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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子
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8 星空の子守唄ですが


 シュエランの遺体を村外れに咲いていた梅の木の傍に埋葬し、メイシャンと名付けられた赤子の汚れをロディの水の魔法で綺麗に落とした。オユンの旅立ちの際に持たせてもらった家畜のミルクを温め、口に含ませる。好き嫌いしない子で良かった、とオユンが胸を撫で下ろした。


「オユンは赤ちゃんのお世話に慣れてるのね。助かったわ」


 オユンの腕の中ですやすやと眠るメイシャンは母の死を知らない。まだ人見知りもしない頃なのよとオユンは笑って、集落では子どもは全員で面倒を見るからと私の質問に答えた。


「子どもはすぐ熱を出すし簡単に死んでしまうから。行商人が来ることは稀だし、薬も手に入らない。でも次の世代を育てないといずれ限界が来るんだって言うのがドルジの教え。あたしたちもそうやって育ててもらった。自分の面倒が自分で見られるようになったら小さい子の世話はあたしたちの仕事」


 それでも母親のようにはなれないけど、とオユンは寂しそうに笑った。オユンやドルマーの両親はあの集落にはいなかった。バルの親もそうだ。お産は命懸けだから、と言うオユンの言葉に察しながら私はメイシャンの寝顔を眺めた。


 私にも赤ん坊の頃があった。母は大変な思いをしながら産んでくれたのだろう。そしてずっと、父と一緒に私を育んでくれた。明るく笑い、踊り子の頃のことも色々と教えてくれた母。あの優しい眼差しを私が忘れることはない。メイシャンとシュエランは残念ながらもうその時間を一緒に歩むことはできないけれど。


「でも旅に赤ん坊は連れて行けないよね……どうしたものかな……」


 オユンの懸念は尤もだ。旅に連れて行くには幼すぎる。かといって誰かに預けて行こうにも、罪人の子だと村では見られているのだろうし子どもを育てる余裕があるようにも見えなかった。目の前の命を助けたい一心で誰もそれを止めることはなかったけれど、負担ではある。


 ぱちぱちと焚き火が爆ぜる音を聞きながら、まぁ明日考えようとオユンは欠伸をした。あまり衛生的とは言えない荒屋の中で過ごす気にはなれず、私たちは外で焚き火を囲んでいる。幸いにも天気は良いし魔物も出そうにない。人が襲ってくる心配はあるかもしれないけれど、あの村の人が此処までくるとは思えなかった。一応の見張りはラスが買って出てくれているから私たちはメイシャンが寒くないようにと二人で挟んで並びあって横になる。


 ロディもセシルも既に眠りに落ちていた。それでも警戒は解いていないから何かあればすぐに目を覚ますだろう。リャンは星を見ると言って少し離れて行った。ラスは焚き火の番をしながら周囲の静けさに耳を澄ましているようだ。


 私は横になりながらメイシャンのことを思った。メイシャンはどんな子に育つだろう。ヨキやシュエランはどんな風になるかと話しただろうか。どんな未来を夢見て、どんな明日が来ると信じただろう。二人はもうメイシャンを育てることはできない。そのメイシャンの世話を少しでも焼いた私たちが信じられる人に託すのが責任に感じた。けれど一体、誰に。知り合いもいないこんな場所で。


 考えながら瞼がどんどんと重たくなる。心地良い眠気に身を任せようとして、ふぇ、とメイシャンが泣き始める声を捉えた。オユンも目を覚まして起き上がるとメイシャンを抱えて背をトントンと叩きながら揺らしてあやす。


「……お腹空いたのかも」


「え、そんなことが判るの?」


 驚いた私にオユンは頷いた。小さな体が一度に摂れる食事量、飲めるミルクの量などたかが知れている。数刻もすれば空腹になるのは道理だった。


「準備するからその間、ライラ、抱っこしてて」


 オユンに頼まれ私はおずおずとメイシャンを受け取った。体は小さいのに意外にずっしりと重たく、私は落としたらどうしようと一気に緊張する。抱き方はオユンに教わったのにまだまだ慣れるなんてことはなくて、その緊張が伝わったのかメイシャンがふにゃふにゃとぐずり出した。ひゃあ、と私は更に緊張する。火がついたように泣くメイシャンの迫力を私は既に知っている。あんな調子で泣かれたら寝ているロディやセシルまで起こしてしまう。


「よしよし、いい子、いい子ね」


 私はオユンの見様見真似でメイシャンをあやした。けれど機嫌は良くなるどころか悪くなる一方だ。遂にメイシャンが泣き出してロディとセシルも目を覚ますから、私の方が泣きたくなった。


「ご、ごめんなさい二人とも、寝てたのに」


「別に。お姉さんは悪くないよ」


 セシルはそう言って起き上がり、私の腕の中でもぞもぞ動いて泣いているメイシャンを覗き込んだ。微妙そうな表情をするセシルの感情はよく判らない。その後にロディが近づいて私に手を差し出した。


「ボクなら上手にあやせると思わないかい?」


 何せ神童だったからね、とロディは微笑む。え、と思っている間にラスの手が私の頭を撫でた。


「その腕前、見せてもらおうじゃないか、ライラ。アンタはこの子がお腹いっぱいになったら子守唄を歌ってやれば良い。アンタの歌声を聞いたら泣くなんて勿体ないって気づくだろうさ」


 ラスとロディに促され、私はロディと交代する。ロディに代わったからと言ってメイシャンが泣き止むことはなかった。


「お腹が空いてるんじゃぁ、それには勝てないな。ほら、オユンが戻ってきた」


 オユンは家畜のミルクを持って戻ってきた。焚き火の熱で温めてから綺麗な布に浸し、メイシャンの口に含ませる。ちゅうちゅうと吸い付くメイシャンがその間に泣くことはなく、夜の静けさが戻ってきた。


「なんだ、お前たち。全員で子育てか」


 星見から戻ったリャンが面白そうに私たちを見て言葉を投げかける。まぁね、とロディは微笑んだ。


「可愛いじゃないか。こんなに小さくても懸命に生きてる。ボクら皆、育ててもらったからこうして生きているんだ。ひとりじゃ生きられない他の命を助けるのは当然だよ」


 違いない、とリャンは答え、焚き火の傍に腰を下ろした。メイシャンが満足するまで飲ませ、ロディがその背をとんとんと叩く。けぷ、と可愛らしいげっぷの音を聞いてロディはメイシャンを私に差し出した。


「さぁ、今度はキミの番だ、ライラ。この夜にこの子が眠れるような子守唄を頼むよ」


 メイシャンは今度は泣かなかった。私は温かな命の重みを感じながら、子守唄を紡ぐ。ロディが微笑み、リャンはへぇと感嘆した。メイシャンがすぅすぅと寝息を立て、横たえても起きないことを確認してから私たちもそれぞれおやすみと目を閉じる。


 満点の星空が煌めく静かな囁きが、私には子守唄のように聞こえた。



2025/10/19のお昼:読み返していたら衍字を発見したのでしれっと直しておきました! まったく何処からニョキっと生えてくるんでしょうねぇ…あぶないあぶない。これで少しは綺麗になったはず!

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