任務開始
「へ、ヘカテイア。一億でどうか?」
「す、すみませんが売れないです……」
「では一億5千万だ!」
「えっと……」
「……三億! 三億出そう!」
「…………」
アテナが校長室から戻ってきて再び三人になったのだが……。
なぜか話題は俺の買い取りについてになっていた。
「ヤマダ様、これはどういうことですか?」
『すまん、ついムキになっちまって……』
なぜトウドウが俺を買おうとしているのか。
上手い言い訳が見つかるわけもなく、素直に研究室での一件をお話した次第である。
話を聞くなり、アテナが目を抑えて天を仰いだ。
なんか最近の俺って余計なことしかしてない気がする。
……しかし三億か。
高評価嬉しい。
我々、魔石業界ではその値段というのは某海賊漫画でいうところの賞金額だ。三億の俺は魔石王さえ狙える位置にいるといえるだろう。
そしてさっきから俺のことを食い入るように見てくるトウドウの視線が痛い。はぁはぁと息を荒げ、目もなんかイってしまっている。怖えよ。
「こんなにすごい魔石……見たことないのだぁ!」
「そ、そうですか」
ないのだぁ、て。
キャラが崩壊してるじゃねえか。
君はもっとクールな子だっただろ。
さっきまであいつとはシリアスな話をしていたつもりだったんだが……なんかとても残念な感じになっている。いまや侍っぽさが消え失せてただのオタクである。悲しいなあ。
結局、俺は無事に売られることもなく。
この日は解散となった。
* * *
それから何日か経った後――。
悲劇は、起こった。
「ごめん……ボクはここまでのようだ」
ぐったりと倒れ伏すルミナスの姿がそこにはあった。
「そんな……ルミナス……」
「ごめんよ……」
そっとルミナスの手を握るアテナ。
トウドウもその様子を沈痛な顔で見つめている。
「ボクにとっては初めてのことだったんだ。だから本当に今日が楽しみだった。……でも、まさかこんなことに――――うっ」
「ルミナスしゃべらないで! 今はとにかく休んで。そうしたらきっと……きっと助かるよ!」
彼女の手を握り、必死に声をかけるアテナ。
そんな二人にトウドウから非情な言葉がかけられる。
「残念だがウルティメオはもうダメだろう」
「そっ……そんな!」
だがそんな会話の最中にもルミナスはさらに血の気を失っていく。これは……もう諦めた方がいい。
『アテナ、ルミナスはもう限界だ……』
「…………ッ!」
そのとき、ルミナスがふっと笑った。
「ごめんよ、もう無理みたいだ」
諦めたように笑みを浮かべるルミナス。そして自らの運命を悟ったように、告げるのだった。
「すみません、馬車止めてください」
「はいよ」
御者のおっさんが止めるやいなや、いそいそと草陰に向かうルミナス。どうやら彼女は馬車に乗るのが初めてらしい。
しばらくして、遠くから「うええぇ」という声が聞こえてきた。
……というかルミナスさん、あなた高速で飛行できますよね。なんで馬車程度で酔ってるんですか。
「それにしてもオルト伯爵領まで馬車で丸二日か。なかなか遠いな」
「トウドウさんも遠方での任務は初めてですか?」
「いや、アスラで何度かそういう仕事もしたことがある」
「そうなんですか。それは心強いですね」
などという当たり障りのないガールズトークを聞きながら景色を眺めている俺。
砂ぼこりの舞う乾燥地帯。
ルミナス休憩タイムに入った馬車は木陰に止まっている。
緑が多い王都周辺もいいけど、たまにはこういう荒れたカンジの場所もいいな。
実に味がある。
『そういやぁこの辺って魔物は出ないのか?』
「出ないことはないんですが、ほとんどの魔物は夜行性なので今は大丈夫だと思います」
『今は、か』
魔物がいないとちょっと寂しく感じてしまう自分がいる。
まあ安全な旅であることに越したことはない。
「うう……ごめんよ。もう大丈夫だから馬車を進めてくれ」
青い顔をしたルミナスが戻ってきた。
水色の髪と相まってもう雪女みたいに見える。
そうして再び走り出した馬車。
まだまだ俺たちは馬車に揺られ続けるのだった。
夕焼けで地面がオレンジ色に染まったくらいの頃。
「今日はここらへんまでですかねぇ」
御者のおっさんがぼそりとつぶやいた。
「ちょうどこのあたりなら野営もしやすいでしょう。ここで止めちまってもいいですかい?」
おっさんが客車の方に振り返り、その視線はアテナへと向けられる。
「はい、それでお願いします」
と、返事をしたところでトウドウが馬車を降り、いそいそとテントの骨組みを地面に並べる。まだ顔色の悪いルミナスもこれに続き、焚き木の準備なんかをしている。
トウドウなんかは背が高いからガテン系女子に見えなくもない。
アテナみたいにぷにっと文系女子もいいけど、筋肉質系女子も捨てがたい魅力がある。こう、汗を拭ってる姿とかいいよな。
そうして野営作業を始めて数分、空も薄暗くなった時だった。
近くで狼の遠吠えのようなものが聞こえてきた。
「む……」
「魔物のようですね」
「北北東、50メートルほど先にサンドライカンが数頭ってとこだね」
感知系スキル持ちのルミナスが小声で皆に知らせる。
サンドライカンというのは砂漠や荒野に生息するコヨーテっぽい魔物……らしい。俺も見たことはないけどアテナが読んでた魔物図鑑に載ってた。
そんなに強いモンスターでもない。
このメンツなら問題ないだろう。
むしろいい練習相手と言える。
「彼らが近づいてくるようならボクが倒しておくよ」
「……いや、某に任せてほしい」
「それならボクら二人で倒そうじゃないか」
「…………ふむ」
あんまり仲が良くない二人。
これを機に仲良くなってほしいところだ。
ちょっと心配だが……万が一にも負けないだろうしここは見守るのがいいだろう。
というわけで御者のおっさんとアテナ(と俺)でテント張りやら夕食の準備。ルミナスとトウドウで周辺の魔物駆除という仕事の分担になった。
「いつ襲われるとも知れん。こちらから先んじて退治しておこう」
そうこうしているうちにトウドウがコヨーテっぽい魔物たちに向かって駆け出した。
「お、おいっ! 勝手に行くな!」
それを追う形でルミナスも出撃。
そんな二人を見送りながらアテナは御者さんと一緒にごはんの準備だ。鍋を用意してなにやらスープみたいのを作るつもりらしい。
「いやあ、学院の生徒さんと一緒なら魔物が出ても安心ですなぁ」
「オルト伯爵領には良く行かれるんですか?」
「ええ、あそこは良い所ですよ。領主様も民のことをよく考えてくださる思慮深い御方でさあ」
領主、という言葉にアテナの耳もピクリと反応する。
「領主様ってどんな方なんですか?」
「そうだなぁ……まだアンドレアス帝国に併合される前、自治領の頃からずっとこの地を治めてくださってて……後は双子ってことしか知らねえなあ」
「双子?」
「ああ、と言っても領主様の顔を拝んだことはねえから噂で聞いただけだがよ」
「なるほど……」
御者のおっさんの語り口を信じるなら、割といい領主っぽい。
「しかし領民には優しい一方で、領地の外とは関わりたがらない方でな……」
「関わりたがらない?」
「交易をしたがらんのですよ。せっかく国境に近いのに隣国との中継もせず、自分が所属するこのアンドレアス帝国とさえ関わり合いを持とうとなさらんのです」
「それは……なぜでしょう? 通商は良い資金源になると思うのですが……」
「さあねぇ。領主様のお考えは私のような凡人には分からねえですなぁ」
会話をしながらもアテナはおじさんと晩御飯の食材を鍋に入れている。何気に一人暮らしの長いアテナは料理スキルが高い。寮でも時々よくわからない雑草を摘んできて調理してたりするのだ。
拾ってきた妙な草を炒めて、お皿にきれいに盛り付けていたのを思いだす。
雑草を必死においしくして食べる貧乏少女。
涙ぐましい。
是非いつかお腹いっぱい食べてほしい。
などと思っていると少し遠くから声が。
「さっきのはボクの獲物だっただろ!」
「……お前が遅いだけだ」
「ダガーを投げようとしたら君が飛び込んできたんじゃないかっ」
「……投擲より某の太刀の方が速い」
「なにをっ!」
……なんか喧嘩してるんだけど。
雑魚魔物の駆除に行った二人がなにやら言い争いをしながら戻ってきた。戦う様子は全く見てなかったけどわかる。連携するどころか互いに邪魔し合ってたみたい。
そんな姿を目に入れてアテナがあわあわしだした。
「あ、あのっ……ふ、ふたりとも! とりあえずごはんにしませんかっ」
「……そうだね」
「……む」
まだまだ互いに言いたいことがありそうだったがアテナの顔を立てたのか、ひとまず喧嘩は収まった。
まあ二人ともクール系でキャラが被ってるとは前々から思っていた。先が思いやられるぜ。
ここ数カ月、とある試験に向けて勉強しておりまして全然執筆できておりませんでした……。
8月下旬に試験があるのでそれ以降はもうちょっとペースあげられるかと思います。申し訳ありません。




