魔石と侍
ヘカテイアから預かった魔石を握りしめ、私はすぐに自分の工房に向かった。
この魔石、きっと何かあるはずだ。今日こそその何かを突き止めてやる。
「しかし見れば見るほど粗悪な魔石だな、これは」
――ガシャンッ。
いきなり机に置いておいた別の魔石が床に落ちた。
ひとりでに石が机から落ちた……?
いや、そんなこと今はどうでもいいか。
今集中すべきはこのヘカテイアの魔石についてだ。
決闘で見たあのヘカテイアの超常的な力。
正直、ベンチで控えていた私も圧倒された。
目に焼き付いた。
その後のヴィクタスとの戦いなどどうでもよくなるほど、あのヘカテイアの力には羨望を覚えた。
……羨ましい。
私もあの力が欲しい。
あれを私も使えるようになれば――――
「強く、ならなければ……」
無意識に声が漏れてしまった時だった。
突然部屋に置いてあるチョークが宙に浮いた。
「…………!」
(なんだ……?)
間髪入れず、私は反射的に柄に手をかけた。
一瞬で私の視線はチョークにくぎ付けにされる。
これは……念力か?
警戒する私を意にも介さず、チョークは黒板に向かっていく。
そして、
――“なぜ力を求める?”
こんな言葉を書いた。
「……何者だ」
抜刀し、視線で周囲を見渡す。
――が、気配はない。
私に気配を悟らせないとなると相当な手練れか。
「出てこい。出てこぬなら私の周囲すべてを切り刻むまでだ」
すると私の声に反応し、再びチョークが備え付けの黒板に字を記す。
――“既に姿は見せている”
「何……?」
――“俺はそこの魔石だ”
「……ッ!?」
(ヘカテイアの魔石……!?)
キッとこの質の悪い石に視線を移す。
まさか本当に魔石に自我があるとでもいうのか?
確かに私自身、その可能性を考えていないわけではなかったが……信じられん。
どこかにチョークを操っている人間がいると考える方が自然だ。
――“そう睨むな。別にトウドウと敵対する気はない”
「…………」
まるで本当に石の中から見ているかのような言いぶりだ。だがまだ信じるには足らぬ。
「名を……名を名乗れ」
――“俺はヤマダという”
ヘカテイアが小声でそんなような名を何度か呼んでいた気がする。
これは本当にこの魔石が……
訝しむ私の様子を感じ取ったのか、チョークは私とヘカテイアとのこれまでの出来事を書き始めた。
私がチーム入りを頼んだ教室でのこと。
オルト伯爵の依頼のこと。
そして決闘のこと。
すべて合っていた。
「……わかった、ひとまず信じよう」
――“そりゃどうも”
「しかしそれならば何故今になって正体を現した? 前に魔石を借りた時は無反応だったではないか」
――“気分だ”
「気分だと……? 私を謀っているのか?」
――“本当に気分だ。そこまで警戒しなくていい”
「……まあいい。それで、何だったか……『私が力を求める理由』、だったか? それを知ってどうなる。理由を教えて、私になんのメリットがある?」
――“別に利点なんてものはない。単に俺が気になったから聞いただけだ”
「ただの興味で聞いた、と? そのようなふざけた覚悟で私の信条に踏み入ろうと言うか」
――“信条?”
「そうだ。強さとは私の生きる理由。強くなければ生きていても仕方がない」
――“強さ以外にも目を向けるべきものは沢山あるだろ”
「ない。なぜなら私はアスラ皇国の……いや、しゃべりすぎたか」
――“アスラ皇国”
「……そうだ。ふむ、ではこうするのはどうか? 私が私の事情を話す代わりにお前はヘカテイアが飛躍的に強くなった理由を教えろ。それならば平等だろう」
――“それでいいのか?”
「なんだ、聞きたがったのはそちらだろう。なぜ確認を取る」
と、宙に浮いたチョークは黒板に返事を書こうとして……止まった。
「……どうした?」
――“やめだ”
「なに?」
――“俺が聞くべきことじゃない”
書かれた言葉に眉を顰める。
この魔石の考えが読めない。自分から聞いておいて止めるなど……。
“俺”が聞くべきじゃない――つまり、この魔石以外の誰かが聞くべきだとでも言っているような物言いだ。
チョークはさらに言葉を連ねる。
――“だがアテナの秘密は少し教えてやる”
「ほう?」
意外にもそんな文字が黒板に書かれた。
――“アテナが強くなったのは俺が力を貸したからだ”
「お前……つまりこの魔石がか? 確かに意思の宿る面妖な魔石ではあるようだが信じられんな。魔石の質としては最低クラスだ。とてもそんな力があるようには思えん」
――“な ん だ と ?”
グニャグニャと波打った字が返ってきた。
思いのほか感情豊かな魔石だったようだ。
というか、これくらいで怒るなよと思ってしまう。
「だが現に、力といってもチョークを浮かせる程度ではないか」
――“いいだろう。俺の真価の一端を見せてやる”
「ふむ…………ん?」
ゴゴゴゴ……――――
なんだ?
地面から振動が……
「うおっ!?」
床から突き上げられるような感覚……!
揺れ自体は大きくはない。それに突き上げられるといっても大した強さじゃない。だがその規模が異常だ。
「まさか……学院ごと持ち上げたのか!?」
もしそうだとしたら神にも迫る能力だ。
人智を超えている……!
カツカツとチョークが黒板を叩く。
その音につられて横に目をやれば、
――“違う”
……ということはこの研究室だけ浮かせたということか。
それでもかなり強力な――
――“王都の下の大地ごと浮かせた”
* * *
【アテナ視点】
校長室……緊張します……。
急なお呼び出しとは何でしょうか。
お金関係だったらピンチです。
でも今期の学費はだいぶ前に納めたはずですし、最近は学校の物も壊してないので弁償でもないはずです。
「ふぅ~……」
一度深呼吸です。
……よし!
私は意を決してノックしました。
程なくして中からお返事が。
「入りなさい」
「失礼します」
先生の許可を頂いたところでいざ入室です。
入れば、デスク越しに高級そうな椅子に腰かけるアカシア校長のお姿が。
いつ来てもこの部屋は緊張しますね。貧乏人な私にはすごく似合わない場所です。
「急に呼んで悪いわね」
「い、いえ」
「この前の決闘、見事だったわ。でも力の使い方には気を付けなさい。あまり能力を見せすぎると良からぬことを企む連中に目を付けられる危険性もあるわ」
「はい……気を付けます」
……耳に痛いです。
ヤマダ様ももう少し自重を覚えてくれるといいのですが。
「それとまだ転科はしていないようだけれど、お前はどうするつもりかしら?」
「このまま支援科にいようかと思います」
「なぜかしら?」
「ここは先生がいた学科ですから」
「……そう」
ヴェリティ先生は私の恩師ですから。
だからといってこの学科に残る意味は本当はないのかもしれないけれど……やっぱり先生とはどこかでつながりを持っていたいと思ってしまうのです。
「わかったわ。……さて、今日の本題は別にあるの」
少しアカシア校長の雰囲気が変わる。
もしかしなくてもシリアスめな話が来そうですね……。うう、ちょっと胃がキリキリしてきました。
「お前たちが今度受ける任務のことだけど――」
と、先生がそこまで言ったところで突然浮遊感に襲われました。
(――! 地面が……!?)
浮遊感、というか巨人の手のひらに乗せられたような感じでしょうか。地震にしては揺れ方がちょっと変です。
と、次の瞬間、
「ヌウゥンッッッッ!!!!」
「ひぇっ……」
バチィンッ、と大きな音を立てて先生の上着がはじけ飛びました……。丸太のような大きさ、金属のように鋭い光沢のある肉体。今の揺れでアカシア先生が警戒モードに入ってしまったようです。
……ちょっと怖いですね。
私の身長が150センチですが、体感で二倍くらいの高さに見えます。
「……今の揺れ……何だったのかしら?」
低さを増した声で先生がつぶやきます。
正直なところ、先生のほうが何者なんだって気になってしまいます。
しかし確かに今の揺れは気になりますね。
もしかしてヤマダ様の仕業でしょうか……?
いいえ、いけませんね。
なんでもかんでもヤマダ様のせいにしてはいけません。あの方は子供っぽいですが、そんなポンポンと力を披露する方ではないと信じてます。
「まあいいわ。それで話の続きだけど」
ムキムキ状態のまま会話続行のようです。
「確かお前のチームはオルト伯爵の依頼を受けていたわね?」
「はい」
「この依頼は少し注意したほうがいいわね」
「……?」
どういうことでしょうか……?
依頼内容は雑務と簡単な魔物駆除だったはずです。特に危険もないはずですが……。
「オルト伯爵領の歴史は知っているかしら?」
「えっと、以前はどこの国にも属さない中立地域で、最近になってアンドレアス帝国に併合された……ってことくらいなら知ってます」
「まあその程度の認識で問題ないわ。……そのオルト伯爵がなかなかの変わり者って噂でね。併合されてから今に至るまで一度も登城したことがないの」
登城したことがないって……。
一度も皇帝陛下に謁見したことがないってことですよね。
「その、私は貴族様の慣わしには疎いのですが……それは許されるのですか?」
「本来ならダメね。まして伯爵位ならなおさらね。でもそれが併合の条件だったから仕方なく大目に見られているというのが現状ね」
むむむ……。
貴族様方の政治は難しくて大変ですね。
私が貴族になったら一年と持たず没落しそう。
「特にオルト伯爵領のあるアルカディア地方はエウクトラ共和国との国境。防衛の要にもなるオルト伯爵は無碍にはできないってことでしょうね」
「な、なるほど」
とりあえずなるほどと言っておきます。
「とにかく、オルト伯爵は不明な点が多いのよ。なにが起こるか分からないから危険だと思ったら任務を放棄して帰って来なさい」
「は、はい」
「話はそれだけよ。もう戻っていいわ」
「はい。……失礼します」
ぺこりとお辞儀をして校長室を後にします。
ここにいるだけで結構疲れました……。
さて、ではヤマダ様のお迎えに行かないとですね!




