらホノカさんに会ったこと。
それからこっちに飛ばされたことを話した。
「……なんだか、すごく不思議な話ですね」
『信じられないか?』
「いいえ、信じられます。山田様の言うことですから」
『お、おう……』
なんだか信頼されてる感じがしてこそばゆい。
そんな様子をホノカさんがお母さんみたいな慈愛の笑顔で見つめてくる。「あらあら、仲が良いのね」、みたいな。恥ずかしいのでやめてください。
それからホノカさんはふぅと少し深呼吸をしてから、口を開いた。
「今日来たのは二人に忠告をしようと思ってきたの」
「忠告?」
「ええ。最近、山田君を頻繁に降臨させてるわよね?」
「は、はい……」
……なんか怒られそうな気配。
先生に怒られる前ってなんかわかるよな。あ、コレ来るな。ってのが。
「神様である山田君はそこにいるだけで影響力が大きいの。それを利用しようとする輩は五万といるわ」
『そう、か……』
あまり考えずに【降臨】しまくってしまった……。
「神の存在を察知する魔道具もあるし、神の気配を感じ取れる人も稀にいる。アテナさんみたいにね」
「…………」
「魔道具のほうは動かすのに膨大な魔力が必要だから頻繁に使われることはないけれど、どちらにせよ降臨を繰り返していてはいずれ山田君にたどり着くわ」
「……はい」
神妙な、それでいて少し落ち込んだような表情でアテナはうなずく。
しかし……。
そうか、【降臨】連発は良くなかったか……。
「私も教会の代表として庇うつもりだけど、それでもある程度は情報を帝国に流す必要があるの。皇帝に疑われないためにね」
俺も帝国に利用されるのは嫌だ。
皇帝とやらがどんなことを考えているかは分からないが、関わらない方がいいような気がする。
「だから、山田君を降臨させるのはいざという時だけにしたほうがいいわ」
「……わかりました」
『……そうだな』
ホノカさんの話はもっともであるように感じられた。
彼女の話を信じるならば、ホノカさんは『教会』という帝国側の組織に入り、スパイ的なことをしてくれているということになる。
とりあえずはホノカさんは『味方』と考えておこう。
「降臨についてはこんなところかな。あとこれは忠告とはすこし違うかもしれないけれど言わなくちゃいけないことがあるの」
と言って、ホノカさんは少し息を飲む。
その仕草が次の言葉の重要性を語っていた。
「おそらく、アテナさんは国の命令で戦争に出向くことになるわ」
「戦争、ですか? 今戦争をしている国って……」
「ルフォーン王国。ゴブリン戦線よ。戦場での動きで山田君の力やアテナさんの能力を測ろうとしているのよ」
……なんだって?
戦争って……おいおい冗談じゃないぞ。
しかもゴブリンって。
「とにかく、準備しておいた方がいいわ」
「ゴブリン戦線……。わかりました、ありがとうございます」
静かにアテナは視線を落とす。
いろいろと対策を考えているのかもしれない。
しかし俺は割とイラッときていた。
――戦場で俺の力を見る?
そういうやり方が非常に癇に障る。
俺はアテナ達の味方であって帝国やらの人々の味方ではない。
ともかく、俺たちは利用されないような立ち回りが必要になってくるわけだ。
「アテナさん、あなたは帝国に目を付けられている。どんな時もそのことは忘れないで」
「はい」
アテナの返事を聞いたホノカさんは「さて」と言って少し体勢を崩した。
「なにか聞きたいことはある? たぶん、こうして会いに来るのもしばらく無理だとおもうし聞きたいことがあったら聞いてね」
「聞きたいこと……う~ん……」
『じゃあ俺からいいか?』
「もちろん、何かしら?」
聞きたいことは山ほどあるが、まずはコレを問いたかった。
『どうして俺をこの世界に送ったんですか?』
ホノカさんは目をわずかに見開いた。
だが次の瞬間には少し寂しそうな顔に変わっていた。
「それは……今度じゃダメ?」
茶化すように言うホノカさん。
しかし俺も簡単には譲れなかった。
『今教えてください』
「…………」
ホノカさんは俯いた。
そして何か言おうとして少し口を開くが、また閉じてしまった。
それから数分、ホノカさんは黙ったままだった。
『……わかりました』
「え?」
『次です。次会ったときに必ず教えてください』
「……うん、ありがとう」
どことなく遠慮がちに笑うホノカさん。
そして消えそうな声で一言呟いた。
「ねえ、山田君」
『なんですか?』
「私を……恨んでる?」
その声は、表情は――怯えていた。
だが彼女はギュッと口を結び、その感情をできるだけ表に出さないようにして俺の返事を待っていた。
だから俺は――
『全く』
素直に気持ちを伝えた。
恨みも憎しみも全くない。
だって俺は今、なかなか幸せなのだから。




