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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子

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9 別れと前進ですが


「ロディの魔法って便利ね!」


「ボクもまさか魔法で出した水を火の魔法で温めて汚れたおしめを洗い、あまつさえそれを風の魔法で乾かすことがあるなんて思わなかったよ」


 私の素直な賞賛はロディには微妙に受け取られたらしい。メイシャンには服がない。大きな布で包まれて寒さを凌いでいる。おしめだけは別で身につけてはいたけれど、いずれも替えがない。今はロディの魔法で洗って乾かしている間、オユンが毛布で包んで抱いてくれている。


「でも魔法が使える人は多かれ少なかれやっているんじゃないの? 私はこんな風に魔法が使えたら便利なのにってずっと思ってたわ」


 魔力があれば魔法は誰でも身につけることができる。理論上は。使える魔法は個人差があるし、魔力量にも個人差がある。冒険者向きではなくても日常生活をちょっと便利にするための魔法はビレ村ではよく見た。


「竈門に火を付けるとか、洗濯用の水を追加するとか、髪の毛を乾かすとか、そういう使い方はあるけどね」


 まさか赤ん坊のおしめを洗うことになるとは、とロディは私の言葉に返しながら続けた。とっても素敵だわ、と私は笑う。


「私は魔法が使えないから羨ましい。その魔法で誰かが助かるんだもの。少なくともメイシャンが風邪をひく可能性は低くなるわ」


「まぁ……そういう考えも悪くない」


 ロディは微笑むと乾いたおしめをオユンに手渡した。オユンは手際良くメイシャンのおしめをかえ、一緒に洗われた大布で全身を包む。メイシャンはにこにこと機嫌良く過ごしていた。


「可愛い。顔を真っ赤にして泣く時はどんな魔物より手強そうって思うのに」


 小さくて、温かくて、可愛い。メイシャンひとりでは泣いたり寝たり飲んだり排泄したりとそれくらいしかできないのに、笑うとこちらも自然と笑顔になってしまう。


「赤ちゃんは皆そう。可愛くないと面倒を見てもらえないもの」


 集落の中で何度も赤ん坊の世話をしてきたオユンは何でもないことのように言った。その意味をちょっと考えて、赤ちゃんも色々と戦略を練っているのだと私は思う。そう言ったら笑われてしまったけれど。


「生き物なりの生存戦略ということだな。どうだ、お前たち、関所に戻らねぇか。俺の部下がいる。その赤ん坊のことも何とかしないとなんねぇだろ。お前たちが連れて行って世話できるってんなら構わねぇけどな」


 リャンの申し出に私たちは顔を見合わせた。赤ん坊を連れて旅を続けることは確かに難しい。誰か信頼できる人に預けていけるならその方が良いだろう。


「キミに頼ることになりそうだ。元々の用事は済んだわけだし、ボクはそれで構わないと思うけど」


 ロディが私を見た。私も頷く。シュエランへの届け物は、今はメイシャンの脚で輝いている。ヨキの想いは届けられた。


「メイシャンにとって一番良い方法を選んであげたいわ」


 私が答えればオユンもラスも頷いた。セシルは興味がなさそうにしていたけれど、お姉さんが良いならそれで良い、と答える。よし、とリャンは膝を叩いた。


「そうと決まりゃ、さっさと戻ろうぜ。別れは充分に済ませてからな」


 最後の言葉はリャンの優しさなのだろう。縁もゆかりもない他人に付き合うリャンの背中を眺め、いや、と私は思い直した。知らないだけで縁はあるかもしれない。何せリャンとヨキは顔がそっくりなのだから。


 けれどそれを私が深く知ることはできない。今はただ、リャンの言葉に従ってシュエランとヨキに対して心残りがないよう、別れるだけだ。


 荒屋と、梅の木をそれぞれに見て。メイシャンは必ず信頼できる人に預けていくと、私は心の中で二人に誓った。



* * *



 関所へ向かう道中も、何度も馬車を止めてはメイシャンの世話を焼いた。行きよりも多くの時間がかかったけれど誰も文句は言わない。


「けど、メイシャンの服やおしめの替えはいくつかあった方が良いね。毎回ロディの魔法に頼るわけにもいかない。関所の辺りは店も出てたから見つかるだろうさ。母親がくれたものを使い潰すのも気が引けるよ」


 ラスの提案に私は肯いた。確かにメイシャンが大きくなった時に両親を想えるものは長命鎖として贈られた銀の輪以外にもあった方が良いだろう。とびきり可愛い柄を選ぼうとオユンがメイシャンに頬擦りしながら口にして、メイシャンは言葉の意味は分かっていないだろうにきゃっきゃと笑った。


「キミが見た星は何と言っていたんだい」


 ロディが御者台で一緒に並ぶリャンへ話しかけるのが聞こえた。幌の中にいる皆には聞こえていないのだろう。私は気づいていないフリをしながらリャンが何と答えるのか興味を持ってそのままでいた。


「俺に星の声は聞こえねぇんだ。悪いな、魔術師」


 リャンはからりと笑って答える。そうかい、とロディは何でもない様子で返した。二人の表情は見えないからお互いにどんな顔をしながら会話をしているのかは判らないけれど、ロディが探りを入れたのは間違いなかった。


「星を見ると言うからてっきり聞こえるのかと思ったよ」


「声は聞こえなくても星を見上げたくなることくらいあるだろ。この国にいるとな、星の明滅は何かを伝えるためだって言い聞かされて育つんだ。星の囁きだと詩人は言う。その声は小さすぎて遠すぎて、星の言語を解する者じゃねぇと聞こえねぇんだ」


 あぁ、とロディは息を零した。


「星が語りかけてくるかのように思えるのは解るよ。魔術的にも天体は意義深い。星の並び、動き方、時折流れる星の行方。そういうものから法則を読み解き、陣に組み込み、魔術は編まれる。叶うならこの国の星の言語とやらを学んでみたいね」


「はは、野心家だな魔術師殿は。星の言語を本当に理解できるやつは少ない。お前が理解できるならそりゃありがてぇこった。その身が狙われるかもしれねぇから吹聴するなよ」


 そんなに価値のあることなのか、と思って私は人知れず瞠目した。幌の中の誰も私が驚いたことには気がついていない。


「ボクは腕に覚えがあってね。ボクらの仲間は皆そうだ。自分の身は自分で守れる」


「剣士の姉さんは別として、嬢ちゃんたちにそんな力があるようには見えなかったがな。現に魔王軍の男には圧されただろ」


「あれはまた別だよ。冒険者向きの“適性”がなければ仕方ないだろう」


 あぁ、とリャンはそれで解ったようだ。それなのに旅をしてるのか、と投げかけられた言葉にロディはそうだよとさらりと答える。


「まぁあの歌声だ。何処ぞの名の知れた歌姫か? この国にまで巡業たぁ、ご苦労なこった」


 リャンは誤解したようだけれどロディは小さく笑うだけで訂正はしなかった。


 私たちの馬車はその日遅く、関所へと辿り着く。眠るメイシャンを起こさないようにしながら私たちは馬車から降りた。


「さて」


 御者台から降りたロディはリャンへ視線を向けた。


「それでキミはいつ正体を明かすのかな、リャン。これまでの話から推察するにキミ、この国の皇帝だろう」


 明日の天気は晴れるだろうと言うのと同じくらいの軽さでされたロディの指摘に、リャンは流石に驚いた表情を浮かべ、それから笑った。



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