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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子
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24 嫌な予感ですが


「驚いた、速いのね」


 地上に着いてすぐ私はタオの腕から飛び出すように降り、魔物が飛来した場所へ向かって走り出した。その後をタオがついてくる。山育ちの私は足に自信があったけれどタオが難なくついてくるものだから思わず驚きが漏れた。


「これでも引く手数多なもので。何せこの国は毎日誰かが死ぬ」


「……」


 都の中は華やかで賑やかで豊かに見えても。それでも外れの方では外とそう変わらないのかもしれない。タオがもし、全ての人の死に呼ばれるのなら。


「忙しいのね」


「この手が届く範囲だけではありますが」



「それでも代わりに見守ってくれている人がいるのは嬉しいことだわ。遺された人は、前に進むしかないから」


 両親を見送って。流行り病で倒れた人は通常の葬り方ではなかった。墓も残らず参ることはできない。それでも歌えばきっと届くと信じて私は教会で、泉のほとりで、両親との思い出が残る家で、歌ったのだ。司祭様が適切に祈りを捧げたと約束してくれたから。


「キヒヒ。食いっ逸れることはなく、我輩でもできるからと就いた仕事であってもそう思ってもらえるものであったなら」


「大変な仕事だわ。穴を掘るのも、その管理も。荒らされないように見張らなきゃいけないだろうし」


 ゆったりとした黒衣の上から触れて判った筋肉質な体躯は日々の仕事で培ったものだろう。死は畏れ、忌まれ、避けられる。けれどその眠りを見守る者もまた、必要とされるから。死んでも終わりではない。棺の中で眠り続ける死者を、この人は見守る役目を自ら負ったのだから。


 都の外では誰も弔ってくれないような死が溢れているように思えた。人が住んでいた痕跡はあっても、集落ごと襲われ滅びたなら手厚く弔ってくれる手はないだろう。風雨に晒され、魔物や野犬が訪れ、死者に鞭打つこともあるかもしれない。シュエランの命を繋ぐことは間に合わなかったけれど、荒らされないように葬ることはできた、と思う。あの小さな村ではいつ気づかれたか知れず、気づかれても共同墓地に葬られたかは判らないから。


「貴方は、人の眠りを守ってる」


「……」


 タオが小さく笑ったような気がしたけれど、響いてきた剣戟の音に確かめる余裕はなかった。


 人は城の方に逃げていた。ほとんどの人が逃げ出したのだろう戦いの中心地へと向かえば人通りは少なくなっていく。兵士たちの雄叫びと伝令に走り回る様子が近づいてきて、私は顔を上げた。


 小さな家が密集しているような地域だった。都の中とは言っても大きな通りからは離れた外れの方だ。あまり裕福な暮らしをしているようには思えないけれど、都の外で見たような寂れた暮らしぶりでもなさそうだ。塀で守られるだけまだ良くて、野盗に襲われる心配がなさそうな生活なのに空から魔物が飛来した。彼らの暮らしは散々だろう。


 魔物が羽搏(はばた)く音がして、屋根の向こうにその姿が見える。エノトイースの怪鳥にも似た、大きな体の鳥だった。思わず足が(すく)む。あの時の恐怖が思い出されたからかもしれない。その体の陰にすっぽりと入るほど大きな大きな、巨躯に。


「お嬢さん」


 タオに声をかけられ私は無意識に止めていた足を前に出した。つんのめりそうになったけれど何とか自力で立て直す。甲高い鳥の鳴き声が響いた。威嚇と悲鳴に近い色を感じて体をぶるりと震わせる。


「ふむ、こちらが優勢のようですな。あれを贄にするつもりでよろしいので?」


 タオに問われ、私は頷いた。顔が少し青褪めた気がするけれど悟られていないことを願う。タオの目元の見えない表情からは窺い知ることはできなかったけれど。


「奪うことになってしまう命に関してはきちんと祈る。その上で、私たちの……いえ、私のお願いを聞いてもらいたいと願うわ」


 地下の、死者が眠る国にいるだろう土を司る存在へ。私の言葉を聞いてタオが歪ませるようにして口角を上げた。


「向こうも命を奪いに来ているのに殊勝なことですな」


 そして勝つ自信がおありだ、と続ける。そうよ、と私はそれには笑ってみせた。


「私の仲間が手伝ってるの。二人は強いんだから」


「それはそれは」


 タオは楽しそうに笑う。ラスとロディの強さを私は信頼している。トムにも勝ったのだから巨大な鳥くらい何とことはないはずだ。でも、と私は胸をざわりとした不安が撫でるのを捉えている。


 あの鳥は、エンキが移動に使っていた鳥に似ていないか、と。


 関所で突如として空から舞い降り、手練れと相対することを望んでいたエンキは大きな鳥に乗っていた。訪れた時も、去る時も。エンキが何処から来て何処へ戻って行ったかは判らない。魔王軍が普段は何処を根城にしているのかも。けれどあの体の大きな鳥なら遠い場所からでもすぐに目的地へ辿り着けそうに思うのだ。


 たとえそれがリャンの討伐へ向かった巣があると思しき場所からだって。


 ──其処の女、娘、ライラといったか。覚えたぞ、お主の名!


 ──またくる! その時こそ儂と遊んでもらうぞ!


 エンキが言い残していった言葉を思い出す。あれから数日経ってもエンキが訪れる気配はないけれど、私たちも移動している。その足跡を辿っているとしたら。もしもあの鳥がエンキに関わりのある個体だとしたら。鳴き声で、それを知らせるとしたら。


 魔物使いの“適性”が“それなり”の私には魔物の言葉は判らない。けれどもし、あのエンキがこの都に降り立つようなことがあったらと思うとその対処は難しいと思うのだ。ラスやロディが遅れをとるとは思わないけれど、私がいたなら足手纏いになるから。


 もしも探し回っても見つからなかったら。そう考えて私は嫌な予感をひとつ覚える。


 襲われた関所を守るためにやってきたと見做せば、今度も()()()()()()()()()()()()()()()()()と思うことだって、あるかもしれないと。



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