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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子
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18 黒を追ってですが


 襲撃は夕方を待たずに起きた。立ち昇る煙を発見したのはオユンで、私たちは急いで星見の塔の上階へと向かう。周辺の建物よりも高い階へ来て見やれば、建物が崩れ火の手が上がっているようだ。いけない、とシンが呟くのが聞こえた。


「兵が出ます。入れ替わるように助けを求めた人々がなだれ込んで来る。お二人は避難場所で迎え入れてください。その方が安全です」


「でも」


「どうか。危険に晒せないお体を抱えていらっしゃることを忘れずに」


 避難誘導に市街地へ出た方が良いのではと思った私をシンが止める。私だけが別行動を取ることはできない。オユンの抱えるメイシャンを守って欲しいとシンが言っているのを理解して私は頷いた。


 私たちは先に避難してきた民を受け入れている避難場所へ向かう。シンは誘導の指示がきちんと出ているかを確認するためほんの僅か離れた。星読みの博士による計算は作戦にも深く関わっており戦場を駆けることはなくとも仕事は多いらしい。


 避難場所にはこれまでの襲撃で家を壊され追われた人が身を寄せていた。元は高貴な人の住まいなのか、繊細で美しい意匠が施された柱で造られている。多くの渡り廊下の先に居住棟があるものの、今はそのひとつを開放していて他は使われていない様子だ。建物の中で怯えて過ごす人、陽の当たる庭で子どもたちを遊ばせながらも暗い顔をする人、様々だけれどいずれも明日に不安を感じていることが窺われた。


「魔物の巣が見つからなかったのかしら」


 シンの背を見送り、避難場所で佇む私が零した言葉に、逆かもよ、とセシルが返した。


「巣を追われて行き場所を失ったのかもしれない」


 どちらにせよ、とセシルは長い睫毛を伏せた。


「一撃で仕留められなかったなら報復を受けても仕方ないよね」


「……」


 そういうものだろうか。魔物の考えることは私には解らない。けれど魔物使いの“適性”が天職のセシルには解ることもあるのかもしれない。先に踏み込んだのはどちらが先かなんてもう、判らないけれど。人の生活圏が脅かされるなら人は武器を取り排除しようと動くだろう。


「リャンもラスもロディも、無事だと良いけど……」


 魔物の巣を探しに行ったリャン、市街地で今まさに魔物討伐に尽力しているだろうラスとロディ。いずれも危険な場所だ。百戦錬磨のラスたちが遅れを取るとは思わないし、関所で大剣を奮ったリャンの様子からも同じだけれど万が一はある。私はただ、無事を祈った。


「わ、わ、」


 避難場所の出入り口が慌ただしくなり、どやどやと逃げてきた人々が駆け込んできた。着の身着のまま、取るものも取り敢えずといった様子だ。動揺したままやってきたのかどの顔も青褪め、その纏う空気は先に避難し安堵していた人々に恐怖を思い出させるに充分だった。


 先に避難していた人々は思わず身を寄せる。火の手が上がっていたのを私も見ていたから顔が黒く煤けている人は怪我はないものの魔物以外にも命の危険を感じただろうと思う。安全な場所だと思ったか、辿り着いた人たちは入り口付近で座り込んでしまった。今回の襲撃はいつもと違うのか、それともたまたま運が悪く火の手が上がっただけなのか──いつまで続くのか。そんな不安が避難してきた人とは反して先に避難した人々の表情に現れるのが見えるようだった。


「……っ!」


 其処へ、先ほども感じた地面の揺れを覚えて私は息を呑む。其処彼処で悲鳴が上がり、しゃがみ込んで頭を守るように抱える人の姿が見えた。大きくドンと揺れるそれに一瞬、此処まで魔物がやってきたかと思ったけれど以降は魔物の足音や襲撃とは違う揺れ方だ。イヤイヤをするように横に揺さぶられ、具合が悪くなりそうだった。


「オユン、セシル、大丈夫?」


 私は近くにいた二人へ声をかける。オユンは前回同様にメイシャンを守るためか低く姿勢を保っている。建物が崩れることはあるだろうか。そう考えて私は二人に庭へ出ようと提案する。揺れる地面の上を歩くのは難しいけれど二人とも建物崩落の危険性を考えていたのか拒みはしなかった。


 軋む音はしないけれど何が契機になって崩れるかは判らない。高貴な人の住まいとして造ったなら頑丈に設計しているだろうとは思うものの、歴史は古いとシンは言っていた。この城だっていつから建っているのか私は知らない。


「あれ……」


 私たち以外にも移動する人はいた。同じように建物崩落を考えた人は庭へ出ることを選ぶし、反対に空飛ぶ魔物に追われた人たちだからこそ屋内に逃げ込む人もいた。腰が抜けた様子で動けない人も見受けられる。そんな中、異質なほどの黒が移動するのを私は視界の端に捉えた。


 最初に揺れても微動だにしなかった墓守の青年だ。彼は動じる様子なく、出入り口に向かっていた。混乱から入ってきた場所から外へ出ていく人もいたし行動としてたったひとりということはない。けれど。


 彼の動じなさが今この場では異質で、私は視線だけで彼を追った。左右にフラフラと頭が揺れているのは地面が揺れているのとは関係がなさそうだ。ふんふんと鼻歌でも聞こえてきそうなほどで、出入り口から左へ折れる。その瞬間。


「──! 待って……っ!」


 私は思わず駆け出していた。お姉さん、とセシルの慌てた声がするけれどこの揺れで思うように動けないようだ。私はセシルの様子が気にかかりながらも青年を追いかけることを優先した。長い前髪で目元が見えない彼の表情を表すもの。薄い唇が楽しげに弧を描いている理由に、私は瞬間嫌な予感を覚えたのだ。この混乱に乗じて何か良くないことをしでかしそうな、疑惑。


 揺れる地面を進むのが難しいのは私も一緒だ。青年はスタスタと行ってしまうけれど私はよろよろよたよたとしながら向かう。真っ直ぐに進めないから彼とは随分と離されてしまった。


 城内はこの揺れに沈黙を選んでいる。物が倒れる音とそれに呼応した悲鳴は時折聞こえてくるけれど、人が動き回る音はしなかった。城の外はどうだろう。討伐も苦戦しているのではないだろうか。空を飛ぶものは地面が揺れるなら空へ逃げれば良いけれど、私たちが飛ぶ方法はない。揺れる地面で迎え撃つしかないのだから。


 私は何とか黒を追い続けた。何処をどう歩いたか判らない。ただ見失わないよう進んだものの、階段の前でいよいよ離されて完全に見失ってしまった。地鳴りで足音も聞こえない。未だに揺れ続ける地面に私は目眩を覚えていた。


 階段は上ではなく下へ続くもの。許可もなくあちこちを覗くわけにもいかないから戻ろうと私はぐらぐらとする頭で決めた。何処をどう歩いたか判らないから、誰か城の人を見つけて──。


 がくん、と頭が揺れたのを感じた。一際大きな揺れに、体が思わず傾く。あ、と思った時にはもう、階段の下へ向かって私の体は投げ出されていた。



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