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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子
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22 誰かの望みですが


 ──リュウが土の怒りを買った。実りは減り、人は諍い、奪うために争うようになった。今もリュウは土の怒りを買ったまま。赦されることがなければこの国は滅びの道を辿るだけなのでしょう。それを皇帝陛下とリャン様が食い止めようと動いてはいますが……リュウももう、この国を護る気などないのかもしれません。


 シンは馬車の中でそう語った。ナンテンが飢えているのも、魔物が襲ってくるのも、リュウに護る気がないからではないかと。でも私の前にいる少女の姿をしたリュウはただ、少女らしい寂しさを抱えているだけの存在にしか見えない。


 生きる速度が違うからこそあっという間にいなくなってしまうヒトに眩しさを覚え、ひとつひとつに目を(すが)め胸を痛める、純粋さに傷つくような。


 そんなリュウに国を護れと願う方が私には酷なことに思えた。


「それは……赦されないこと、なんですか……?」


 土に嫌われた、と皆は言う。だからこんなに地下深い場所から出られないのだと。あるいは、出てはいけないのだと。


「リュウとヒトとの間に産まれることがそんなに悪いことだと私には思えなくて……。だって望まれて産まれたのに。卵の頃から歌って語りかけるほど、貴女に会えるのを楽しみにしていたと思うのに」


 私に兄弟はいない。いないけれど、村で子どもが産まれた時、ジョージが産まれた時に村の人がお祝いをしてくれたと、両親も楽しみにして毎日お腹に話しかけていたのだと笑って教えてくれたことを思い出す。勿論、全ての子どもがそうではないことがあると私も何となく、知ってはいるけれど。


「キヒヒ。人の世には人の世の理があるものですぞ、お嬢さん。その理想は綺麗で美しいが」


 タオが諌めるような声で私に言葉を落とした。ハオが微かに目を逸らすのを見て私はヨキを、この同じ顔をした兄弟たちのことを思い出す。同じ日に産まれ、運命を分けられた。望まれて産まれたのは彼らだって同じだろうに、ヨキだけは。


 ──オレたちは三兄弟だったと聞いている。皇帝になることを決められた兄、その身代わりを決められたオレ。末の弟は魔力がなく、産まれてすぐ市井へ流されたらしい。


「酷く甘く、それでいて残酷だ」


「……ごめんなさい」


 私は素直に謝った。キヒヒ、とタオは笑う。


「見方を変えれば種族を超えた愛は美しくリュウのお嬢さんが地下に籠る謂れはない。ですが地の底は死者の国。死者が眠りに就く場所。死した者が地上での罪を贖う場所。ヒトがヒト以外と交わること、リュウがリュウ以外と交わること、それ自体が既に罪と定められているのなら」


「呪いと言わずに何と言う」


 タオの言葉をハオが結んだ。ファンの顔が痛みに歪むのが見えたから、やめて、と思わず私は口にする。ハオは眉根を寄せて私を見た。


「呪いだなんて、言わないでください。どれだけ綺麗事でも、理想でも、それでも。

 それでも、望まれて産まれたと私も思いたいんです。私が、思いたいから」


 ハオも自分を呪われているとファンに話していた。多くの死の上に生まれ立つのだと。事実そうなのだろう。自分が望むと望むまいとに関わらず周りに望まれて押し上げられた。多くを足元に踏みつけることになりながら彼らは立たなくてはならないのかもしれない。それを呪いに感じるのは無理からぬことだとしても。


「自分で自分に呪いをかけるようなこと、しなくたって──」


「キヒヒ」


 タオが耐えきれないとばかりに笑った。ぽかんとしたのは私だけではない。ハオもファンも、驚いた様子でタオを見つめている。タオは一頻り笑うと未だ笑いながらこれはこれはすみませんと謝った。


「異郷の星、眩い輝きだと思った次第で。なるほどこれはリュウのお嬢さんが星と見紛うのも頷ける。皇帝陛下が苛立つのも納得というもの。我輩としても手放すのは惜しい。それにこのお嬢さんの言うことも一理ありますぞ、皇帝陛下」


 タオはハオへ顔を向けた。長い前髪の下にある両の目は垣間見ることさえできないけれど言葉も声もハオを向いているのは判る。


「自分自身で呪いをかけるものではありませんからな。呪いとしか思えぬ数奇な運命であろうとも、多くの死の上に立とうとも。なに、生きていれば多かれ少なかれ死の上には立つもの。ならば屍の上、(うずたか)く積まれた骸の玉座にふんぞりかえるくらいがよろしい」


「そ、そこまでは言ってないけど」


 私が言いたかったこととは離れていく気がして慌てて声をかければ、えぇえぇ、と得心顔でタオは頷いた。鼻から下しか見えなくても判る。解っていて私の言いたいことを曲解するなんて酷い人だ。


「リュウのお嬢さんも皇帝陛下も、既に親のない身。であるならば何を望んでいたかなど知る術はありませんぞ。我輩の術に頼ると言うならそれも良し。ただし起き上がった者は誰ひとりとして口を利かぬ静かなものでして」


「誰が頼むか!」


「お前の邪法は禁じたはずだ」


 ファンとハオの二人に揃って否定され、タオはまたキヒヒと笑った。これは手厳しいと楽しそうに言いながら。


「とするならばお二人が死者の国へ招かれるまでは知る(よし)のないこと。呪いをかけるのはやめて思うように生きても良いのではと、この異郷のお嬢さんは言っておりますぞ」


「え」


 最終的に私の言にされて思わず声が出たけれど、それでも最後に私の言いたかったことに着地するタオの手腕に私は内心で舌を巻いた。違うと否定するのも違うし、私は色々と言いたいことを呑み込んで頷く。


「……そう、です」


 私はファンとハオを見つめる。二人も私を見ていた。ハオは難しい顔をしてまた眉根を寄せる。


「だがファンを此処から出すとなると……土が怒るだろう。本格的に地面を崩されたのでは堪らん」


 土に嫌われ、土の牢獄に閉じ込められたリュウであるファンが外に出るのを土は察するだろう。ファンも土を踏む。何処へ向かうのかきっと知ってしまうから。


 空からは魔物が襲い、リュウが地面が揺らしたところで国を護ることはできない。人の世の理を守らなかったからとナンテンの国に犠牲を強いるなんてこと、誰が望むだろう。


「土が赦さない、と言いますけど……その土って、誰、なんですか?」


 土はそんなに人の世に干渉するのだろうか。死者の国を擁し、その罪を雪ぐためにあるとしても。どうして。


「キヒヒ。好奇心の強いお嬢さんだ」


 タオが楽しそうに笑った。



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