13 決意と懸念ですが
「反対だ」
シンに告げられた言葉の後、この場で答えは出せないから、と時間をもらい翌朝皆に伝えて開口一番にロディが言った。眉根を寄せて渋い顔をしながら。
「この国は皇帝がころころ変わってるんだろう。動乱の中にあるこの国でキミが“星の巫女”と触れ回れば暗殺の危険だってある」
「暗殺……」
この国全てを見ていない私はそんな可能性に思いつきもしなかった。でも、言われてみればそうかもしれない。民は飢えて不満を募らせているだろう。罪人の妻とはいえ身重の女性を村から追い出すほどだ。持っている人から奪う。そう見えてしまったならば例え持っているものが少なくても奪いにくる人はいるのかもしれない。その時に身を守る術がなければただ、奪われるだけだ。
「お姉さんが残るなら僕も残る。用心棒くらいにはなれると思うけど。召喚だけが身を守る方法じゃないからね」
セシルが何でもないことのように口を開く。彼がどう生きてきたかを思えばその選択肢が簡単に上がってくるのだろうと推測はついた。残るにしてもひとりじゃないというのは心強いけれど、私のためにその選択肢を取らせてしまうかもしれないことを思うと歓迎はできない。
「結局はライラがどうしたいかだと思うよ。アンタはどうしたいんだい」
ラスが二人を窘めるような声と表情で見回してから私に視線を止めた。私は目を伏せて一晩考えていたことを言葉に乗せる。オユンの抱くメイシャンを見て、彼女の未来を思いながら。
「私は……旅を続けたいと思うの。最初に約束したのはラスとロディなんだもの。その約束を果たさないと」
──私はまだ、旅を続けようと思います。
夢の湖の中、セシルと契約した大蛇にも同じことを言ったことを思い出しながら。まだこの旅を繋げる“勇者”には出会っていないし、此処で離脱するには無責任すぎる。
「メイシャンはまだ産まれたばかりで国を動かすには何年も必要だし、リャンやシンが守って良い親代わりになってくれるはずだわ。それに私も、星の声は聞こえないの」
建国神話に出てくる星の巫女は直接星の声が聞こえたと言われている。星を見上げ、その美しさを家族で眺めた思い出はあっても音が聞こえたことはない。星の瞬きを冠するとシンが言ったことは気にかかるけれど、私に星の巫女としての資格があるとは思えないのだ。
──ライラ、キミの名前も良い響きだ。星が瞬いて砂の落ちる音がする。
シンの言葉が気にかかるのはウルスリーの村でアルフレッドがそう言っていたことを思い出すからだ。彼の耳は魔物の耳でもあり、人には聞こえない音が聞こえているようだった。歌が聞こえる、と話していた彼なら星の声も聞こえたかもしれない。
星の瞬く音の名を冠する。それはとても美しい響きだ。ウルスリーの村とナンテンの都、離れた場所にいる二人が同じようなことを言うそれには何か意味があるのだろうか。私の名前は父が決めたという話だったけれど。
「ライラの希望が一番だろうさ。シンやリャンが何て言うかは知らないけど、星読みの計算くらいで人生を縛られたんじゃ窮屈に感じるのはアタシだけじゃないと思うよ」
ラスは私の目を見て微笑んだ。私の決定を、私の意思を大切にしてくれるラスに私も安堵して目を細めた。
「ナンテンが大変だというのはまだ一部しか見ていない私でも解るの。でもラスの言うように星の声に耳を傾けるというか、星の声が全てを決めてしまっているような気もしているわ。それってこの国が星の言う通りに動いているということなんだとも思うのよ」
もし、と私は目を伏せる。
「もし、シンの聞く星の声がリャンを斃すよう言えばシンはそれを言えるのだろうし、リャンはそれを受けて退くのかもしれない。その声が誰かの死を望むとしたら、この国の人はそれを受け入れてしまうのかしら」
「彼の話し振りから察するにそうして歴代の皇帝を変えている可能性はある。ナンテンじゃなく星の言いなり国とかに改名した方が良い」
私の疑問にロディが肯いた。でもね、と優しい目をして私を諭す。
「この国の在り方に口を出すならライラ、キミは残らなければいけない。ボクたちはただ通り過ぎるだけ、いずれ去る者。何を拠り所に人が生きるか。その人が最高権力者なら国の在り方はそれに左右される。知り合った人がボクらにとっては不幸な道行きを辿ろうと、その人にとってまで不幸とは決められないんだよ」
「それは……そうかもしれないけど……」
ロディの言うことは尤もだ。エノトイースで私もそう思ったはずなのに。でもエノトイースでは星の声という不確かなものに左右されてはいなかった。民を想い、そのために玉座を降りる必要があるならばと決意した女帝がいた。それは民の声に耳を傾けたからではなかったか。
リャンは今後、星の声がそう言ったから、と示されたなら正誤を見極めることなく抗うことなく従うのだろうか。もしその声が、凶星だからとメイシャンを廃するよう言ったなら。あんなに慈愛に満ちた目を向けた姪が相手でも冷酷に決めるだろうか。それが皇帝に連なる者としての判断になるのならと。
「……納得はできないけどロディの言うことも解るわ。この国のことは気になるけど、旅を続けたいのが私の本音だからリャンに伝えてくる」
「国のこととなれば必死の説得があるかもしれない。援護が必要そうだね。全員で行こう」
ロディのひと声でラスもセシルもオユンも付いてきた。そんなに大勢でぞろぞろ行かなくても、と思ったけれど国を背負った内容となれば確かに説得には遭うかもしれない。その時に私ひとりで突っぱねれらるかというと自信はないから、心強さに勇気をもらって私も断りはしなかった。
けれど私たちは扉を出てすぐリャンに遭遇する。その顔が冷静を装おうとしているものの取り繕えてはおらず、心なしか青ざめているように見えたのは間違いではないのだろう。
「悪いが急用ができた。お前たち、全員ついてこい」
目を丸くしてリャンを見上げた私はその手に手紙が握られているのを見た。何か悪い報せでも入ったのかもしれない。どうしたのかと問えば踵を返しながらリャンが口を開いた。
「都に魔物が出た。急ぎ対処に向かう必要がある」
「! 大変、急がないと……!」
大慌てで準備し、私たちの馬車が出発したのはそれから約十五分後のことだった。




