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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
15章 炎熱の誓い
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1 招かれた先ですが



「あの炎が死者……?」


 リャンもハオも同じ顔で似たような驚愕の表情を浮かべる。私は頷いて、少し離れた場所に揺蕩う青白い炎を視界に収めた。エノトイースでオリガと見た時と同じ炎に見える。これが見知っている人のものなら、その姿が見えるのは此処でも同じだろうか。


「エノトイースで私は両親の姿を見ました。もしかしたら此処では誰か知っている姿を見るかもしれません。それが……つらいものであるかもしれないことは、先に言っておきます」


 もう二度と会えない人に会いたいと思ったことはきっと誰にでもあるだろう。ただしその再会が喜ばしいものかどうかはまた別の話なのだと、私は前回知ってしまったから。


「……」


 オユンは難しい顔をして黙っている。私やリャンは面識があってもオユンやハオは初対面だ。紹介や挨拶を済ませ、オユンの抱えるメイシャンが彼らの弟ヨキの娘であることも、彼らの姪であることも、ハオは既に知っている。ヨキの首をオユンが落としたことはリャンしか知らないけれど、オユンはもしかしたらヨキが此処にいるのではないかと考えているのかもしれない。


「オレたちは屍の上に立っているんだ。今更どんな死者が出てきて恨み言を口にしようが、それに心乱されるようなこたぁねぇよ。恨み言なら死んだ後に目一杯聞いてやるつもりもある。今はそれより、生きてる民を優先しなきゃならん」


 リャンはオユンの表情をちらと見た後にそう笑い飛ばした。キヒヒ、とタオがそれに応えるようにして笑う。


「死者の相手なら我輩の方が手慣れているとも言えますかな。彼らが我輩を恨んでいないとは言い切れないのが懸念事項ではありますが」


「あー、まぁ、墓守、でも弔ってるのも本当だろ。恨み言くらいで済むなら良いじゃねえか。受け入れろ」


「これは皇弟陛下、あんまりでは」


 思っていた返答と違うのか言い返すタオに、悪いな、とリャンは笑う。からりとした笑い声は少しも悪びれてはいなかった。やれやれとタオはかぶりを振る。シンはタオと城で会った時に警戒するような様子を見せていたけれどこの二人からは多少の気安さを感じて私はリャンの言葉を思い出した。


 ──皇帝に近くなった途端、そんな風に言う奴はいなくなったからな。


 立場が変われば周りの態度も変わるだろう。その中でも変わらないものをリャンは大切にしている節を感じる。タオもそのうちのひとりなのかもしれない。死に畏れず手を触れて最期の見送りのために整え、その後も眠りを見守ってくれる人だ。きっと先代の皇帝を見送るために手を貸したのも彼なのだろうから。


 一方でハオはタオから少し距離を取っているように感じる。ファンのいる地下へ訪れたことを咎めたし、あまり好意的には見えない。それでもその手腕に一目は置き、専門的なことは頼りにしているようではあるけれど。


 ハオの目はタオを見、それからメイシャンに移った。ヨキやリャンと同じ顔が、それでも表情は全然違う顔がこんな状況でもすやすやと眠る無垢な命に向く。リャンが見せたような慈しみの温度は感じない。けれど同時に悪いものも感じられはしなかった。


 まだ、どう接して良いのか判らないだけかもしれない。そうであれば良いと、私は内心で祈りにも似た願いを持つ。


「地下と言ってもそれらしい入り口は何処にも……」


 リャンは辺りを見回した。地下には恐らくこの空間を司る存在がいる。少なくとも此処へは招かれたのだから、地下へ進んでいけばいずれ辿り着くはずだ。それより先も更に招かれる必要があるかもしれないけれど、今はひとまず地下への入り口を探すのが先だった。


「前は炎について行ったの。どれかについて行ってみるのもひとつの方法かもしれないけど……」


 エノトイースで見た時よりも炎の数が多い。向こうがこちらを認識しているかは定かではないけれど、動きに規則性はなかった。ゆらゆら、と漂っているだけに見えるものもある。あれが人の姿をするのなら一体どのような状態なのだろう。


「リャン、お前はどう考える」


 ハオがリャンに尋ねた。外へ出て見聞を広め、皇帝として振る舞うこともあるリャンの知識を信頼しているように聞こえた。城から出ず、地下にいるファンの世話をするのが皇帝の仕事と言われているハオが外をよく知らないのは道理かもしれないし、リャンを頼るのも当然かもしれないと思う。何かがあって戦えるのもこの顔触れではリャンだけというのも大きい。


「そうだな、此処にいても仕方ない。動くのは賛成だ。だが、問題はどれについて行くか、という話だよな……。墓守がいるからってまさか掘るわけにもいかねぇし……」


 はた、と思いついた様子でハオが視線を上げる。リャンも同じなようだ。同じ血を分けた同士、通じるものがあるのかもしれない。二人ともがタオを向いた。


「死者の国に呼ばれたって話だったな。それで更に地下を目指す。となりゃぁ、墓守、お前の出番だ」


 はて、とタオは首を傾げる。目元の表情が見えないから本心は見えにくいけれど、少しだけ微笑んだ口角からは解っていてすっとぼけているようにも見えた。


「皇帝の霊廟だ。あそこはずっと深くまで掘っていたはずだな」


 ハオが冷静な声で問いかけるのを聞いて、あぁ、とタオは合点がいったとばかりに声をあげる。


「歴代の皇帝の亡骸を棺と共に葬る霊廟。なるほど、あそこならある程度までは地下へ潜れますな」


 しかし、とタオは反対方向へ首を傾げた。途中までしか行けず、行き着く先は決まっていると。その先に特別なものは何もないのだと言うそれにハオもリャンも頷いた。


「炎蠢く異界の地だ。行って確かめてみてからでも良いだろう。何もないならその時にまた考えれば良い」


「兄貴の言う通りだ。取り敢えずは地下に行く必要があるなら、行けるところまで行ってみるのは手だぜ」


 国の権力者に言われたのではその墓守に覆す力などあるはずもなく、はぁ、と気乗りしない返答をしながらもタオは足を踏み出した。彼の足の向く先に皇帝の霊廟があるのだろう。


「もうひとつの候補は城の地下だな。だが、あそこに潜るには衣が足りない。霊廟で何か掴めれば良いんだが」


 ハオの目が伏せられ告げられた仮説は人が消え失せ青白い炎だけが蠢くこの場所で、他には何も変わっていないことから来る不安だったのだろうと思う。確かにタオが織ったという特殊な衣がなければ熱いあの場所を進むのは至難の技に思えた。私たちはともかく、メイシャンを連れて行くことを思えば気をつけなければならない。


 皇帝の霊廟は城の近くだと言う。私たちは襲われていた地区から城へ向けての道を辿った。



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