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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子
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6 ナンテンについてですが


 関所の周りが栄えた場所だったのだとユアンという村に近づくにつれ私は思って目を細めた。オユンたちのいた荒涼とした地と続いているこの国が、塀で区切ったからと言って緑溢れる土地となるわけではない。こっちの方はそういう土地なんだ、とリャンは言った。


「もっと南に下れば暖かくなって緑も育ちやすい。こっちの方は乾燥しやすくてな。麦の栽培には向いてるんだが……」


「何か問題が?」


 リャンの説明にロディが疑問を返す。まぁ、多少な、とリャンは濁した。私は走る馬車の中から景色を眺めた。関所を越えるまでに見ていた景色とよく似てはいるものの、もっと根本的に違う様が見て取れる。あちこちで人の営みがあった痕跡が見えるもののそのどれもが廃棄されているようなのだ。


「……人間同士で争ってるんだ」


 セシルがぽつりと言葉を落とす。リャンは片手で額を押さえ、表情を隠した。ロディも同様のことを考えていたのかただ微笑む。御者台に座るラスは会話に入ってはこなかったけれど、ラスの目にはもっとよく見えているだろう。


 人同士の争い、と思って私は再度幌の外を見る。そう言われて見れば家屋の扉や窓など、侵入しやすそうなところが壊されているのが目立って見えた。フェデレーヴのポンセと渡った酷い悪夢の惨劇を思い出す。魔物の襲撃はもっと、無秩序だった。其処が出入り口と知らない者の、圧倒的で単純な力による破壊だった。でも此処は其処が簡単に壊れる場所だと知っている者による行動だと無言で訴えている。


「……ナンテンは大国でな。皇帝の目が行き届かない場所はどうしたってある。こうした外れの方は特にそうだ。関所がある場所なら国境の要だ、補助金も出て人が集まりやすいが関所から離れた村となりゃそうもいかねぇ。そうして起きることといやぁ、碌なことにならねぇのは言わなくても解るな?」


 リャンは表情を隠したまま口を開いた。私は景色からリャンに視線を戻す。表情を隠していてもリャンの声には苦悩が滲んでいた。


 皇帝の目が届かない。皇帝の統治が及ばない。それはエノトイースがそうだったと思うから私にも少しだけではあっても解る部分はある気がした。オリガは山間の村に手を伸ばしたくてもできていなかった。その村では外から呼んだ歌姫を怪鳥の贄としていたけれど、此処では魔物ではなく人同士で争っている。


「汗水垂らして働くより持ってる奴から奪う方が早い。そう思えばこういうことも起こるんだろう。奪われるのはいつも女子どもだ。男は武器を手にして奪いに行く。自分は命を獲られて大体は終わりだ。後に残された者のことなんか考えやしない」


 置いてきた者のために武器を取って奪いに行くのだとしても。その略奪は赦されない。ヨキも持っている人から奪い、その罪をひとりで背負った。村の人に食べさせるためだとしても人から奪って良い理由にはならないのだから。


 私は託された銀の輪を想う。彼が口にした名前は恐らく、彼が想った人なのだろう。彼が罪を負ってでも寄せたかった想いのある人なのだろう。彼の最期を伝えるのが私の役目ではあるものの、気は重たい。彼に感謝することも罪を負った彼を厭うこともどちらも考えられた。それに一方的なもので全然覚えていないという可能性だって。少しでも彼を覚えていてくれる人だったら良いのだけど。


「そんなわけでな、働き手が減ってるんだ。ったく、魔王軍だっていつ来るか定かじゃねぇってのに、内乱で貴重な人手を喪ってる場合じゃねぇんだがな。こればっかりは止めようにも各地の刑吏が何とかするしかねぇ」


「機能してるのかい?」


 ロディののんびりとした口調には非難が含まれている気がした。貴重な人手と言いながら流刑の罪を課す。矛盾していると言われたらそうかもしれない。それでも罪人を国内に留まらせるには色々な対策が必要になるだろうことも分かる。気弱なヨキが武器を手に他人を脅したとは思わないけれど、追い詰められていたのは事実なのだろう。誰かのものを盗み、最終的には食べ物に変えた。長く財をなし、恒久的に困らないようにするのではなく、目先の命を優先した。今、食べなければ死んでしまうと思うような飢餓感だったのかもしれない。畑を耕すにも何かを食べなくては農具を振るえないのだから。


「……してるとは言えねぇな。皇帝はよく変わるがそのせいで落ち着いた統治ってのが想像もつかん。今代が星の言う皇帝であれば良いんだが」


「星の言う皇帝?」


 私が疑問を返せばあぁ、とリャンは頷いた。この国には星読みがいて、星の言語を読み解けばこの国の行く末を知ることができると言われているらしい。


「どの時代も今回が星の言う皇帝だと宣誓されてきた。ま、所謂ハクをつけるってやつだな」


 リャンは苦笑する。毎度言われても皇帝が変わるならその宣誓に意味がないと言っているようなもので、今代も例に漏れず宣誓されたなら同じだと思っているのだろう。ふぅん、とロディは目を細め、セシルは興味がなさそうに目を逸らした。


「星の言語なんて解るやつはほんのひと握りだ。それも誰も真偽は判んねぇ。星の言語を理解するには気の遠くなるような計算が必要で、“賢者”でもねぇとついていけねぇのさ。建国神話には星の言語を直で理解できる巫女がいたって話もあるが……ま、所詮は神話だ。盛大なヒレがついてんだろうよ」


 手を避けてリャンは私を見た。


「お前みたいな異国の娘が星の化身だとでも言や、信じるやつは出てくるかもしれんがな。国民を騙す皇帝なんてハナから求められてねぇから、そんなの出してくるようなら引き摺り下ろさなきゃなんねぇ」


「村みたいなものが見えてきたよ。あれがユアンかい?」


 御者台からラスが尋ね、リャンが腰を上げて外を見る。私は何となく、彼が皇帝に近い場所にいる人なのだという印象を持ったのだった。



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